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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・5局 日日杯への道/香宗我部
234/686

222手目 記憶喪失と季節のパフェ

※ここからは香宗我部くん視点です。

 なんてことだ――全然見つからないじゃないか。

 俺は義伸よしのぶを捜して、駒桜こまざくらという見慣れぬ町を疾走していた。

 商店街を抜けたところで、大きな十字路にぶつかってしまった。どちらへ逃げたか、見当もつかない。順番に辿って行った。まずは、左手のほうに進んでみた。逃亡者の心理的に、まっすぐは選択しにくいと思うんだよな。背中が見えるから。

 どうやら、市街地へ続く道だったらしい。学生やサラリーマンで溢れていた。車の往来も激しい。さらに、脇道も大量にあった。

「くッ……この町、思ったより大きいな……ん?」

 俺は、右手のほうに視線をむけた。たまたまの動作だった。ところが運良く、義伸らしき人物のうしろ姿をとらえることができた。横幅が2人分くらいの脇道で、電信柱のそばに義伸は立っていた。俺は駆け寄った。

「おい、義伸ッ!」

 義伸は、振り返らなかった。

 もういちど呼び止めたところで、ようやくこちらを向いた。

「おい、義伸、逃げ出すんじゃない」

「えっと……ああ、こんにちは」

「こんにちは、じゃないだろ。さっさとバス停にもどるぞ」

「バス停? なんでバス停にもどるんですか?」

 なにを言ってるんだ、こいつは。俺は義伸を引っ張って行こうとしたが、抵抗された。

「っていうか、あなた、だれですか?」

「とぼけてもムダだぞ。さっさと来い」

 義伸は、急に頭をかかえて、その場に座り込んだ。

「うーん……頭が痛い……なにも思い出せない……」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「おい、冗談だよな?」

「うーん……ここはどこ……」

 き、記憶喪失だと? そんなバカな話があってたまるか。

 俺は義伸にあれこれ質問してみたが、知らぬ存ぜぬの一点張りだった。それに、バス停で別れたときと、服装がちがうぞ……いったい、なにがあったんだ?

「義伸、ほんとうに覚えてないのか?」

「うーん……あ、そうだ」

 ん、思い出したか。俺がホッとしたのも束の間、義伸は、

「あそこの喫茶店でパフェをおごってくれたら、思い出すかもしれません」

 と言って、お洒落な建物を指差した。【八一】と書かれていた。

 はちじゅういちって読むのか? ……いや、もうちょっとひねった読み方だろうな。

「どうして、パフェなんだ?」

「俺の胃袋が、季節のパフェを激しく欲しています」

「季節のパフェ……? 商品名か? なんで知ってる?」

「勘です。俺の勘がそう告げてます」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 なんか、よく分からんが、とりあえず入ってみるか。

 俺は入り口のドアを開けた。カランと鈴の音が鳴って、シックな空間が広がる。全体的に、おとなしめの色合いだった。カウンターのところにいる、店主らしき男性と目が合った。ちょびひげのある、蝶ネクタイをした中年男性だった。

「いらっしゃい」

「こんにちは……義伸、どこに座る?」

「そこの観葉植物のうしろで」

 義伸は、窓際奥の、一番良さげな席を選んだ。ま、まるで常連みたいだな。

 俺たちは椅子を引いて、腰をおろした。メイド服の店員さんが、お冷やを持ってくる。

「いらっしゃいませ……ニャ?」

 変わった猫耳型へアのお姉さんは、俺と義伸の顔を、交互にみくらべた。

「どうかしましたか? もしかして、予約席でした?」

「ニャんでもないです。ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

 店員さんはそう言って、カウンターの奥に引っ込んだ。

 俺は、メニューを見る。なかなか美味しそうな店だな。

「義伸は、メニュー見なくていいのか?」

「え……あ、はい」

 義伸は、スイーツ系のメニュー札を手にとった。

 こいつ、そんなに甘いもの好きじゃなかったと思うんだが。

 記憶喪失で、味覚が変わっているんだろうか。

「先輩、決まりましたか?」

「ああ、義伸は?」

 義伸も決まったと答えて、さっきの店員さんを呼んだ。

 俺は、単純にホットコーヒーを頼んだ。

「季節のパフェで」

 ん? ほんとにそのメニューあったのか。義伸、勘が冴えてるな。

 まあ、季節のなんたらなんて、どこの喫茶店にもありそうだ。

「ホットコーヒーがおひとつ、季節のパフェがおひとつ、以上ですね」

 店員さんは、ふたたびカウンターのほうへもどった。手持ち無沙汰な俺は、

「どうだ? なにか思い出したか?」

 とたずねた。義伸は、なにも思い出せないと答えた。

「その服は、だれからもらった? どこで着替えた?」

「うーん……思い出せません……あッ」

 義伸は顔をあげて、入り口のほうを見やった。

 すると、髪を金色に染めた、いかにも不良っぽい少女が入ってきた。

 口に飴玉をくわえて、短パンのポケットに両手を突っ込んでいた。

「ちぃーす」

 少女はぶっきらぼうに挨拶して、カウンターに座った。

 マスターはコーヒーを淹れながら、

「楓ちゃん、こんにちは。こんな時間に、めずらしいね」

 と言った。

「師匠が、今日は用事があるとかで、会えないんですよ」

「へぇ、そうなんだ。ピアノの練習かな」

「まあ、だいたい予想はついてるんですが……ん?」

 少女は、こちらのほうへ振り返った。そして、眉間に皺を寄せた。

「おまえ……吉良きらじゃないか?」

「あ、こんにちは、かえでさん」

 すんなり挨拶されて、困惑したのは相手の少女のほうだった。

「楓さん……?」

 義伸は、マズった、というような顔をしてから、

「おまえ、不破ふわかえでだろ?」

 と、さん付けをいきなりやめた。

「ああ……おまえは、四国の吉良じゃないのか?」

「年長を呼び捨てにするな。俺のほうが年上だぞ」

 うっせぇなあ、とつぶやいてから、少女は席を立った。

「なにしに来たんだ? 師匠の偵察か?」

「パフェを食べてるだけさ」

「あぁん? んなわけないだろ。パフェ喰いに瀬戸内海渡るやつがあるかよ」

 長尾ながおなら、渡るかもしれないな。あいつ、スイーツ巡りが趣味だから。

 義伸は目を閉じて、あごに手を添えた。

「じつは、俺、記憶喪失なんだ」

「は? じゃあ、なんであたしの名前覚えてるんだよ?」

「ギクッ」

 おい、おかしいだろ、義伸。

「んー、もしかして、俺と楓は、恋仲だったのかもしれないな」

 カエデと呼ばれた少女は、義伸の頭をポカリとやった。

「アホか。どうせ演技だろ」

「こら、義伸に暴力を振るうな」

 カエデさんは、俺のほうをジロリと睨んだ。

「おまえ、誰だ?」

「義伸の先輩で、香宗我部こうそかべだ。きみこそ、誰だ?」

「コウソカベ……ああ、K知の香宗我部か。あたしは、不破楓」

「もしかして、捨神と同じ高校の女流棋士か?」

 カエデさんは、よく分かったな、と不思議そうだった。

「これでも、四国高校将棋連盟の前幹事長だからな。めぼしい選手は、調査してある」

「調査……あ、やっぱり師匠の偵察に来たな。記憶喪失とか、全部デタラメだろ」

 俺たちが揉めていると、店員さんがもどって来た。

「店内では、お静かにお願いします」

「おい、猫耳野郎、こいつら四国のスパイだぞ」

「スパイ?」

「今度の大会に備えて、下見に来てるんだ。追い出してくれ」

「いやいや、そんなこと言われましても……ニャンともかんとも……」

 店員さんは、ホットコーヒーとパフェを置いて、カウンターにもどった。

「これこれ、いただきまーす」

 義伸は細身のスプーンを手に、一番上の生クリームをパクリと食べた。

 ブルーハワイのアイスを頂点に、生クリームと紫陽花の葉を模したチョコレート。

 6月にぴったりのデザイン。この店……できる。

「なかなか美味そうなもん喰ってるな。あたしにもくれよ」

「やだ」

「すこしくらい、いいだろ? 今月は金がないんだ」

「不破は最近、お腹がプニプニしてるだろ。ちょっとは気にしたほうがいいぜ」

 カエデさんは真っ赤になった。

 もういちどポカリとやろうとしたので、俺は腕を掴んで取り押さえた。

「暴力はダメだって言ってるだろ」

「ふん、腕力はダメでもスパイはOKって、おかしいよなぁ」

「情報収集は、どこでもやっている。違法でもなんでもない。暴力は暴行罪で違法だ」

「チッ、屁理屈ばっかこねやがって。だいたい、記憶喪失なんて、なるわけないだろ」

「いや、義伸の様子がおかしいのは、確かだ。現に……」

 そのとき、ふたたび鈴の音が鳴った。

 入り口のほうへふりかえった俺たちは、一斉にアッとなった。

「す、捨神すてがみッ!」

 白髪の美少年も、こちらをふりかえった。

「あ、あれ? 香宗我部先輩と吉良くん? なんで、ここにいるの?」

 捨神は、俺の予想以上に慌てた。

 なにか、マズいことでもあったのか? ……あ、女がいる。

 ずいぶんとめかしこんでるし、これはデートで間違いないぞ。

「吉良くん、どうしたの? 駒桜に遊びに来たの?」

「うーん……思い出せない……」

「思い出せないって、どういうこと?」

 俺は捨神に、事情を説明した。捨神はおどろいて、

「ええ? 記憶喪失? そ、そんな、吉良くん、病院に行こうよ」

 と言い出した。義伸は、この提案を拒否した。

「もっと、いいアイデアがある」

「いいアイデア? 民間療法は危険だよ」

「こうするんだ」

 義伸は、捨神に抱きついて、胸元に頬擦りした……って、なにやってんだッ!?

 俺は引き離そうとしたが、義伸は馬鹿力だった。こんなに強かったのか。

 捨神も、目を白黒させていた。

「ど、どうしたの? そんなことしても思い出せないよ?」

「うーん、これが捨神先輩の抱き心地……ん?」

 義伸の肩に、ツレの少女の手がかかった。

「そろそろ離れようか……」

「んー、あと5分」

 その瞬間、少女の目が赤く光ったような気がした。

「※△◎$ッ!?」

 義伸はビクンと跳ねて、捨神から離れた。

 ほんとに思い出したのか。俺は、義伸の名前を呼んだ。

 義伸はほうけたような顔で、

「あれ〜? ここはどこ? 私はだ〜れ?」

 と言って、その場でくるくるし始めた。

 っていうか、女の声になってるぞッ! どういうことだ? だれか説明しろッ!

 捨神も右往左往していた。

「あ、赤井あかいさんの声? ……え、でも、吉良くんだよね? 僕、夢見てるのかな?」

「セクハラは重罪……宇宙の常識……」

「ニャハハ、なかなか面白いコントですね。マスター、猫缶ひとつ」

 この町は、どうなってるんだッ!? 救急車ッ! 救急車ッ!

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