211手目 3回戦 松平〔駒桜市立〕vs丸目〔県立本榧〕(2)
丸目はこの手を見て、両肘をテーブルにつけた。
「ふぅ……めんどうなことになったね」
「おまえ好みだろ?」
「ま、決戦は嫌いじゃないよ」
丸目は1分ほど使って、5六歩とした。俺が読んでいるあいだに、どこまで読み進めているかだが……考えるのは、やめておこう。意味がない。
「4八角」
2五歩、7四金、1九角成、6一飛成。
ここで丸目の対応を聞きたかった。飛車を助けるのかどうか。
丸目はさらに30秒ほど使って、1八馬と引いた。
「飛車は助けない……か」
「いびつな形でしか、助けられないからね」
「じゃ、遠慮なくもらうぞ。8三銀」
同飛、同金、4五馬。
ぐッ……中途半端にみえて、一番利いているところに成られた。3五歩で受け、5七歩成〜6七とで攻めに使える位置だ。
「2三歩」
脱出されるまえに攻める。
「同玉……は、さすがにできないか。同金」
俺は7五角と出た。角を使わないと、話が始まらない。
「先に7一飛かと思ったら、そっちか……6四歩」
ん? 中合い? ……同角に5七歩成か。これは許容できない。
俺は無視して、7一飛と下ろす。手順前後だったか?
「5一香、と」
「いやあ……」
俺は仰け反った。攻めるのが、予想以上にむずかしい。
「受けるぞ。5八歩だ」
「6五桂」
丸目の手は速い。
俺は、攻めを諦めた。6四龍と引いて、7七桂成を催促する。
「5七歩成」
「……桂馬をくれるのか?」
丸目は手つきだけで、どうぞ、という仕草をした。
俺は疑心暗鬼になって、詰めろがかかっていないかどうか確認する。
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……………………
…………………
………………
頓死筋は、ない。6五龍と取った。
丸目は1分使って、7八馬と切ってきた。
ヤバい……全然読んでなかった手だ……足りないだろ?
同玉に6七銀とでも、打つのか? 同龍、同と……意外と危ないな……5六金で、入玉は阻止できるから……イヤ、それでも足りないだろ、さすがに。
とりあえず、頓死だろうがなんだろうが、取るしかない。
「7八同玉」
丸目は、ほんとうに6七銀と打ってきた。
「……」
「……」
お互いに、ひとことも発さない。俺はあごに手を添えて、じっと考える。丸目も、指した直後の弛緩した雰囲気はなかった。まだ難しいと考えているはずだ。このあたりは、幼なじみだから分かる。
第一感、同龍、同と、同玉、6九飛、6八歩、8九飛成だ。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
いきなり詰めろなんだよな……しかも、後手の入玉が確定している気がする。先手は、このかたちから入玉することはできない。
それに、6七同龍を同とじゃなくて、7九金と捨ててくる可能性もある。駒損だが、同玉に6七とが詰めろ。防ぐために6九銀と打つのは、7七とじゃなくて、2九飛と下ろされる。次に5八香成を狙われるのが痛い。
「そうか……飛車を渡すと寄るのか……」
丸目はにっこりと笑って、なにも言わなかった。
いつもの負けパターン。最後は、俺のほうがうまくやり込められてしまう。
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……………………
…………………
………………
待て待て。なに考えてる。過去にこだわり過ぎだ。
俺はくちびるを噛み締めて、気力を持ちこたえる。
大切なのは、目の前の対局だ。最善手を探す。飛車を渡すと寄るなら、渡さないように8八玉と逃げるしかない。以下、7八金、9八玉で、どれだけ粘れるか。パッと見、7七金が2手スキなんだよな。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
次に7九銀が詰めろで、7七桂が詰めろ逃れだが、7八銀成がまた詰めろ。
ということは、7七金の瞬間に、後手に詰めろをかけないといけない。
かかるか? 俺は全力で考える。
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……………………
…………………
………………
一番可能性が高いのは、6二龍か。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
ここで7九銀と打たれても、後手玉が詰めば問題ない……が、広いんだよな。
まともな王手は4二龍しかない。同金で王手が……続くか。3一角……待てよ。2四玉と上がられたとき、そこから入玉を阻止するのは、4六角〜3六桂しかない。この筋があるから、角と桂馬は手放せないな。
よし、3一銀と打とう……1二玉でダメか。詰まない。もう1枚金があれば……ん、金があれば? 金なら、7七に落ちてるな。7七桂、7八銀成……いやいや、落ち着け。相手に飛車を渡してるから、8八飛で詰むじゃないか。手順が大事だ。
7九銀の時点で7七桂として、7八銀成、4二龍、同金、3一銀、1二玉、2四桂、同金、2二金……詰んだッ! 端に逃げても詰むなら、望みがあるぞ。3一銀に3二玉や3三玉は、4二角成で一手詰み。つまり、3一銀には同玉と取るしかない。
そこで5一飛成とすれば、合駒をしないのはすべて詰み。4一歩とはできないから、4一銀か、4一飛……4一銀、4二角成、2二玉、3一角、1二玉、2四桂、同金、2二金は詰みで、4一飛、4二角成、2二玉……3一角、同飛、同龍で、同じ筋だッ!
詰むッ! 6二龍は詰めろだッ!
「8八玉ッ!」
7八金、9八玉、7七金。
俺は怖じ気づくことなく、龍をまっすぐに進めた。
「6二龍だッ!」
「参ったね……5二歩」
丸目はかるくため息をついて、受けた。
ここで詰めろをかけないといけない。でないと、7九銀で負けになる。
ただ、さっきの応用で、詰めろ自体は見えていた。
「4二角成」
これは、当然に詰めろ。同金に5一飛成と入る。これも詰めろ。3一角、1二玉に、2四桂、同金、4二龍までだ。合駒利かず。
丸目は、すぐに同金とはせず、長考に沈んだ。その先を考えてるっぽい。
俺も続きを考える。問題は、4一に合駒を打たれたとき。そこで詰めろが掛からない可能性も、若干ある――というか、五分だろう。6三龍は、どうも詰めろになってないみたいなんだよな。
パシリ
もう指して来たか。丸目は、まだ3分残していた。俺は1分しかない。
この4一銀は、詰めろが掛からないと読んだのか、俺に余裕を与えない手なのか。
ピッ
じ、時間がない。俺は、手を1つに絞った。2四歩だ。4二龍は王手にはなるが、同銀のあとが続かない。2四歩、同金に6三龍と引いて……ん? 6三龍って詰めろか?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2四歩ッ!」
丸目は、ノータイムで同金と取った。
うお、分からん。6三龍、7九角と打たれて、詰まなかったら負けだ。3三や2三に打つのは絶対に詰まないから……1三銀か? 同桂、同歩成、同香、1一角……同玉は、4一龍と切って、同金、1三龍、2一玉、2二銀、3二玉、3三龍で詰みだが、1一角に3一玉と逃げられたとき詰まない……金があれば……あるじゃないかッ! 最初に7七桂として金を回収すれば、今の順で詰む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6三龍ッ! これが詰めろだッ!」
「5三角」
ん、5三歩じゃないのか? 5三歩で、まだ分からないと思ったんだが……あ、9六歩以下の寄せを狙ってるのか。さすがに、これ以上の詰めろは続かない。7七桂と取って、9六歩にどうするか考えた方がいいな。9六歩自体は詰めろだから、9六歩、同歩、同香に8八玉と逃げて、6八とがまた詰めろ。でも、このとき後手は駒がないだろ。7九香くらいで止まりそうだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7七桂」
丸目は、ノータイムで9六歩。
同歩、同香、8八玉、6八と、7九香。
丸目は、この局面でしばらく時間を使った。
ピッ
丸目も1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6二歩」
6七龍か? 同とで、詰めろは回避でき……いや、後手が絶対に詰まなくなる。5三角がいる限り、こっちは入玉ができない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5三龍ッ!」
俺の龍切りに、丸目はすこし驚いた。
「積極的だね……同歩」
「9六香」
俺も入玉する。点数勝負なら、こっちは大駒3枚。安全圏だ。
丸目は、頬杖を突いた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7九と」
俺は59秒ギリギリまで考えて、6五角と打った。
これが攻防だ。詰めろのはず。
「6五角……」
丸目はテーブルに両手を置いて、じっと盤面を見つめた。
俺はそのまえで、だんだん青くなる。
……………………
……………………
…………………
………………
これ、詰めろじゃないんじゃないか?
3一銀、同玉、4二龍、同玉、4三金、5一玉、4二角、6一玉、7二金打で、最後に8三金が働いて詰むかと思ったが……3一銀に2三玉で詰まなくないか……?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7八銀不成」
詰めろ……一回9七玉で……いや、8七銀成、同玉、8六香で詰む。
9八銀と打って……こっから受けて勝てるか?
混乱する。落ち着け。とりあえず、後手が詰むかどうかのチェックだ。
3一銀も3一角もダメで、3二金もダメだった。
となると、いきなり4二龍と切るしかないな。同銀……3二金は2三玉でダメだ。3一銀は、同銀の頓死以外詰まない……選択肢がないじゃないかッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4二龍ッ!」
丸目は、ノータイムで同銀。
力強い駒音。詰まないことを確信している感じだ。
俺は考える。諦めないぞ。裏見にリベンジするって約束したからな。
まず、状況整理だ。3二金は2三玉で詰まない……つまり、2三にスペースがあるのが問題。そこさえ潰せば……ん? もしかして、潰せるか? ああして、こうして――
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2三銀ッ! 2三銀だッ!」
「!?」
丸目は、ノータイム指しをやめた。
真顔になって、視線を盤面に走らせる。
「し、しまった……金が足りて……」
そうだッ! 同金に3二金、1二玉、2四桂(!)、同金、2二金打ッ!
金が2枚あるから足りてるッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同玉は4一角か……負けました」
「ありがとうございましたッ!」
勝利――俺はガッツポーズしたいのを抑えて、感想戦を待った。
「最後、間違えたね。詰むと思わなかった」
丸目は、半分苦笑いでつぶやいた。
「俺も、2三銀〜2四桂で金を上下させるのが、しばらく見えなかった」
「6五角が詰めろなら、5四香だったかな」
俺たちは、盤面をもどした。
【検討図】
「これは、さすがに詰まないな。9七玉と逃げる」
「詰めろがうまくかからない……7八銀不成〜8九飛は詰めろだけど、9七玉と一手早く逃げられてるから、このままだと僕の負けだね。飛車は温存して、7八と?」
「7八と? それって、ほんとになんでもなくないか?」
「7七と〜6四飛とか」
「ああ、そういう狙いか……でも、こっちは次に4三香があるぞ?」
「何手スキ?」
俺はコーラを飲みながら、寄せを考えた。
「2手スキだとしたら、4二香成のあと、3一角で詰まないとおかしいな」
「それは、2三玉として……あ、5三龍があるのか。詰みそうだね」
「2三玉、5三龍……ダメだ。5三龍に1四玉で詰まない」
「へぇ、これで助かってるんだ。どうする、剣ちゃん?」
「4三香は3手スキ以上か……8五桂と逃げる」
【検討図】
「でも、それって6四飛が2手スキだよ? 6五飛〜8五飛で」
ん……たしかに、6五飛〜8五飛〜7九角で詰むな。
「ってことは、この順だと俺の負け……いてッ」
後頭部にチョップを喰らった。振り返ると、裏見が仁王立ちしていた。
「いたた……感想戦中に殴るなよ」
「4二香成は、詰めろでしょ。3一角、2三玉に、1三金、同香、同歩成、同桂、5三龍で詰むわよ」
ん? 詰むのか? 俺と丸目は、もういちど確認した。
【検討図】
「なるほど、これは詰むな。1四玉と逃げ込む意味がない」
「でしょ?」
裏見は、なんだか誇らしげな表情。
丸目も笑って、
「さすが高校竜王、やるね」
と言ってから、あたりを見回した。
「僕は幹事もやってるから、そろそろおひらきにしたいんだけど、いいかな?」
「そうだな。ありがとうございました」
俺たちは一礼して、席を立った。去り際、丸目は裏見に、
「裏見さんの話は、松平からよく聞かされてるよ。お似合いのカップルだね」
と言ってから、今度は俺のほうに向きなおった。
「それじゃ、また春休みにでも」
「ああ、いつでも連絡してくれ」
丸目は、幹事席へと去った。俺は対局を思い出して、にんまりする。
いやあ、いいところ見せれたなあ……ん?
肩を突つかれた。ふりかえると、裏見はこぶしを作り、指の骨を鳴らしていた。
「お似合いのカップルねぇ……丸目くんに、あることないこと吹き込んでるでしょ?」
「ちょ、ちょっと待てッ! あれは、俺たちをからかっただけだッ!」
「問答無用ッ!」
なんでこうなるのッ!? 裏見さん、助けてッ!
場所:2014年度 四市対抗オールスター戦 3回戦
先手:松平 剣之介
後手:丸目 尚賢
戦型:矢倉
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金
▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △5二金
▲7七銀 △3三銀 ▲7九角 △3一角 ▲3六歩 △4四歩
▲3七銀 △6四角 ▲6八角 △4三金右 ▲7九玉 △3一玉
▲8八玉 △2二玉 ▲4六銀 △5三銀 ▲3七桂 △9四歩
▲2六歩 △2四銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲3八飛 △9五歩
▲1八香 △7三角 ▲6五歩 △8五歩 ▲2五桂 △4二銀
▲3五歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 歩 ▲6四歩 △同 歩
▲1五歩 △同 歩 ▲3五角 △3四歩 ▲5七角 △6五歩
▲1四歩 △3七銀 ▲6八飛 △2六銀不成▲5五歩 △2四歩
▲5六金 △5五歩 ▲6五金 △5六歩 ▲4八角 △2五歩
▲7四金 △1九角成 ▲6一飛成 △1八馬 ▲8三銀 △同 飛
▲同 金 △4五馬 ▲2三歩 △同 金 ▲7五角 △6四歩
▲7一飛 △5一香 ▲5八歩 △6五桂 ▲6四龍 △5七歩成
▲6五龍 △7八馬 ▲同 玉 △6七銀 ▲8八玉 △7八金
▲9八玉 △7七金 ▲6二龍 △5二歩 ▲4二角成 △同 金
▲5一飛成 △4一銀 ▲2四歩 △同 金 ▲6三龍 △5三角
▲7七桂 △9六歩 ▲同 歩 △同 香 ▲8八玉 △6八と
▲7九香 △6二歩 ▲5三龍 △同 歩 ▲9六香 △7九と
▲6五角 △7八銀不成▲4二龍 △同 銀 ▲2三銀
まで125手で松平の勝ち




