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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第18局 呪いを解け!(2015年5月29日金曜)
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177手目 とばっちりな猫(ポーン・来島ルート)(4)

 廊下の奥に立っていたのは、辰吉たつきちくんだった。

 どうやって病院を抜け出したのか分からないけど、市立の制服を着ていた。

 私は混乱して、銃を隠すのが一瞬遅れてしまった。

「た、辰吉くん、なんでここにいるの? 病気は治ったの?」

遊子ゆうこ……今、隠したのはなんだ……?」

 ぼんやりとした声が、私の耳にひびいた。

「護身用のソフトエアガン」

「嘘だ……さっき、弾の確認をしてただろ……」

 私は、どきりとした。それと同時に、おかしな気分になった。装填を確認したとき、あたりに人の気配はなかった。辰吉くんが、そんなにうまく気配を消せるはずがない。

「……ほんとに辰吉くん?」

「なんだ……彼氏の顔も思い出せないのか……」

「そ、そういうことじゃないけど……病気は治ったの?」

「ああ……あれは、最初から嘘なんだ」

 私は、自分の耳を疑った。

「嘘?」

「そうだ……遊子の正体を暴くための罠だ……」

「……どういうこと?」

「俺、変だと思ったんだよ……ジャビスコのときは応援に来ないし……最近は草薙くさなぎみたいな物騒なのとつるんでるし……友だちに志摩しまがいるし……だから、俺が病気になったら、本性を現すんじゃないかと思ってさ……そしたら、案の定だよ……」

 動揺に次ぐ動揺――銃口を向けられても怯えない自信があるのに、動悸がし始めた。

「いやだな、辰吉くん、女子高生が拳銃なんか持ってるわけないでしょ」

 辰吉くんは、悲しげな瞳で、私をじっと見つめた。

「なあ、遊子……おまえ、ヤクザの娘なんだろ?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「なにを言ってるの? いくら彼氏の冗談でも、怒るよ?」

「怒るのは俺のほうだ……どうして、正直に言わなかったんだ?」

「だから、私は違うって……」


 ドン


 辰吉くんは私に迫って、壁を右手で叩いた。急な壁ドンに、私は息が止まりかけた。

「辰吉くん……こんなのひどいよ……」

「ひどいのは遊子だ……どうして言ってくれなかった?」

 胸のなかに、さまざまな思いが去来する。じんじんと、涙があふれそうになった。

 すると、辰吉くんの人差し指が、私の目元を撫でた。

「遊子、かんちがいしないでくれ……俺は、うれしいんだ」

「え……?」

 混乱する私をよそに、辰吉くんは身を引いて微笑んだ。

「遊子の苗字を聞いて、まさか、とは思ってたんだ。でも、ほんとうにうれしい」

 私は渇いた声で、なにがうれしいのかとたずねた。

「もちろん、遊子が来島組の娘でうれしいのさ」

「どういう……こと……?」

 辰吉くんはアハハと笑って、ポケットに手を突っ込んだ。

 スマホかと思ったそれは、サッとひらいて、銀色の刃が顔を出した。

 私は背中が痛くなるほど、壁に体を押しつけた。

「辰吉くん……危ないよ……しまってね……?」

「遊子、俺の家が母子家庭だってのは、知ってるよな?」

 私は、うなずくことすらできなかった。

「遊子には、交通事故で亡くなったって言ってたけど……あれ、嘘なんだよ」

「……」

「俺の親父は警察官で、来島組っていうヤクザの子分に殺されたんだ」

「!」

 辰吉くんの渇いた笑いがひびく。ほんとうに、ほんとうにうれしそうな笑い声が。

「親父のカタキがこんな近くにいるとはなあ……ありがとな、遊子、死んでくれ」


  ○

   。

    .


「NAAAAAAIN!!! Nein!!! Nein!!! Nein!!!」

 なんですの、あの蛇の化け物はッ! やはり悪魔でしたわッ!

「W, wo ist Ausgang? で、出口は、どこに……ッ!?」

 Frauクルシマではありませんか。なぜこのアパートに。

「Frauクルシマ! なにを為さっているのですかッ!?」

 わたくしが声をかけたにもかかわらず、Frauクルシマは壁に向かってぶつぶつと、なにやらつぶやいていました。わたくしは、追いかけられていないことを確認してから、彼女に話しかけました。

「Frauクルシマ? ここは万魔殿パンデモニウムですわ。早く逃げませんと」

「ちがう……ちがうんだよ……辰吉くん……」

 なにをおっしゃっているのですかしら。電話をなさっているようではありませんし。

 ともかく、ここから連れ出さなくては。

「Frauクルシマ、とにかく出口を……」

「近寄らないでッ!」

 私はびっくりして、うしろに飛び退きました。

 Frauクルシマの手には、モデルガンのようなものが。

「S, sei ruhig……どういたしましたの?」

「近寄ると撃つよッ!」

「???」

 サバイバルゲームなんかしてる場合じゃありませんわ。

 そう思って、一歩近づいた途端――

 

 パーン パリーン

 

 渇いた発砲音と、ガラスの割れる音。

 ふりかえると、ガラス窓がみごとに割れていました。

 火薬の匂い――わたくしは腰が抜けて、その場にへたりこみました。

「お、お、お、落ち着いてくださいまし」

「うぅ……やっぱり殺せない……辰吉くんのこと殺せないよ……」

 懇願する私のまえで、Frauクルシマは顔をおおい、泣き始めました。

「辰吉くん……私、お父さんたちとは絶縁するから……だから赦して……」

 Was? ……もしかして、Herrミノベの幻覚を見てらっしゃるのでは?

「Sei ganz ruhig……Herrミノベは、病院にいますわ……ここにはだれも……」


「見ぃつけた」


 ずるりと、なにかを引きずるような音――震えながらふりかえると、あの蛇女が、廊下の曲がり角から、こちらをのぞいていました。舌を出して、うれしそうに。

「おやおや、もう一匹獲物がいるじゃないか。今日は大量だねぇ」

 蛇女はずるずると尾をくねらせながら、こちらに迫ってきます。

 もう私はどうしようもなくなって、悲鳴を上げるしかありませんでした。

「Zum Teufel!!! Gott wird dich besiegen!!! Schau mal!!!!」

「そんな欧米語でしゃべられても分かんないよ」

 蛇女は、その長い舌で、ぺろりとくちびるを舐めました。

「さぁて、どちらをさきに食べようかねぇ。迷うねぇ」


  ○

   。

    .


「ハァ……今日はひどいめに遭ったニャー」

 レオタードがボロボロ。もう着れない。

 ナメちゃんのおかげで助かったけど、あの宇宙人、今度会ったらタダじゃ……ん?

 なんだか騒がしい。ケンカでもあったのかと思い、声のするほうへ向かった。

「こんな夜中に、なにやって……ああッ!」

 まむしのおぎんさんが、ふたりの少女をまえに、舌なめずりをしていた。

 少女のどちらの顔にも、見覚えがあった。ふたりとも気絶している。

「ニャにやってるんですかッ!」

「おやおや、子猫ちゃん、ちょうどよかった。一緒に食べる?」

「人間を襲っちゃダメって言われてるでしょッ! 大家に怒られますよッ!」

亀成かめなりの婆さんなら、もう寝てるだろう。それに、こいつらが勝手に長屋へ入って来たんだよ。どう料理しようが、わたしたちの勝手じゃないか。どうだい?」

 どうだい、じゃニャい。我が輩はふたりを助けるために、立ちはだかった。

「おやおや、邪魔する気かい?」

「このふたりは知り合いだから、絶対に食べちゃダメです」

 お銀さんは、怪訝そうな顔をした。我が輩が人間びいきなのを、なじってくる。

「やっぱり猫は猫だね。人間の肩を持つなんて」

「そうじゃなくて、人間は狩っちゃダメなんですってば。禁止されてるでしょ」

「最近、やたら長屋に人間が出入りしてるじゃないか。ああいうのは、きちんと駆除しておくにかぎるよ。ほら、このまえも三人組が来ただろう」

「三人組? ……男子高校生のことですか?」

 そうだと、お銀さんは答えた。箕辺みのべたちのことだな……ん?

「お銀さん、もしかして、あの3人になにかしました?」

 お銀さんは両手をかかげて、うれしそうに舌をチロチロさせた。

「ああ、もちろんだよ。呪いをかけてやった。そろそろお陀仏する頃だろうさ」

 こ・い・つ・が・犯・人・か。

「あれは我が輩が客として呼んだんですよッ! なにやってるんですかッ!」

「え? そうなの?」

「さっさと呪いを解いてくださいッ! 今すぐにッ!」

「何人か死んだところで、どうでもいいじゃないか」

「だから、殺すのは禁止されてるって何度言えば……」

「あんたたち、夜中になに騒いでるんだいッ!」

 ぐッ、亀成のばあさん、起きてるじゃニャいか。

 ばあさんは杖を振り回して、お銀さんの頭をぽかりとやった。

「人間なんか連れ込んで、ただじゃおかないよッ!」

「いえ、これは、ちょっと味見を……」

「御法度ッ!」

 ばあさんは、お銀さんをもういちどポカリとやった。

 ニャハハ、いい気味、いい気味……いってッ!

「あんた、また破廉恥な格好してるね。年頃の娘が、なに夜遊びしてるんだい」

「いや、これは変な宇宙人に追いかけ回されて……その……」

「あらまあッ! 窓ガラスが壊れてるじゃないかッ!」

 ばあさんのうしろのガラスが、粉々に割れていた。

「おまえさんたちの仕業だね。家賃からさっ引いとくよ」

「えぇッ!? ニャんでそうなるのッ!?」

 我が輩、なにも悪いことしてニャいのに、ひどいニャー。

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