208手目 3回戦 土居〔県立本榧〕vs捨神〔天堂〕(1)
※ここからは捨神くん視点です。
というわけで、3回戦、行ってみようか。
と、そのまえに――
「飛瀬さん」
今日もキレイだね。勇気を出して話しかけるよ。
「なに……?」
飛瀬さん、僕と話すときだけ、雰囲気が違うんだよね。妙によそよそしいというか、もともと少ない口数が、さらに減ってる感じ。僕のこと嫌いなのかな? それとも、将棋のライバル認定されてる? どっちだろう。
「ちょっと、頼みたいことがあるんだけど……いい?」
「内容次第かな……」
アハッ、当たり前だよね。キスさせて、なんて言わないよ。
「次の対局、僕の将棋を観てくれないかな、と思って」
「え……」
飛瀬さん、うつむいちゃった。
「も、もちろん、イヤならいいよ。面白そうな組み合わせは、他にもあるからね」
「捨神くんは、なんで私に観て欲しいの……?」
この質問には、ちゃんと答えを準備してきたよ。
「2回戦で飛瀬さんに観てもらって勝てたから、ゲン担ぎだよ」
飛瀬さんは、視線を右に逸らして、
「それだけ……?」
と、念を押してきた。あれ? 下心がバレちゃった?
「ほ、ほんとにそれだけだよ。ほんとだよ」
「ふぅん……それだけなんだ……」
ん? 今の反応、なにかな?
「や、やっぱりダメ?」
「いいよ……観に行く……」
アハッ、なんでも頼んでみるもんだね。
箕辺くんと葛城くんに、アドバイスをもらった甲斐があったよ。
それじゃ、対局席に行こうか。お相手は――
「あら、捨神くんじゃない」
あ、土居さんなんだ。ぽっちゃり系女子。
今度、飛瀬さんを誘うスイーツのお店、紹介してもらおうかな。
「ごめんね、待たせちゃって」
「べつにいいわよ。それより、早く並べましょう」
王様から伊藤流で並べてっと……あとは、振り駒を待つだけだね。
「土居さん、調子はどう?」
「今日は2連勝よ。捨神くんは?」
「僕も2連勝」
おたがいに、調子はいいみたいだ。
「そう言えば、秋の個人戦に来てなかったけど、どうしたの?」
「市立の松平先輩に負けちゃった」
土居さんは、ちょっと驚いたような顔で、
「めずらしいこともあるのね。いつものポカ?」
とたずねた。
「アハッ、違うよ。素負け。あのときは僕が先手で、序盤の進行は……」
「1番席は、振り駒をしてください」
っと、おしゃべりしてる場合じゃない。お口にチャック。
しばらくゆずりあいがあって、ポーンさんの振り駒。
「Ups!! 歩が0枚で、駒桜市、偶数先ですわ」
「本榧市、奇数先」
僕は後手。どっちでもいいけど、チェスクロの位置は、なおしておこうね。
「左利きだから、こっちでお願い」
「はい、どうぞ」
あとは、合図を待つばかり。
「対局準備のできていないところはありますか?」
ちゃんと観てもらえてるかな――あ、飛瀬さんがうしろにいる。
恥ずかしいなあ。かっこいいところを見せないとね。がんばるよ。
「それでは、対局を始めてください」
「アハッ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
僕がチェスクロを押して、対局開始。
「捨神くんの得意戦法は、だいたい分かってるけど……まずは、こうよね」
土居さんは7六歩と突いて、角道を開けた。僕も3四歩。
「2六歩」
「4二飛」
角交換型四間飛車だよ。
「そのうち当たるかもと思って、ちゃーんと対策して来たわ。2五歩」
へぇ、対策済みなんだ。用心しないとね。
6二玉、6八玉。
僕は角交換せずに、7二玉と入った。
「角交換しないの?」
「アハッ、見てのとおりだよ」
相手の準備には乗らないよ。自信家じゃないから。
「なんだか不穏ねぇ……7八玉」
僕は3五歩と伸ばして、攻めを組み立てやすいようにしておく。
4八銀、3二飛、4六歩、3四飛。
土居さんは、ここで小考した。僕の狙いが、だんだん分かってきたんじゃないかな。先手が穴熊に組むかどうかと関係なく、8二玉〜9二香〜9一玉で振り穴。同時に、3四飛から7四飛を見せて、先手の穴熊を牽制。
土居さんがどう動くか、注目だね。
「組みにくいわねぇ……こうかしら」
土居さんは2二角成として、先手から角交換してきた。
なるほどね、駒組み負けする可能性が高いと読んだのかな。
同銀に、土居さんは8八銀。
こうなると、僕のほうも穴熊はしにくい。なかなかやるね、土居さん。
僕は穴熊をあきらめて、8二玉、9六歩、9四歩、4七銀、7二銀とした。
いつもの美濃で戦おう。先手のほうが、まとめにくくなったんじゃないかな。
1六歩、3二金。バランス的には、こっちだよね。
土居さんは6八金として、5七の地点を補強した。
「3三銀」
攻めるよ。
1五歩、4四銀、5八金右、5五銀、2六飛、3三桂。
準備完了。あとは、攻めの糸口を探すだけ。
「せっかちね。女の子に嫌われるわよ」
「え……そうなの?」
土居さんはなにも答えずに、7七銀と上がった。
僕はしばらく考えて、7四歩。
土居さんは、おやッという顔をした。
「王様のこびんを開けるの? まさか、7三桂〜6五桂?」
感想戦じゃないから、さすがに答えられない。
「帰ってもらおうかしら。5六歩」
僕は6四銀と下がった。土居さんは6六銀と出て、再度の銀出を阻止する。
8四歩、2八飛、5四歩、8八玉。
しまったな。攻めの糸口を掴めなくなっちゃった。土居さんに脅されたのを、真に受け過ぎたかも。飛瀬さんは、もっと包容力のある女性だよ。早めに攻めたからって、嫌いにならないよね。
というわけで、方針変更。第一感は、7三銀引〜8三銀〜7二金の変則銀冠。でも、これはダメなんだ。8三銀の瞬間に4一角と打たれて、2三角成と6三角成を同時に受ける手がないから。どちらも致命的に痛い。
囲い自体を根本的に変えないといけないね。
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………………
「9二香」
ここから穴熊。
「んま、そういうことするの?」
「アハハ、僕のほうは、もう手がないから。攻めるなら、土居さんからどうぞ」
土居さんはどっしりと構えなおしたあと、
「私のほうも、手がないのよねぇ……」
と言って、しばらく考え込んだ。
「私も囲うわ。7八金」
9一玉、6八金右、7三銀引、8六歩、8二銀、7七銀。
うーん……飽和したかな。8三銀左〜7二金が理想だけど、やっぱり4一角があるからできない。こういう組み合いになると、矢倉とかボナンザ囲いのほうが優秀みたいだ。
方針が二転三転してるけど、僕から攻めようかな……一番簡単な攻めは、7五歩だね。同歩なら3九角がある。以下、3八飛に7五角成。馬が完成。そこで3六歩と反撃してくるかもしれない。でも、それは強く同歩と取って、同銀に3七歩。
(※図は捨神くんの脳内イメージです。)
同飛は2五桂で痺れるね。3八飛と逃げても、3七歩と追撃できる。
「7五歩」
僕は開戦した。
「同歩は3九角だから……」
土居さんは、持ち駒の角を6六に置いた。
僕は7六歩と取り込んで、同銀に1分ほど考える。
「……4二金」
ちょっと変則的に指す。
土居さんも警戒したのか、同じように1分使ってくれた。
「7七桂よ」
なにかあったとき、4四角の王手を防いだ手かな。
あるいは、8五歩、同歩、同桂からの攻めを見ているのかも。
ここは、6筋と7筋の駒の並び方に着目して――
「5三金」
「なんだか、あやしい動きね」
「アハハ、僕はあやしくないよ」
「べつに捨神くんがあやしいとは言ってないわ……っと、集中しなきゃ」
土居さんは腕組みをして、盤面をにらんだ。迫力あるね。
僕も続きを考えよう。
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…………………
………………
「分からないときは、取ってみましょ。8四角」
パクリと食いついてきた。僕は5五歩と突く。飛車の横利きが角に当たってるから、6六角と引くしかない。このとき、5六歩と取り込める。もちろん、土居さんも、こんなのは読み切りだよね。
「6六角」
5六歩、同銀。ここで僕は、6四金と上がった。
「え? 金を上がるの?」
「うん、上がるよ」
土居さんは6五銀右としかけて、手を引っ込めた。
たしかに、そうしたくなるよね。でも、6五銀右には、同金と取らないで、7五歩と打ち返すのが痛打。以下、6四銀、7六歩、8五桂、7七銀、同金右、同歩成、同金(同角は7六歩)、6四飛と取って、後手優勢。7五歩に8五銀と上がるのは、8四歩、同銀と吊り上げてから6五金が、銀と角取りになっていて、やっぱり後手有利。
さすがに引っかからないだろうから、べつの手を指してきそう。
パシリ
5八飛として来た。僕はすかさず、7五歩と打ち返す。
「き、厳しいわ」
8五銀でも8七銀でも、3六歩の予定。以下、同歩、同飛のとき、先手には適当な手がない。2六飛〜2九飛成くらいで有利。
「でも、この手はちゃんと読んであるのよ。8七銀」
引くほうを選んだね。賢明かな。
「3六歩」
「6五銀ッ!」
攻め合い――だったら、こう。
「4七角」
「うッ……」
土居さんは、背筋を伸ばした。椅子がきしむ。
5三飛成なら、6五金、同桂、同角成。さすがに後手の勝ち筋。
残り時間は、僕が16分、土居さんが15分。
どっちに転ぶか、楽しみだね。




