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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・1局 日日杯への道/四国勢編(2015年6月6日土曜)磯前好江
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214手目 来るひと、来ないひと

 あたしたちは、桜並木の川沿いを歩く。葉桜が綺麗だ。木漏れ日が足もとを照らす。

 ところどころに石の橋が掛かっていた。

「ここが、街の中央を流れてる桜川さくらがわよ」

「綺麗な川だね。魚は、いるの?」

 あたしの質問に、裏見うらみはくすりとした。

「なんでも釣りなのね。残念だけど、ちっちゃな魚と鯉しかいないわ」

 あたしは、キャップ帽のツバをなおす。

「ごめんごめん、続けて」

「この桜川の周辺は、桜町さくらちょうっていう小さな宿場町だったらしいの。今は、駒桜市の商店街になってるわ」

「桜町の『桜』が駒桜こまざくら市の元ネタってこと? 『駒』は、どこから来たの?」

 裏見の答えは、ちょっと意外なものだった。駒桜市合併の中心になったのは、桜町じゃなくて、馬下町こまさげちょうという、べつの自治体だったらしい。その馬下町の由来は、江戸時代にお殿様から『こま』を『下げて』もらったから。つまり、駒をもらったから。

「将棋の『駒』が昔は『馬』表記だったのは、どこかで聞いたことあるね。ところで、どういう駒だったの? それだけ由緒正しいなら、市の文化財になってるとか?」

「駒桜神社の御神体らしいわ」

 へぇ、そこまで徹底してるんだ。まさに将棋の町だ。

 あたしたちは、桜川の風景を堪能したあと、市街地のほうへ折れた。週末だからか、交差点はずいぶんと賑やかだった。ジャージ姿の一団とすれ違う。

「このへんは、高校が多いの?」

「近隣だと、本榧ほんがや七日市なのかいちの次くらいには、多いかしら……あッ!」

 裏見は急に声をあげて、交差点の反対側に目を凝らした。

 信号が青になった途端、ダッシュする。あたしも、よく分からないけど、ダッシュ。

飛瀬とびせさーんッ!」

 裏見は、ひとりの少女を呼び止めた。高校生っぽい。クリーム色のスカートに、薄緋色のカーディガンを着ていた。色白。ちょっと日本人っぽくない。おとなしそうな子だ。

「飛瀬さん、私のMINEの書き込み、見た?」

「今日はまだ、見てません……」

「四国から、お客さんが来てるの。部員に招集掛けてるところ」

 裏見は、あたしを紹介してくれた。

「はじめまして……駒桜こまざくら市立いちりつの主将、飛瀬カンナです……」

「はじめまして。きみが主将なんだね。2年生?」

「はい……」

「あたしは3年生で、もうすぐいなくなっちゃうけど、よろしく」

磯前いそざきさんは、県代表なのよ。これから部室に行くんだけど、飛瀬さんも、どう?」

 裏見のお誘いに、トビセさんはもじもじした。

「ちょっと用事があるので……」

「ごめんごめん、支度に手間取っちゃった」

 突然の呼びかけ。ひとりの少年が、脇道から姿を現した。紺のデニムズボンに、ほとんど無地の白いTシャツ。そのうえに、よれよれのレインコートを羽織っていた。髪の毛が真っ白――って、捨神すてがみじゃないか。さすがに知ってる。

 捨神のほうも驚いたみたいで、

「あれ? 磯前先輩? どうしてここに?」

 と、へらへら笑いをやめた。

囃子原はやしばらのおごりで、下見に来たんだ。ついでに、裏見と遊ぼうかと思ってね」

「アハッ、そうでしたか。お会いできて光栄です」

 と言いつつ、捨神は視線が定まらない。なにか、マズい現場に出くわした雰囲気だ。

「あ、そうだ。捨神くんも、どう? これから市立いちりつの部室へ行くんだけど?」

 裏見は、捨神を誘い始めた。

 いやあ、これはどう見ても――デートの待ち合わせだよね。

 捨神、彼女がいたんだ。義伸よしのぶはショック死しそうだから、教えないでおこう。

「すみません、僕、これから用事があるんです」

「そう……もしかして、飛瀬さんと?」

「……はい」

「そっか、捨神くんは県大会もあるし、練習が必要よね。がんばってちょうだい」

 こうして、飛瀬と捨神は、ようやく解放された。

 あたしたちは、逆方向へと進む。

「こうも鈍感だと、裏見のお相手はたいへんだね」

「え? なにか言った?」

「なんでもない。天気がいいな、って」

 そうこうしているうちに、校庭のある建物がみえてきた。あれかな。

 案の定、裏見はそこの校門へと折れた。

「ここが、駒桜市立高校よ」

 あたしは、とりあえず一望してみた。3階建ての校舎が2つ。そのうちのひとつは、左右が1:2の比率に分かれていて、移動のための階段があいだに掛かっていた。目立つものはあまりないけれど、桜の木が多い。やっぱり名物なのかな。

 あたしたちは手前の校舎に入って、3階に案内された。

「だれか来てるかしら……ゼロってことは、さすがに……」

 と言いながら、裏見はドアを開けた。

 物置と見紛うような、狭い空間が現れる。

「Aha, endlich ist sie gekommen」

「裏見先輩、こんにちは」

「こんにちはぁ」

「ふわぁ、こんにちは」

「こんちゃっス」

 全部で5人――だけど、この時点でギュウギュウ。

 裏見は室内を見回して、

佐伯さえきくんは?」

 と尋ねた。

「佐伯くんは、急用で来れないらしいでぇす」

 かわいらしいショートの子が、猫なで声で答えた。

 裏見は両腕を組んで、

「部室も狭いし、こんなもんか……」

 と言って、まずはあたしのことを紹介してくれた。

「こちらが、磯前いそざき好江よしえさん。私と同じ3年生で、K知の県代表よ」

「磯前です。よろしく。南国なんごく水産すいさん高校に在籍してます」

 あいさつを終えると、今度は駒桜陣営が自己紹介を始めた。

「駒桜市立2年の、箕辺みのべ辰吉たつきちです。市の連盟会長をしてます」

「副会長の葛城かつらぎふたばでぇす。升風ますかぜ高校で主将してまぁす」

「ふわぁ……駒桜市立で部長をしてる、来島くるしま遊子ゆうこです」

「エリザベート・ポーン。藤花ふじはな女学園で主将をしております」

駒北こまきた主将の、大場おおば角代すみよっス。すみちゃんって呼んで欲しいっス」

 これまた、個性的な面子がそろってるね。しかも、全員要職。試しがいがある。あたしは釣り竿を、部屋のすみに置かせてもらった。

「初対面だし、変に気を遣わせても悪いから、将棋にしようか」

 棋は対話なり、って言うしね。上下関係もない。

「10分30秒で、どんどん回しましょうか」

 裏見の指示で、将棋盤が用意される――けど、これは2面が限界かな。

「あ、俺たちは観戦してますから、いいですよ」

 ミノベくんが一歩引いた。同時に、クルシマさんも辞退する。

「Hmm……残り5人ですわね。どう致しましょうか?」

「裏見先輩と磯前先輩を囲む会で、いいんじゃないかなぁ?」

「そうっスね。角ちゃんたちのなかから、だれかひとり抜けるっス」

 3人はジャンケンをした。

「Schau mal!! 勝ちましてよッ!」

「えへへぇ、大場さんの抜け番ねぇ」

「チョキ出しとけば良かったっス」

 着席。あたしのほうに、かわいらしい子がついた。

 振り駒をして、あたしの後手。チェスクロは右に。

「よろしくお願いしまぁす」

「よろしく」

 あたしがチェスクロを押して、対局開始。

「7六歩ぅ」

 普通だね。3四歩。

 2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。


挿絵(By みてみん)


 おっと、横歩だ。嫌いじゃない。

「2四歩ぅ」

 同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、3三角、3六飛。

 カツラギさんは、オーソドックスに3六へ引くかたちを選択した。

 あたしも、飛車の引き場所を考える。

「8五飛でもいいけど……8四飛」


挿絵(By みてみん)


 中座飛車じゃなくても、いいよね。最近は流行ってないし。

 2六飛、2二銀、8七歩、2三銀、4八銀、5二玉。

 このあたりから、カツラギさんは時間を使い始める。

「んー、積極的に行ったほうが、いいかなぁ……3六歩ぅ」

 そのほうが、いいよ。消極策で棋力差が逆転することは、まずないから。

「7二銀」

 あたしのほうは、様子見で指していく。

 3七桂、2四歩、3五歩、6二金。

 カツラギさんの手が止まった。

「ああしてぇ……こうしてぇ……大丈夫そうかなぁ……5六飛ぃ」


挿絵(By みてみん)


 これは、8八角成、同銀、2八角のお誘いかな。以下、7五角、5四飛、同飛、同歩、4五桂、4二金、2二飛は、後手の負け。この順は選べない。かと言って、角交換をしないのも、ほかに指す手がない。というわけで、選択肢はひとつ。

「8八角成」

 同銀に3三桂で、4五の桂跳ねを阻止。

 カツラギさんは3八金と上がって、角打ちを防止した。

 後手が作戦勝ちしたんじゃないかな。次の一手が厳しい。

「5四角」


挿絵(By みてみん)


 ここが急所。位を維持したまま3六歩を防ぐのは、むずかしいはず。

「ふえぇ……悪くしちゃったかなぁ……」

「悲観するほどじゃ、ないと思うよ」

 ウソじゃない。桂頭のキズは、3四歩、同銀、3六歩としておけば受かる。もちろん、歩を捨てたうえに位を放棄してるから、メンタル的には、あんまり指したくないかな。

 残り時間は、あたしが3分、カツラギさんが2分。

「……3四歩ぅ」

 同銀、3六歩。あたしは2三銀ともどっておく。位を取り返したとはいえ、すぐに攻めることができるわけじゃない。むしろ、先手に指してもらいたい手がある。

「7七桂」

 それそれ。あたしは7四歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 7三桂〜7五歩〜7六歩を狙う。

「6六歩ぅ」

 やるね。升風高校の名前は、千駄せんだがいたから知っている。そこの主将なら、実力者なのは間違いない。持って行かれないように、丁寧に読む。釣りと一緒。ぼんやりキャスティングするだけじゃダメ。獲物が引っかかるように工夫しないとね。

「7三桂」

 カツラギさんは、6五歩と止めてきた。

 これで、一見止まっているようなんだけど……そうでもない。

 手順を駆使するよ。土佐の海で鍛えた釣りテク、見せどころかな。

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