190手目 甦った没ネタ
※ここからは葉山さん視点です。
「え? 飴玉お姉さん特集ですか?」
私のすっとんきょうな声に、新聞部のメンバーがふりむいた。
「どうした、葉山? なにか不満か?」
眼鏡をかけた丸っこい顔の部長と目が合う。
「いえ、その……飴玉お姉さんネタは、このまえ没にしたような……」
私は、部長とかわした先週の会話を思い出していた。
飴玉お姉さんは一般人っぽいから、取材はやめておこうという話だった。
「正式に没にしたわけじゃないぞ」
「でも、ボランティアの一般人ですよ? マズくないですか?」
「最近、飴玉お姉さんが不審な行動をとっているという情報を得た。一般人というのは、勘違いかもしれない。もうすこし深く取材してみたい」
「不審な行動? なんですか、それ?」
部長は、よく分からないと答えた。私は、あきれてしまう。
すると、ほかの女子部員が割り込んできた。
「葉山さんは知らないかもしれないけど、飴玉お姉さんは、ターゲットを小さなこどもに変えているらしいの。小学生なんかが、よく声をかけられるらしいわ。さすがに警察も動いてるってうわさよ。事件性ありってやつ」
むかッ。知らないかもしれないけど、ってなによ。
新聞部エースの光ちゃんを舐めないでちょうだい。
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とはいえ、ほんとうに知らなかったから、おとなしく話を聞いておく。
「それって、やっぱり痴女?」
「イタズラをされたっていう話は、ないみたいなんだけど……」
相手は、言葉を濁した。情報隠蔽ね。ライバルに渡したくないってか。
聞き出すのもむずかしいと思って、私は部長にむきなおった。
「特集の具体的な内容は、なんですか?」
「そこは、各自工夫して欲しい」
丸投げかい。いつもの新聞部になってきた。うちの部は、個々人がフリーに動くことが多い。その分、手柄は独り占めだし、競争のしがいがあった。
「警察も動いている案件だから、十分に注意して欲しい。それと、違法な取材はダメだからな。部は責任を取らないぞ。今週末に、2回目のミーティングをしよう。では、解散」
私たちは席を立って、ばらばらに部室を出た。
私はとりあえず、将棋部の部室へむかった。
「こんにちは」
入り口から顔をのぞかせると、今日も盛況だった。
中央のテーブルには、2つの将棋盤。奥のほうは、あずさちゃんともみじちゃんが将棋を指していて、手前のほうは、カンナちゃんとよもぎちゃんが横歩を研究していた。遊子ちゃんは、本棚の近くで、詰め将棋を解いていた。
最初に顔をあげたのは、遊子ちゃんだった。
「光ちゃん、一局指す?」
「あ、ちょっと待って……これから出掛けるところ」
「用事があって来たんじゃないの? 部室に忘れ物?」
私は、新聞部で聞いたことを説明した。まずは、身近なところから情報収集。
遊子ちゃんは、詰め将棋の本に親指を挟んだまま、耳を傾けてくれた。
「飴玉お姉さん? ……飴を配ってる女のひと?」
「そうなの。私がもらったときは、ハッカ飴だったんだよね」
成分検査をしたことは、黙っておく。
「ふぅん……ハッカ飴ね……」
ん、今の声の調子、なんか気になる。新聞記者の勘。
「もしかして、遊子ちゃんも、会ったことある?」
「ないよ」
即答なところがあやしい。でも、証拠がない。
「それで、今から飴玉お姉さんを捜しに行くの?」
そこが問題なのよね。闇雲に捜してもしょうがないし、出会えたところで、どうすればいいのか分からない。まあ、一回会ってるわけだから、将棋でも指しませんか、と誘う手もありそう。ほかの記者に対する、私のアドバンテージだ。
「私たちは大会の準備で忙しいから手伝えないけど、がんばってね」
「うん、ありがと」
私はカメラを持って、学校を出た。ひとまず、駒桜公園に向かう。
夕方の5時を過ぎていて、地元の小学生たちがサッカーをしていた。
私はあのときと同じベンチに座り、あたりを見回した。
(こんな時間帯に会えるかなあ……自信ない)
そこのサッカーが終わったら、何人か声をかけてみたい。小さなこどもに声をかけているなら、彼らのなかにも被害者(?)がいるかもしれないからだ。
とはいえ、ゲーム中に邪魔をしたら悪いから、私は本を読むことにした。
詰め将棋の本だけど、遊子ちゃんが読んでいたものよりは簡単だった。
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「お姉さん、将棋指すんですか?」
男の子の声が聞こえて、私は顔をあげた。
さらさらヘアーのかわいらしい少年が、私のほうをじっと見つめていた。
「それ、将棋の本ですよね?」
「え……ええ、そうだけど」
「僕と一局指しませんか?」
男の子はぴょんぴょんして、私に勝負を挑んできた。
なに、この子。小学生かしら。微妙に中学生な気もする。
「ごめんなさい。私、ちょっと人を待ってて……」
「優太くん、勝手に移動しちゃダメっスよ」
むッ、この声は――トイレのほうから、奇抜な改造制服の少女が歩いてきた。
大場さんだった。
彼女も私に気づいて、あれッ、という顔をした。
「光ちゃん、こんなところで、なにしてるんっスか?」
「それはこっちの台詞よ……大場さんこそ、ここでなにしてるの?」
公園のトイレでも借りてたのかしら。
「角ちゃんは、優太くんと遊んでたっス」
「ユウタくんってだれ?」
私の質問に、大場さんじゃなくて、さっきの少年が答えた。
「僕ですッ!」
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「大場さんッ! 通報されるわよッ!」
「なんでみんなそういう反応なんっスかッ! 遊んでるだけっス!」
いやあ、大場さん、こういう趣味だったんだ。うぅん。
「どこで引っ掛けたのよ」
「引っ掛けてないっス。ネットで知り合ったっス」
しかも出会い系。110番しなきゃ。
私はさまざまな疑念を抱きつつ、少年に話しかけた。
「優太くんは、どこに住んでるの?」
「Y口県I国市でーすッ!」
刑法225条
営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、
人を略取し、又は誘拐した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
「お、お、お、大場さん、罪が重くならないうちに、自首しましょう」
「なんの罪っスか? 飴玉お姉さんを捜しちゃダメなんっスか?」
ん? 飴玉お姉さん?
「大場さん、飴玉お姉さんを捜してるの?」
「そうっス。優太くんが、会いたいらしいっス」
ほんとかなぁ。私が確認すると、優太くんはその通りだと答えた。
「飴玉お姉さんは、僕の中学でも有名です」
「ひとりでうろうろすると危ないっスからねぇ。角ちゃんが保護者代わりっス」
ふぅん、私と目的はおなじってわけか――チャンス。
私は、ここに来た事情を説明した。
「光ちゃんも、飴玉お姉さんを捜してるんっスか。それなら協力するっス」
「新聞部のお姉さんは、飴玉お姉さんに会ったことありますか?」
私は、あると答えた。すると、優太くんは目を輝かせた。
「凄いですッ! どんなひとでしたか?」
「どうって言われても……髪が真っ赤だった以外は、普通の女の人だったわよ」
「お話とかしましたか?」
私は、将棋を指したことも教えた。
優太くんはうれしそうにはしゃいで、
「僕も飴玉お姉さんと将棋を指したいですッ!」
と懇願した。連絡先を知っているわけじゃないし、どうにもならない。
ひとまず作戦会議で、どうすれば再会できるかを相談した。
「やっぱ、夜のほうが出やすいんっスかねぇ」
「夜はお母さんが心配するから、ムリです」
そりゃそうだ。それこそ、警察沙汰になるわよ。
「光ちゃん、飴玉お姉さんを尾行しなかったんっスか?」
「したけど、消えちゃったのよね」
優太くんは、その場所に連れて行って欲しいと言った。私も、ひとりじゃ心細いから、3人で行くことに決めた。前回、お姉さんが消えた空き地へ向かう。ずいぶんと人通りの少ないルートだった。車で乗り入れられない細い道に入る。左右はコンクリートの壁で、どうやら、住宅地の裏庭に面しているようだ。手入れのされていない木々が、ところどころ枝を伸ばしていた。裏通り特有の、湿っぽくて冷たい風が吹いた。
飴玉お姉さん、将棋に興味を持っててくれたら、話が簡単なんだけどなぁ。
私はカメラを構えたまま、歩き続けた。そして、例の空き地に出た。
「こんな場所、初めて来たっス。なんにもないっスね」
「住宅整備のとき、買い手がつかなかった土地だと思うわ」
有刺鉄線で囲まれているし、不動産会社の看板が立てられていた。
どちらも錆び付いている。
「だれもいませんね」
優太くんは、あたりをキョロキョロしている。
「飴玉お姉さん、いませんかぁ?」
優太くんが大声を出したので、私たちは慌ててとめた。
近所迷惑になると思ったからだ。
「はいはーい、ここにいるよぉ」




