194手目 両想いのおまじない
「日本人女性なんて、歯並びが悪くてガニ股でガリガリではありませんことッ! どうしてお付き合いしたいのか、理解に苦しみますわッ!」
「ふわぁ、そろそろ解散しようか」
「そうっスね。エリーちゃん、お会計は全部払わせてあげるっスから、感謝するっス」
角ちゃんたちは席を立って、バイバイ。
と思ったら、制服のすそを引っ張られたっス。
「待ってくださいましッ! 言い過ぎましたわッ!」
「分かったっスから、角ちゃんのプリティ制服を伸ばすのは止めて欲しいっス」
これ、作ったばっかりなんっスよ。
あきれて着席。コーヒーのお代わりを注文するっス。
ここは、いつもの喫茶店。エリーちゃんが佐伯くんとお付き合いするためには、どうすればいいか会議の……えーと、何回目だったっスかね。もう忘れたっス。
「ぐすん……さきほどの発言は、本心ではございません。信じてください」
「ほんとっスか? アジア人に対する偏見をビンビンに感じるっスよ」
「エリーちゃんじゃなかったら、焼き土下座させるところだったね」
遊子ちゃん、なんでそんな怖いこと言うんっスか。
激オコなんっスか。
「カンナちゃんも、なにか言うっス」
「え……私は日本人じゃないし……シャートフ星人だし……」
漫才してる場合じゃないっスよ。まあ、今さら怒るのもバカバカしくなったっス。
角ちゃんは、お店のソファーにもたれかかって、ぐったり。
「もう諦めるっスよ。世界の半分が男なんっスから、べつのひとを捜すっス」
「Hmm……Frauオオバにとって、恋愛とはその程度のものなのですね」
むかッ。角ちゃんは、純情ピュアガールっスよ。
「そもそも、なんでそんなにヨシュアちゃんがいいんっスか?」
角ちゃんの質問に、エリーちゃんは頬を染めて、
「たいへん紳士的な方だと思います」
と答えたっス。これには、カンナちゃんも同意。
「そうだね……やっぱりジェントルマンがいいよ……捨神くんみたいに……」
「HerrサエキとHerrステガミは、タイプが違うように思うのですが……ともかく、浮ついた感じがありませんし、家庭を大切にしそうな男性に見えます」
「そんなの分かんないと思うっスけどねぇ。捨神くんが浮気したり、ヨシュアちゃんが暴力亭主だったりする可能性も、少しは考えるっス」
……………………
……………………
…………………
………………
なんでそんな顔をするんっスか。
「角代ちゃん……言ってはいけないことを言ったね……?」
「あくまでも可能性の話をしただけっス」
「ダメ……そういうことを考えるだけでも大罪……ダメ、絶対……」
そんなの宗教じゃないっスか。
「Herrサエキが暴力亭主に見えるとは、Frauオオバも男を見る目がありませんわね」
「角ちゃん、これでも男性ソムリエの自信があるっスよ」
「捨神くんが浮気するかもとか言ってる時点で、信頼性ゼロ……」
「Ich stimme dir zu」
カンナちゃんが、エリーちゃんのがわについちゃったっス。
恋は盲目っスねぇ。
角ちゃん、遊子ちゃんに援軍を求めるっス。
「遊子ちゃんも、なんか言ってあげるっス」
遊子ちゃんはストローでオレンジジュースを吸いながら、
「んー、なにを言えばいいのか、分からないと思うよ?」
と答えたっス。やる気ないっスねぇ。
なんだかこじれそうっスから、話題を変えるっス。
「ところで、飴玉お姉さんって知ってるっスか?」
3人とも、知ってると答えたっス。意外と物知りっスね。
「光ちゃんから聞いたと思うよ?」
「私も……光ちゃんから聞いた……」
「校内で、『あやしい女性から飴をもらわないように』という注意がありましたわ」
いかにもお嬢様学校って感じっスね。
「実はっスね、角ちゃん、飴玉お姉さんに会っちゃったっス」
これには、ほかの3人もびっくり。角ちゃん、鼻高々。
「どこでお会いしたのですかしら?」
「光ちゃんと一緒に、見知らぬ空き地で出会ったっス」
「どのような女性でしたの?」
「ロングの赤毛で、タバコをくわえてたっス。ちょっとガラが悪かったっスけど、言動はすごく優しかったっスよ。優太くんとも、将棋を指してくれたっス」
遊子ちゃんは首をひねって、
「将棋が指せるお姉さんなの? もしかして、駒桜将棋界のOGとか?」
とつぶやいたっス。
「ちがうと思うっス。めちゃくちゃ弱かったから、初心者だと思うっス」
こうやって将棋の輪は広まっていくんっスねぇ。
「で、飴はもらったの……?」
とカンナちゃん。
「ハッカ飴をもらったっス」
「ハッカってなに……?」
「食べるとスーッとするものっスよ」
詳しいことは知らないっス。
カンナちゃんは説明に納得しなかったのか、スマホをポチポチ。
「え……これって……ド……」
「ド、なんっスか?」
「ううん、なんでもない……用事を思い出したから、私は帰るね……」
カンナちゃんは急に席を立つと、伝票を確認したっス。
これから、捨神くんとデートっスかね。うらやましいっス。
角ちゃんたちは、ガールズトークを続けるっスよ。
「飴玉お姉さんは、なぜ飴を配っているのでしょうか?」
「光ちゃんの話だと、ボランティアらしいっス」
「ボランティア? ……なんのボランティアですかしら?」
そう言えば、詳しく聞いてなかったっスね。
角ちゃん、よーく思い出してみるっス。
「……飴を舐めると、両想いになれるとか言ってたような気がするっス」
「Echt!?」
めちゃくちゃ食いついてきたっス。
「両想いになれる飴なんて、ただの冗談っスよ」
「わたくしも、その空き地に連れて行ってくださいましッ!」
エリーちゃん、暴走しちゃったっス。
「遊子ちゃん、どうするっスか?」
「ごめん、私もこのあと、用事があるんだよね」
「そうっスか……じゃあ、ここで解散にするっス」
お会計を済ませてから、喫茶店のまえで遊子ちゃんとバイバイ。
エリーちゃんは鼻息を荒くして、
「その空き地というのは、どこにありますの?」
と、左右を見回したっス。ここにあるわけないっス。
「ちょっと落ち着くっス。とりあえず、駒桜公園に向かうっス」
公園からの道のりしか、覚えてないんっスよね。
「Dann los!!」
というわけで、角ちゃんたち、空き地にたどり着いたんっスが……だれもいないっス。雑草が生い茂っていて、女の子ふたりだと怖いっスね。五見くんでも連れてくればよかったっス。ただ、エリーちゃんの恋愛事情っスからねぇ。部外者は――
「そこのお嬢さんたち、こんにちは」
こ、この声はッ!
角ちゃんがキョロキョロすると、ドラム缶のうしろから、真っ赤な髪がなびいたっス。
「あ、飴玉お姉さんっス」
「あれぇ、このまえの子だねぇ。また飴が食べたくなったのかな?」
飴玉お姉さんは、やけにうれしそうっス。
「いくらでもあげるからねぇ……と、そっちは新顔さん?」
「Ja……あなたが、飴玉お姉さんですの?」
「そうだよぉ。世の中を気持ちよくするボランディアだよぉ」
「どこかで、お会いしませんでしたかしら?」
「いろんなひとに会ってるからねぇ」
飴玉お姉さんはそう言って、篭のなかを漁ったっス。
真っ青なハッカ飴をふたつ、角ちゃんたちにくれたっス。
「ひ、ひとつ質問しても、よろしいですかしら?」
「いいけど、プライバシーはNGだよ」
「この飴で両想いになれるというのは、ほんとうなのですか?」
飴玉お姉さんは一瞬キョトンとして、それからニヤリとしたっス。
「あのカメラを持った女の子から聞いたんだね……ほんとだよ」
「おまじないかなにかですかしら?」
「……そうだよ。恋愛ブレスレットなんかと一緒」
なんだ、ただのおまじないだったんっスね。
あやしい薬でも入ってるのかと思ったっス。
「きみ、好きな男の子がいるのかなぁ?」
飴玉お姉さんに質問されて、エリーちゃんは頬を染めたっス。
「初々しいねぇ。ふたり分あげるから、ペアで食べてね」
飴玉お姉さんは、もうひとつ篭から取り出して、エリーちゃんにあげたっス。
「あ、角ちゃんも2個欲しいっス。優太くんにあげるっス」
「ユウタくんって、このまえ、将棋を指してくれた子かな?」
「そうっス」
「また指そうね、って伝えといて……はい、飴玉」
飴玉お姉さん、じつはすごくいいひとなんじゃないっスかね。
角ちゃん、感謝しちゃ〜う。




