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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第20局 地球、ちょうだい(2015年6月1日月曜)
209/686

197手目 感想戦後の感想戦 新巻虎向の場合

「朝から校門のまえでキス……バカップルだね……」

 カンナちゃんに釘を刺されて、私は悶絶した。

 ここは将棋部。放課後になっても興奮冷めやらぬ私は、取材の打ち合わせをしていた。前回は、エリーちゃんが気を失って、中断したのよね。虎向こなたくんと兎丸うさまるくんの取材が残っているから、早めに終わらせておきたい。

 私が準備をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

新巻あらまき虎向こなたですッ!」

 はいはい、私はドアを開けた。兎丸くんも一緒だった。

裏見うらみ先輩は、まだ来てないんですか?」

「そろそろ、集合時間なんだけど……」

 時計を確認したところで、廊下を走る音が聞こえた。

「ごめんなさい、遅れちゃった」

 ポニーテールの美少女、裏見先輩が登場。

「受験で忙しいときに、すみません」

 私はとりあえず謝っておいた。

「たまには、いいわよ。駒に触れないと、感覚が鈍っちゃうしね」

 私たちは着席して、お茶を用意。裏見先輩の好物。

 裏見先輩は時間が惜しいのか、ぱらぱらと駒を並べ始めた。

「私が先手で、7六歩、3四歩、2六歩、5四歩の出だしだったかしら?」

「ええ、俺が後手でゴキゲン中飛車でした」


【先手:裏見香子 後手:新巻虎向】

挿絵(By みてみん)


「虎向くん、中飛車を採用した理由は?」

 私は取材を始める。今回は、積極的に質問していくわよ。

「格上相手に、一番入りそうだったからですね」

「あら、私を格上扱いしてくれるわけ?」

 と裏見先輩。虎向くんは、もちろんだと答えた。

「県大会優勝は、ダテじゃありませんよ。いくら桐野きりの先輩がいなかったからって」

 ふむふむ、私を強制入部させた策士、ってだけじゃないわけか。メモメモ。

 そのあいだも、ふたりは数手進めた。

 2五歩、5二飛、5八金右、6二玉、4八銀、7二玉、6八玉、5五歩。

「先手は、ここで仕掛けて来ましたよね」

 裏見先輩はうなずいて、歩をひとつ進めた。2四歩だ。


挿絵(By みてみん)


「同歩、同飛、3二金で受かるけど、突いといて損はないわ」

「2八飛、2三歩と収めてから、4六歩でしたか」

 ふたりは、どんどん手を進める。

 4六歩のところで、兎丸くんもコメントを入れた。

「5筋を直接的に止めるパターンですか……虎向は、どうしたの?」

「そのままだと面白くないから、俺も工夫して3五歩」

「伸ばし過ぎじゃない?」

 と兎丸くん。

「この進行は、何回か指した。結構いける」

 私は、兎丸くんに賛成かな。すぐに取り返されちゃいそう。

 とりあえず、先をうながした。

「私の4七銀、9四歩、9六歩に、新巻くんが5四飛」


挿絵(By みてみん)


 ふぅむ、積極的。どういう手なのかしら。

「この飛車浮きの意味は?」

「先手の駒組みの牽制です。いざとなったら2四飛も考えてます」

 7八銀、8二玉、8六歩、7二銀、7九玉。先手は左美濃、後手は美濃。

「虎向くん、左銀が出遅れてない?」

 さすがに、私も気になった。

「ここから4二〜5三と進出させます」

 4二銀、7七角、5三銀、8八玉。

 先手は銀冠。裏見先輩も、この手順には納得しているようで、

「こうなると、5四飛の意味があるわね。飛車先が止まってないから」

 と言った。5二飛型だと、5三銀の瞬間に飛車先が止まってしまう。

「次の2四飛も機敏だったわ」

 裏見先輩のコメントに合わせて、虎向くんは2四飛とぶつけた。


挿絵(By みてみん)


 この手には、箕辺みのべくんが反応した。

「同飛、同歩、4一飛に、どうするんだ?」

「3一飛、同飛成、同角の予定でした」

 虎向くんは、すらすらと並べた。

 

【参考図】

挿絵(By みてみん)

 

「5五角で?」

「4四銀、8八角と引かせてから、2八飛です」

 箕辺くんは、ようやく納得した。

「なんだかんだで、後手が先着になるんだな。2四飛と取れないのは分かった」

「私もさすがに気づいたから、2五歩と止めたわ」

 歩を打ってくれるなら、先手は飛車先を切ったメリットがなくなる。

 ここは、虎向くんがポイントを稼いだ格好。

 以下、3四飛、8七銀。

「この次の手が難しかったんですが……本譜は8四歩としました」


挿絵(By みてみん)


「先に7四歩じゃない? 対局中も、ちょっと気になったわ」

「5五角出が王手になるので、7四歩はあとにしたいんですよね」

「ふーん……まあ、あんまり順番は関係なさそうね」

 裏見先輩は、7八金、6四銀、6六歩、1四歩、1六歩と進めた。

「俺は左金の処理が問題なんですけど、4二金〜5二金左は手がなくなります。3三金として、次に4四金を目指しました。裏見先輩の次の手が驚きでしたね」

「そんなに驚くような手かしら……9八香なんだけど」


挿絵(By みてみん)


 ほえぇ、穴熊。

 兎丸くんは、あごに手をそえて、うんうんとうなずいた。

「駒組みとしては、一番自然ですね」

「そうか? 俺は全然読んでなかったぞ?」

「虎向のほうは8三銀〜7二金〜7四歩〜7三銀の組み替えがあるよね。この数手と同じくらい有効で、かつ手待ちになるのはこれしかないよ」

「うーん、裏見先輩は攻め将棋って聞いたから、攻めてくると思ってた」

 情報収集がマイナスになるってことも、あるわよね。調べ方が甘い。

「私、攻め将棋って評価なの? だれの入れ知恵?」

田中たなか先輩が、そう言ってましたよ」

 裏見先輩は、首をかしげた。

 私も会話に参加する。

「穴熊にするとしたら、9九玉〜8八金〜6八金〜7八金右ですか?」

「私は6八金右〜9九玉〜8八金〜7八金右よ」

 以下、4四金、6八金右、7四歩、9九玉、7三銀引、8八金、8三銀、7八金右、7二金と、ふたりは駒組みの過程をザッと並べた。

「ここまでくると飽和ですから、どっちが攻めるかの問題ですよね。本譜では、裏見先輩から攻めてきました。3八飛、3三桂、3六歩です」


挿絵(By みてみん)


 開戦。ちょっと形勢判断を訊いておきましょうか。

「虎向くんの感触として、現局面はどんな感じ?」

「この時点では、いいとも悪いとも思ってませんでした。後手は4四金、先手は4七銀が遊ばないようにできるかどうかですよね」

「裏見先輩のほうは、どうですか? 自信がありました?」

「私、細かい形勢判断はしないのよね。手順のほうに集中してたわ」

 結構、直感的に考えるタイプなのかも。

「で、攻める手がないから。3六歩で手渡ししたの」

「3六歩が手渡しなんですか?」

「3六歩、同歩、同銀、3五歩、4七銀ね」

 なるほど、3六歩からそのまま突破する方法はないようだ。

「虎向は、ここからどう指したの?」

 兎丸くんは、興味津々。

「んー、チャンスだと思っちゃったんだよなあ」

 虎向くんはそう言いながら、2四歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 ……ん、いい手にみえる。

「好手じゃない? 2八飛ともどすしかないわよね?」

「と思うじゃないですか。もどす必要がなかったんです」

 虎向くんは、次の裏見先輩の手をクイズに出した。

 私は、2八飛しか思いつかない。2五歩〜2六歩〜2七歩成は先手負け。

「箕辺会長は、どうですか?」

「俺もひかると一緒で、飛車をもどりたいんだが……違うなら、5八飛か?」

「あ、惜しいわね。本譜は5六歩よ」

 裏見先輩は、パシリと歩を突いた。


挿絵(By みてみん)


 虎向くんは前髪に触れて、

「これで、後手困ってるんですよね」

 とつぶやいた。私は、未だに手の意味が分からない。

「全然間に合わなくない? 2筋の歩を伸ばすんでしょ?」

「2五歩、5五歩、2六歩、5四歩、2七歩成には5八飛と回れます」

「……3七と、同桂、3六歩とかさ」

 私だって、桂馬の頭が弱いことくらいは知っている。

葉山はやま先輩、なかなか読みますね。でもそれは、5六銀で回避できます」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 兎丸くんも感心して、

「一筋縄では、いかないね。すぐに2四飛だと3七桂、2九飛成、5三歩成で、急所にと金ができる。2四飛のまえに4八とと工夫するかな、僕なら」

 と言った。虎向くんによれば、その順は読んだうえで切ったらしい。

 裏見先輩は、その筋自体あまり読まなかったと白状した。

 私は本譜の進行をたずねる。

「本譜は2五歩、5五歩、1三角です」


挿絵(By みてみん)


 みんな静かになる。最初に発言したのは、兎丸くんだった。

「5八飛なら3六歩、3八歩、5七歩、同飛、4五桂?」

「正解。さすがは兎丸だな」

「裏見先輩レベルなら、5八飛は指さないよね……6五歩とか?」

 兎丸くんは、角を活用する手順を選んだ。

「半分正解。裏見先輩は、1五歩、同歩、6五歩だった」

「あ、そっちのほうがいいね。歩の枚数が命取りになりそうだから」

「そうなんだよなあ……で、とりあえず5七歩と置いといた」

 飛車回りを封じた手ね。

 ここで、箕辺くんが口を挟む。

「次の手は、俺でも分かるな。5四歩だろう?」

「ええ、5二歩と受けられなくなってますからね。俺は同金です」


挿絵(By みてみん)


 兎丸くんは、この局面を見て、軽く眉をひそめた。

「すごい。これは後手が困ってるね。金が3筋に利かなくなったから、3六歩、同歩、1五香、1四歩、3五歩。これを同飛なら3六銀で、5五飛、同角、同金、5一飛はさすがに終わってる。3五同角なら3六銀、4六角、3五歩と打たれて、4四飛、同角、同金の飛車角交換を強要。裏見先輩、最初からこれを読んでたんですか?」

「1五歩のあたりは、単に経験則よ。1五香で歩を回収する手順は、よくあるし」

 年季の違いってやつね。

 虎丸くんは、後者の順で進めながら、

「30分60秒なら、実際はいい勝負だと思う。あのときは悲観し過ぎた」

 と、兎丸くんに話しかけた。

「虎向くんでも、悲観することがあるの?」

 と私。虎向くんは右手をあげて、

「俺が年中お花畑みたいな質問しないでくださいッ!」

 と嘆いた。

「ごめんごめん……ところで、どう難しいの?」

「例えば、4四同金のあと、3四歩にどう指します?」


挿絵(By みてみん)


 今度は、私も答えるわよ。

「4五桂じゃないの?」

 歩に当たってるんだから、当然逃げるわよね。

「第一感は、それを読みますよね。4五桂、3三歩成、3七歩とか」

「そうそう、同桂なら同桂成で飛車銀両取り」

「でも、取らずに6八飛があります」

「……1五歩で?」

「4三と、同金、4五銀で、先手は駒損を回復できます」

「……4五銀に5三香だと?」

 虎向くんは、パチリと指をはじいた。

「いい手、知ってますね。それで難しいと思います。ただ、5四歩、同香、同銀、同金、5一飛くらいでも、先手がまだ指せると思います。さすがに穴熊ですからね」

「虎向くんは、どう対処したの?」

「本譜は、3四歩、1九角成、3三歩成、2九馬、6八飛、1五歩でした」


挿絵(By みてみん)


 なるほど、これなら香得。

「でも、4一飛と打ったら、次に1一飛成で駒損が回復しない?」

 私の質問に対して、虎向くんは駒を動かさずに答える。

「すぐにはできないです。後手からは5四香〜5八歩成がありますから。先手は5一飛と打って、5四香、5九歩としてきました」

 一回受けないといけないのか。さっきの4五桂以下との比較は難しい。

「次は、どうするの? 4六桂と足す?」

 私に見える手って、それくらいしかないのよね。

 虎向くんは、持ち駒の角を手に、カラ打ちした。

「4六桂も、考えたんですよね……3四と、5八歩成、同歩、同桂成に4四とと取ってくれれば、6八成桂、同金、4八飛で後手勝ちかもしれません。でも、5八同桂成に強く同飛と取られたとき、同香成、同飛成で龍ができて先手が堅いです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 裏見先輩は、出来上がった局面を見ながら、

「正直、4六桂って打たれたほうがイヤだったかなぁ。読んでなかったし」

 とぼやいた。

「……そうでしたか。でも、この局面は、俺の持ち駒が大駒だけなんでキツいです」

 虎向くんはそう言いながら、3七角と打った。

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