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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・6局 日日杯への道/石鉄・温田
236/686

224手目 スパイには気をつけよう

「あなたたち、もしかして温田おんださんと石鉄いしづちくん?」

 ふりかえると、そこには――ロングに三つ編みを垂らした私服少女と、もうひとり、頭にアホ毛の生えた私服少年が立っていました。少女は黒い革手袋にブーツで、少年は半袖シャツに明るめのパーカーを羽織っていました。

「やっぱり、温田さんと石鉄くんね」

 少女はそう言って、僕たちのテーブルへ近寄って来ました。

 こっちの少女は知りませんが、相方の少年のほうは知っていました。

並木なみきくん、こんにちは」

「こんにちは……石鉄くんと会うのは、お兄さんと寮にいたとき以来かな?」

 そう、この少年は、並木なみきとおるくん。僕の兄さんが通っている修身しゅうしん高校の将棋部員で、H島県でも結構有名なひとだと思います。ブロック代表です。

 一方、みかんちゃんは、少女のほうに見覚えがあるみたいでした。

「あ、思い出したの〜安奈あんなちゃんなの〜」

「おひさしぶりです。温田先輩とは、近隣都市の交流会で、一度だけお会いしましたね」

「こんなところで会うなんて、奇遇なの〜ふたりは、デートしてるの〜?」

「そうです」

 少女の即答に対して、並木くんは、

「ふたりで、日日杯の打ち合わせをしてたんです」

 と答えました。言ってることが違います。不穏です。

「なんの打ち合わせなの〜?」

「私と並木くんが、日日杯の臨時幹事を受け持つことになりました」

「出し物とか企画も、僕たちがしないといけないんです」

 H島の幹事長は、ひとに任せみたいですね。

「お疲れさまなの〜とりあえず、一緒に座るの〜」

 4人掛けで良かったです。

 お互いに自己紹介します。

「僕は、石鉄いしづちれつです。並木くんとは、兄さんの寮で知り合いました」

「温田みかんなの〜よろしくなの〜」

正力しょうりき安奈あんなです。七日市なのかいち高校に通っています。1年生です」

「僕は並木通。修身高校の1年生です」

 みかんちゃんだけ2年生ですが、先輩風を吹かすタイプじゃないです。

 和気あいあいと行きましょう。

 正力さんと並木くんは、それぞれコーヒーとコーラを注文しました。

 店員さんが飲み物を持って来て、いよいよ本格的に会話が始まりました。

「どういう出し物なの〜?」

 みかんちゃんが質問すると、ふたりは困ったような顔をしました。

「あまり、いいアイデアが出ないんですよね……と、そのまえに」

 正力さんは、なにかの館内図をとりだしました。ホテルのものみたいです。

「部屋割りも任されているんですが、全然決まりません」

「当日にみんなで話し合えば終わりなの〜」

「それはフロントでごたごたするから、ダメだと言われました」

 そうですね。高校生に相談させちゃダメです。

「じゃあ、出身県別にまとめればいいの〜」

「そこで問題がひとつ……当日は、ホテルの14階から21階までが、日日杯関係者で貸し切りです。代表選手は、20階と21階に分けることになっています」

「分ければいいの〜」

 正力さんはボールペンをとりだして、簡単に数字を書いてから、

「分けるとなると、どこかの県が上と下に分散してもらうことになります」

 と付け加えました。

「あ〜それで文句が出ないようにしたいの〜?」

「そういうことです。E媛のほうで、分かれてもらえたりしますか?」

「E媛は、阿南あなんくんがうるさそうなの〜」

 べつに、僕は分かれてもいいです。どうせ、ほかの部屋へ遊びに行きますから。

「っていうか、ホストのH島が分かれたらいいと思うの〜」

 みかんちゃんの提案に、正力さんはタメ息をついて、

「ですよね……マイペースなひとが多いですから、説得できそうですし……」

 と呟きました。そして、並木くんに確認をとりました。

「H島が分かれるってことで、いいかしら?」

「僕は、いいと思うよ。捨神すてがみ先輩と六連むつむらくんは快諾してくれそうだし、桐野きりの先輩と早乙女さおとめさんは、こういうのに興味がなさそうだから……西野辺にしのべ先輩だけ説得が必要かな」

「西野辺先輩の説得は、東雲しののめさんに頼みましょう」

 正力さんはスマホをとりだして、電話しました。

《もしもしッ!? なんですかッ!?》

 すっごく大きい声です。ダダ漏れです。

「東雲さん、じつは……」

 かくかくしかじか。

《なんで私が先輩を説得しないといけないんですかッ!? おかしいですよッ!?》

「仕事をこっちに丸投げしてきたのは、東雲さんでしょ」

《上下関係ってものを考えてくださいッ!》

「私たちも1年生だから……それじゃ、よろしく」

 正力さんはそう言って、通話を切りました。

「部屋割りの問題は解決したから……次は、イベントですね」

「イベントとか、いるの〜? ずっと将棋指してるだけなの〜」

「初日も2日目も、対局は夕方までに終わります」

 正力さんは、自由行動が禁止されていると教えてくれました。

「これだけの人数で自由行動をすると、さすがに把握しきれませんので」

「ん〜だったら、なにかしてくれないとヒマなの〜」

 ここで並木くんが、

「将棋指しは、盤駒があったらずっと将棋してるから、それでもいいと思うよ」

 とアドバイスしました。それは、どうかと思います。

 正力さんも難色を示しました。

「ホストとして、それはないわよ」

「そうかなあ……じゃあ、正力さんは、どういう出し物がいいの?」

「無難にパーティーゲームじゃないかしら。人狼とか、どう?」

「関係者も含めたら、50人以上いるよ? 全員参加って無理じゃない?」

 正力さんは、ゲームをひとつに限定する必要はない、と答えました。

 並木くんも納得して、

「そっか、誤解してたよ。ごめん。じゃあ、ほかに何がいいかな?」

 と尋ねました。

一之宮いちのみやさんも来るから、ヴァーチャルリアリティゲームをしましょう」

「面白そうなゲームを持ってそうだよね。僕も、やりたいな」

 一之宮さんというのは、K戸に住んでるお金持ちのお嬢様です。

 将棋指しで、H庫の県代表だったと思います。

「石鉄くんは、なにかやりたいゲームある?」

 並木くんは、僕に質問してきました。

「並木くんたちが考えてくれるゲームなら、よろこんで参加するよ」

「んー、丸投げされると、困るんだよね。なにか、ない?」

「……TRPGかな」

「テーブルトークRPG? 石鉄くんって、TRPG好きだったの?」

「阿南先輩と、よくやるよ」

 阿南先輩は、TPRGが大好きで、人数合わせによく呼ばれます。

「ダーリン、結構強いの〜」

 そんなこと、ないです。

「それなら、TPRGも考えておくね。あとは……」

 並木くんがメモをとっていると、店員さんがコーヒーのおかわりを持ってきました。

 店員さんが正力さんのカップに注いでいるとき、みかんちゃんは僕の耳もとで、

「ちょうどいいから、情報収集しとくの〜ダーリンが質問するの〜」

 と囁きました。

 う、うーん……そういうの、あまり好きじゃないです。

 でも、彼女に頼まれたら、断れません。

 店員さんが去ったところで、みかんちゃんは正力さんをトイレに誘いました。

「場所がよく分からないから、教えて欲しいの〜」

「分かりました……並木くん、悪いけど、ちょっと待っててね」

「了解。石鉄くんとおしゃべりでもしてるよ」

 女性陣ふたりは、ショッピングモールのほうへ消えて行きました。

 僕は、アイスティーを飲んで気分を落ち着かせてから、

「ところで、H島の調子はどうかな?」

 と尋ねました。

「H島の調子って、なに? 経済?」

「H島の選手の調子はどうかな、と思って」

 並木くんは、残っているコーラを飲みながら、ちょっと考えました。

「代表選手のほとんどがH島市外だから、よく分かんないんだよね」

「並木くんは、今年もブロック代表だよね? 県大会で会うんじゃないの?」

「もちろん、会うよ。日日杯の出場選手は、春も全員ブロック代表になれたみたいだし」

 それは、そうですよね。県代表になる人たちですから。

「でも、なんで急にそういう質問するの?」

「えーと……六連くんって、一度も会ったことないから、ちょっと気になるんだよ」

 スパイしてます、っていう自白になっちゃいました。反省。

 だけど、並木くんのほうは、全然気にならなかったみたいで、

「たしかに、六連くんって、ナゾだよね。中3のとき将棋界にデビューして、いきなり県代表だから」

 と、話に乗ってきました。

「並木くん的には、どっちのほうが強い?」

「え? 捨神先輩と六連くん?」

「うん」

「そりゃ、捨神先輩のほうが強いよ。六連くんは、半分まぐれだと思う」

 えッ……そうなんだ。なんだか、予想していた反応と違います。並木くんって、もっと謙虚なタイプだと思っていました。それとも、同学年だから、ライバル視しているのかもしれません。慎重に訊いてみます。

「でも、県代表だよね?」

「県代表でも、全国大会は1回戦負けだよ」

 あ、うん……僕もその場にいたから、知ってます。ただ、あのときは、関東の強豪といきなり当たったせいで、六連くんが弱かったのか相手が強かったのか、イマイチよく分からない展開になっていました。僕も対局中だったので、観戦していませんでした。

「じゃあ、具体的に、どういう将棋なの?」

「僕は六連くんと指したことないけど、荒っぽい力戦調らしいよ。県大会では、その指し方がたまたま決まったんじゃないかな。棋力自体は、大したことないと思う」

「力戦調? どこかに、棋譜とか……」

 そのときでした。みかんちゃんと正力さんが帰って来ました。

「遅くなったの〜ダーリン、そろそろ観光の続きをするの〜」

 ふぅ、スパイみたいな真似は、どうも性に合いません。ようやく解放されました。

 僕とみかんちゃんはふたりにお礼を言って、お会計。

「ダーリン、どうだったの〜?」

「六連くんって、そんなに強くないらしいよ」

「そうなの〜? 意外なの〜」

 僕も意外でした。やっぱり捨神先輩に照準を合わせて行こうと思います。

 ちゃんちゃん。


  ○

   。

    .


「で、並木くん、どうだった?」

 席についた正力さんは、鞄の中身を整理しながら、そう尋ねた。

「正力さんの言う通りだったよ」

 温田先輩が正力さんをトイレに誘ったら、石鉄くんが僕に県代表の質問をしてくる。

 まさにどんぴしゃな予想だった。正力さんって、すごいや。

「ちゃんと答えておいた?」

「うん、『六連くんは弱い』って答えておいた」

 六連くんと僕は、昔から交流が結構ある。だって、そうじゃなきゃ、ジャビスコ将棋祭りのとき、一緒のチームになるわけないからね。石鉄くんは、ジャビスコ将棋祭りの情報までは、入手してなかったっぽい。あのとき、四国勢は来ていなかったから。

 はっきり言っておくけど――六連くんは、強いよ。捨神先輩と同じくらいに。

 棋歴が短いのに、正統派の定跡将棋を指してくる。

「あのふたり、将棋を観られていたことに、気づいてなかったっぽいわね」

「そうだね。うしろでずっと観てたんだけど」

 正力さんは、黒い革手袋をはめなおしながら、

「四国勢が来るって事前に分かってるのに、偶然だと思ったのかしら」

 と言った。そして、伝票を確認した。

「じゃ、そろそろ行きましょ」

 正力さんは、席を立った。僕もあとに続く。

 ごめんね、石鉄くん。TRPGは、ちゃんとやるからね。

「あら、そのまえに、連絡をしておかないと……」

 正力さんは、スマホをとりだして、フリックを始めました。

「だれに?」

月代つきしろ先輩よ……あ、もしもし、正力です。さっき、市内の喫茶店で、四国の代表選手に会いました……はい、温田さんと石鉄くんです……はい、大丈夫です。情報はなにも教えていません……分かりました。他の選手にも用心します」

 将棋界って、怖いね。

 みんなもスパイには気をつけよう。

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