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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第21局 2014年度 四市対抗オールスター戦(2015年1月11日日曜)
220/686

208手目 3回戦 土居〔県立本榧〕vs捨神〔天堂〕(1)

※ここからは捨神すてがみくん視点です。

 というわけで、3回戦、行ってみようか。

 と、そのまえに――

飛瀬とびせさん」

 今日もキレイだね。勇気を出して話しかけるよ。

「なに……?」

 飛瀬さん、僕と話すときだけ、雰囲気が違うんだよね。妙によそよそしいというか、もともと少ない口数が、さらに減ってる感じ。僕のこと嫌いなのかな? それとも、将棋のライバル認定されてる? どっちだろう。

「ちょっと、頼みたいことがあるんだけど……いい?」

「内容次第かな……」

 アハッ、当たり前だよね。キスさせて、なんて言わないよ。

「次の対局、僕の将棋を観てくれないかな、と思って」

「え……」

 飛瀬さん、うつむいちゃった。

「も、もちろん、イヤならいいよ。面白そうな組み合わせは、他にもあるからね」

捨神すてがみくんは、なんで私に観て欲しいの……?」

 この質問には、ちゃんと答えを準備してきたよ。

「2回戦で飛瀬さんに観てもらって勝てたから、ゲンかつぎだよ」

 飛瀬さんは、視線を右に逸らして、

「それだけ……?」

 と、念を押してきた。あれ? 下心がバレちゃった?

「ほ、ほんとにそれだけだよ。ほんとだよ」

「ふぅん……それだけなんだ……」

 ん? 今の反応、なにかな?

「や、やっぱりダメ?」

「いいよ……観に行く……」

 アハッ、なんでも頼んでみるもんだね。

 箕辺みのべくんと葛城かつらぎくんに、アドバイスをもらった甲斐があったよ。

 それじゃ、対局席に行こうか。お相手は――

「あら、捨神くんじゃない」

 あ、土居どいさんなんだ。ぽっちゃり系女子。

 今度、飛瀬さんを誘うスイーツのお店、紹介してもらおうかな。

「ごめんね、待たせちゃって」

「べつにいいわよ。それより、早く並べましょう」

 王様から伊藤流で並べてっと……あとは、振り駒を待つだけだね。

「土居さん、調子はどう?」

「今日は2連勝よ。捨神くんは?」

「僕も2連勝」

 おたがいに、調子はいいみたいだ。

「そう言えば、秋の個人戦に来てなかったけど、どうしたの?」

市立いちりつ松平まつだいら先輩に負けちゃった」

 土居さんは、ちょっと驚いたような顔で、

「めずらしいこともあるのね。いつものポカ?」

 とたずねた。

「アハッ、違うよ。素負け。あのときは僕が先手で、序盤の進行は……」

「1番席は、振り駒をしてください」

 っと、おしゃべりしてる場合じゃない。お口にチャック。

 しばらくゆずりあいがあって、ポーンさんの振り駒。

「Ups!! 歩が0枚で、駒桜こまざくら市、偶数先ですわ」

本榧ほんがや市、奇数先」

 僕は後手。どっちでもいいけど、チェスクロの位置は、なおしておこうね。

「左利きだから、こっちでお願い」

「はい、どうぞ」

 あとは、合図を待つばかり。

「対局準備のできていないところはありますか?」

 ちゃんと観てもらえてるかな――あ、飛瀬さんがうしろにいる。

 恥ずかしいなあ。かっこいいところを見せないとね。がんばるよ。

「それでは、対局を始めてください」

「アハッ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 僕がチェスクロを押して、対局開始。

「捨神くんの得意戦法は、だいたい分かってるけど……まずは、こうよね」

 土居さんは7六歩と突いて、角道を開けた。僕も3四歩。

「2六歩」

「4二飛」


挿絵(By みてみん)


 角交換型四間飛車だよ。

「そのうち当たるかもと思って、ちゃーんと対策して来たわ。2五歩」

 へぇ、対策済みなんだ。用心しないとね。

 6二玉、6八玉。

 僕は角交換せずに、7二玉と入った。

「角交換しないの?」

「アハッ、見てのとおりだよ」

 相手の準備には乗らないよ。自信家じゃないから。

「なんだか不穏ねぇ……7八玉」

 僕は3五歩と伸ばして、攻めを組み立てやすいようにしておく。

 4八銀、3二飛、4六歩、3四飛。


挿絵(By みてみん)


 土居さんは、ここで小考した。僕の狙いが、だんだん分かってきたんじゃないかな。先手が穴熊に組むかどうかと関係なく、8二玉〜9二香〜9一玉で振り穴。同時に、3四飛から7四飛を見せて、先手の穴熊を牽制。

 土居さんがどう動くか、注目だね。

「組みにくいわねぇ……こうかしら」

 土居さんは2二角成として、先手から角交換してきた。

 なるほどね、駒組み負けする可能性が高いと読んだのかな。

 同銀に、土居さんは8八銀。

 こうなると、僕のほうも穴熊はしにくい。なかなかやるね、土居さん。

 僕は穴熊をあきらめて、8二玉、9六歩、9四歩、4七銀、7二銀とした。


挿絵(By みてみん)


 いつもの美濃で戦おう。先手のほうが、まとめにくくなったんじゃないかな。

 1六歩、3二金。バランス的には、こっちだよね。

 土居さんは6八金として、5七の地点を補強した。

「3三銀」

 攻めるよ。

 1五歩、4四銀、5八金右、5五銀、2六飛、3三桂。

 準備完了。あとは、攻めの糸口を探すだけ。

「せっかちね。女の子に嫌われるわよ」

「え……そうなの?」

 土居さんはなにも答えずに、7七銀と上がった。

 僕はしばらく考えて、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 土居さんは、おやッという顔をした。

「王様のこびんを開けるの? まさか、7三桂〜6五桂?」

 感想戦じゃないから、さすがに答えられない。

「帰ってもらおうかしら。5六歩」

 僕は6四銀と下がった。土居さんは6六銀と出て、再度の銀出を阻止する。

 8四歩、2八飛、5四歩、8八玉。


挿絵(By みてみん)


 しまったな。攻めの糸口を掴めなくなっちゃった。土居さんに脅されたのを、真に受け過ぎたかも。飛瀬さんは、もっと包容力のある女性だよ。早めに攻めたからって、嫌いにならないよね。

 というわけで、方針変更。第一感は、7三銀引〜8三銀〜7二金の変則銀冠。でも、これはダメなんだ。8三銀の瞬間に4一角と打たれて、2三角成と6三角成を同時に受ける手がないから。どちらも致命的に痛い。

 囲い自体を根本的に変えないといけないね。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「9二香」


挿絵(By みてみん)


 ここから穴熊。

「んま、そういうことするの?」

「アハハ、僕のほうは、もう手がないから。攻めるなら、土居さんからどうぞ」

 土居さんはどっしりと構えなおしたあと、

「私のほうも、手がないのよねぇ……」

 と言って、しばらく考え込んだ。

「私も囲うわ。7八金」

 9一玉、6八金右、7三銀引、8六歩、8二銀、7七銀。


挿絵(By みてみん)


 うーん……飽和したかな。8三銀左〜7二金が理想だけど、やっぱり4一角があるからできない。こういう組み合いになると、矢倉とかボナンザ囲いのほうが優秀みたいだ。

 方針が二転三転してるけど、僕から攻めようかな……一番簡単な攻めは、7五歩だね。同歩なら3九角がある。以下、3八飛に7五角成。馬が完成。そこで3六歩と反撃してくるかもしれない。でも、それは強く同歩と取って、同銀に3七歩。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神すてがみくんの脳内イメージです。)

 

 同飛は2五桂で痺れるね。3八飛と逃げても、3七歩と追撃できる。

「7五歩」

 僕は開戦した。

「同歩は3九角だから……」

 土居さんは、持ち駒の角を6六に置いた。

 僕は7六歩と取り込んで、同銀に1分ほど考える。

「……4二金」

 ちょっと変則的に指す。

 土居さんも警戒したのか、同じように1分使ってくれた。

「7七桂よ」

 なにかあったとき、4四角の王手を防いだ手かな。

 あるいは、8五歩、同歩、同桂からの攻めを見ているのかも。

 ここは、6筋と7筋の駒の並び方に着目して――

「5三金」


挿絵(By みてみん)


「なんだか、あやしい動きね」

「アハハ、僕はあやしくないよ」

「べつに捨神くんがあやしいとは言ってないわ……っと、集中しなきゃ」

 土居さんは腕組みをして、盤面をにらんだ。迫力あるね。

 僕も続きを考えよう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「分からないときは、取ってみましょ。8四角」

 パクリと食いついてきた。僕は5五歩と突く。飛車の横利きが角に当たってるから、6六角と引くしかない。このとき、5六歩と取り込める。もちろん、土居さんも、こんなのは読み切りだよね。

「6六角」

 5六歩、同銀。ここで僕は、6四金と上がった。


挿絵(By みてみん)


「え? 金を上がるの?」

「うん、上がるよ」

 土居さんは6五銀右としかけて、手を引っ込めた。

 たしかに、そうしたくなるよね。でも、6五銀右には、同金と取らないで、7五歩と打ち返すのが痛打。以下、6四銀、7六歩、8五桂、7七銀、同金右、同歩成、同金(同角は7六歩)、6四飛と取って、後手優勢。7五歩に8五銀と上がるのは、8四歩、同銀と吊り上げてから6五金が、銀と角取りになっていて、やっぱり後手有利。

 さすがに引っかからないだろうから、べつの手を指してきそう。


 パシリ

 

 5八飛として来た。僕はすかさず、7五歩と打ち返す。


挿絵(By みてみん)


「き、厳しいわ」

 8五銀でも8七銀でも、3六歩の予定。以下、同歩、同飛のとき、先手には適当な手がない。2六飛〜2九飛成くらいで有利。

「でも、この手はちゃんと読んであるのよ。8七銀」

 引くほうを選んだね。賢明かな。

「3六歩」

「6五銀ッ!」

 攻め合い――だったら、こう。

「4七角」


挿絵(By みてみん)


「うッ……」

 土居さんは、背筋を伸ばした。椅子がきしむ。

 5三飛成なら、6五金、同桂、同角成。さすがに後手の勝ち筋。

 残り時間は、僕が16分、土居さんが15分。

 どっちに転ぶか、楽しみだね。

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