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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第18局 呪いを解け!(2015年5月29日金曜)
188/686

176手目 いい夢を見ましょう(ポーン・来島ルート)(3)

「Herr Aramaki? Herr Furuya? ...Wo seid ihr?」

 Hmm……ふたりとも、どこへ行かれたのですかしら。

 廊下を曲がった瞬間に、パッと消えてしまいました。

「Herr Aramaki? Bitte keinen Scherz」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………


 反応がありません。どういたしましょう。 反応がありません。どういたしましょう。普通なら、声が届くはずなのですけれど……このアパート、そとから見たときと比べて、広過ぎるような気がいたします。どれだけ奥に進んでも、さっぱり行き止まりになりません。ぐるぐるしているだけですかしら。

「お嬢さん、そこでなにをしてるんだい?」

 突然の呼び声――ふりかえると、ドアがひとつ開いていました。

 そのすきまから、真っ赤な着物姿の女性が、こちらをのぞいていました。

「なにをしてるんだい?」

「わ、わたくし、ちょっと道に迷ってしまいまして……」

 タバコの匂い――いえ、キセルというやつですかしら。喫煙者ですのね。

 目が細くて、黒のロング。平安時代のイメージですわ。

「ここは、ひとの心が迷う場所……逢魔ヶ辻おうまがつじというやつさ」

 なにを言ってらっしゃるのですかしら。日本語が分かりません。

「このあたりで、二人組の少年を見かけませんでしたかしら?」

「二人組……三人組なら、見かけたよ」

「3人ではなく、ふたり……He?」

 もしかして……当たりというやつではありませんこと?

「いつでしょうか?」

「二日前だよ」

「どんなかたでしたかしら?」

 お姉さんは、ふぅと煙を吐いて、

「ひとりは真っ白な髪をしていて、もうひとりは日本人じゃなかったね」

 と答えました。Wow……やりました。

 わたくしは、3人がこの部屋に来たのですか、とたずねました。

「立ち話もなんだし、お入りよ」

 お姉さんは、わたくしを部屋に招き入れました。ちょっと怖かったのですが、女性ですし、勇気を出しておじゃますることにいたしました。

 座布団をすすめられたわたくしは、そこに腰をおろしました。よくみると、お姉さんの着ているものは、ずいぶん古いようにみえました。でも、とてもキレイですわね。お姉さんはお茶をすすめてきましたが、わたくしは丁重におことわりいたしました。

 お姉さんは、寒がりなのか、コタツに下半身をうずめていました。

「それで、おまえさんは、その三人組を捜しているのかい?」

「……そのひとたちは、このアパートに、なにをしにいらしたのですかしら?」

 知らないと、お姉さんは答えました。

「そもそも、話をしたわけじゃないからねぇ……でも、わたし好みだったよ」

「ゴノミ、とおっしゃるのは?」

「三人とも、いい男だったねぇ」

 もしかして、ヘンタイさんですかしら。

 わたくしがどぎまぎしていると、お姉さんはにやりと笑って、

「もしかして、あのなかに彼氏でもいたのかい?」

 とたずねてきました。わたくしは赤くなりました。

「そ、そういうわけでは……」

「初々しいねぇ……はにかまないで、わたしの眼をみてごらん」

「Was?」

 顔をあげると、お姉さんは、わたくしをじっと見つめていました。

「愛は心の迷い……逢瀬おうせ逢魔おうまも同じこと……分かるかい?」

「?」

 わたくしがきょとんとしていると、ふいに携帯が鳴りました。

「し、失礼致します」

 わたくしは廊下に出て、電話をとりました。

「Hello?」

《もしもし? ポーン先輩ですか?》

 あら、Herrアラマキですわ。ようやく連絡がとれましたのね。

「どこにいらっしゃるのですか?」

《アパートのそとです。病院から連絡がありました。3人とも目を覚ましたそうです》

「Echt!?」

 わたくしは口もとをおさえて、お姉さんにお礼を言ってから、その場をはなれました。出口に向かいながら話を聞くと、3人とも回復にむかっているとのことでした。

「す、すぐに参りますわ」


 *** ジャーマン少女、病院へ直行中 ***

 

「Herrサエキ!」

 ドアを開けると、Herrサエキがベッドのうえに。

 すでに起き上がって、本を読んでいらっしゃいました。

「ポーンさん、こんばんは」

 わたくしはHerrサエキに駆け寄って、思わず抱きしめました。汗の香り。

「Sie sind hier……」

「ポーンさん、ごめんね。心配かけちゃったかな」

 わたくしは背中を撫でてもらったあと、身をはなして周囲を確認しました。

「……ほかの方々は、どこへ行かれましたの?」

「みんな、家族と先に帰っちゃったよ」

 Hmm……みなさん、冷たいのですね。

「もう熱はないのですかしら?」

「うん、すっかりよくなったよ」

 病名をたずねましたが、Herrサエキは知らないようでした。

「ちょっと荷物をかたづけたいから、手伝ってくれないかな?」

「Natürlich」

 わたくしたちは荷物を鞄に詰めて、病院を出ました。きれいな夜空に、星がどこまでも広がっていました。時計をみると、すでに夜の9時になっていました。

「Ein bisschen spät……門限を過ぎていますわ」

「ポーンさんは、わざわざ僕のために来てくれたの?」

 わたくしは、その質問にドキリといたしました。

「その……みなさんのために……」

「僕ね、寝ているとき、夢を見たんだよ。ポーンさんと一緒にいる夢だった」

 わたくしは歩をとめました。

「ど、どのような夢でしたの?」

「うっすらと靄のかかった草原を歩いていたら、うしろから声をかけられたんだ。ポーンさんと僕のあいだには河があって、壊れかけの橋がかかってた。僕はさきに進もうとしたけれど、ポーンさんが真剣に呼び止めるから、引き返したんだよ」

 Herrサエキは、いつもより澄んだまなざしで、わたくしの瞳をとらえました。

「目が覚めてから考えたんだ。どうしてポーンさんの夢を見たのかな、って」

「……どうお考えになられましたの?」

「ポーンさんの存在が、僕のなかで特別なものになってたんじゃないかな、って」

 わたくしは頭がくらくらして、両手を腰のまえで組みました。

 身悶えするほどの感情――まともな思考ができません。

「あの……それは……どういう……」

「こういうことだよ」

 Herrサエキはわたくしをいきなり抱き寄せました。

「Herrサエキ……」

「下の名前で呼んで」

「ムネミツ……さま……」

 目を閉じ、くちびるとくちびるが近づいたそのとき――

「うッ!」

 Herrサエキは、わたくしを突き飛ばして、両手で顔をおおいました。

「ど、どうなされたのですか? やはり治ってらっしゃらないのでは?」

「……ポーンさん、そのペンダントをはずしてくれないかな?」

 自分の胸元に目をやると、お母様からもらった十字架が光っていました。

「これは、大切なお守りで……ッ!?」

 わたくしは息をとめました。

「どうしたんだい? 早くペンダントをはずしてよ」

「ムネミツさま……いつもかけてらっしゃる十字架は、どちらへ?」

 Herrサエキは、指のすきまからこちらをにらみました。

「なんのことだい? ポーンさんは、僕のことが好きじゃないの?」

「……」

「さあ、早くそんなペンダントははずして、僕の口づけを……」

 わたくしは十字架をにぎりしめ、相手にかざしました。

「あなた、悪魔ですわねッ!」

「僕は悪魔じゃないよ。佐伯さえき宗三むねみつだ」

「いいえッ! これは淫らな夢ですわッ! 神の名のもとにひれ伏しなさいッ!」

 パッと周囲が明るくなり、わたくしはアパートの座敷に連れ戻されました。

 目の前では、着物姿の女性が、そでで顔をおおっていました。

「チッ……耶蘇やそ教徒め……」

 わたくしはすぐに腰をあげて、女から飛び退きました。

「やはり悪魔でしたのねッ!」

「蛇もしゃくしも悪魔呼ばわりとは、感心しないねぇ……ふふふ……」

 女はそでをひらいて、顔をあらわにしました。

 それを見たわたくしは、腰が抜けかけました。

 30センチはあろうかという真っ赤な舌が、女の口から伸びているではありませんか。

 ずるりと、コタツのなかから下半身が――蛇の尾が――


  ○

   。

    .


 すっかり遅くなっちゃった。

 葛城かつらぎくん、内木うちきさんと分かれた私は、ふたたび市内を捜索していた。

 暗くなった駒桜こまざくらの通りを、あちらこちらへと駆け回る。でも、なんの手がかりも得られていない。あの白装束の女は、どこへ行ってしまったのか。組員をこれだけ動員しても見つからないなんて、おかしい。市外に出られたのだろうか。身体検査をしたとき、財布は持っていなかったのに。

 私はスマホをとりだして、ともえちゃんに連絡をとった。

《もしもし、お嬢様、こちら草薙くさなぎです》

「あの女、まだ見つからないの?」

《どこからもそれらしい連絡は入っていませんが……すこし気になる情報が》

「なに?」

市立いちりつの校庭で、なにやらケンカがあったそうです》

 関係ないでしょ。私がそう言うと、巴ちゃんは、

《レオタード姿の女が飛び出してきたと、そういう通報があったとか》

 と返してきた。私はその場に立ち止まって、あきれかえった。

「なんで早く言わないのッ!?」

《も、もうしわけございません……私も、さきほど連絡を受けたばかりで……》

 私はその女の目撃情報を集めるように指示してから、通話を切った。

 こうなったら、志摩しまさんにも応援を頼んで……ん?

 路地の奥で、なにやら聞き慣れた声がする。私は路地裏をのぞきこんだ。

 ふたりの少年が、コンクリート製の壁によりかかって、ぐったりしていた。

古谷ふるやくんッ! 新巻あらまきくんッ!」

 私は駆け寄って、ふたりを揺り起こした。すると、新巻くんだけが目を覚ました。

「ん……あれ、来島くるしま先輩……?」

「どうしたの? 体調不良?」

 私は、辰吉たつきちくんの病気が伝染したんじゃないかと心配になった。でも、新巻くんはまったく違う反応を示した。キャット・アイにやられたと言うのだ。私は驚いて、

「キャット・アイが、このあたりにいるの?」

 とたずねた。

「ええ、ここでうっかり遭遇して……」

「どこに逃げたか分かる?」

 新巻くんは、路地の奥をゆびさした。正確な場所を知っているような口ぶりだ。

「でも、そのまえに兎丸うさまるを……」

「さっさと案内せんかいッ!」

「ひいッ!? わ、分かりましたッ!」

 新巻くんに案内されたのは――ボロボロの廃アパートだった。

「ここに逃げ込んだの?」

「逃げ込んだって言うか、住んでるんだと思います」

「住んでる……? これ、廃墟でしょ?」

 新巻くんは、違うと言った。私は意を決して鉄柵を開け、アパートのなかをのぞいた。

「……やっぱり廃墟じゃん」

「よく見てください。靴とか、いろいろ……あれ?」

 新巻くんは、入り口から顔をのぞかせて、びっくりした。玄関には、靴なんてない。朽ちかけた靴箱はあるけど、ちりが溜まっているばかりだった。電球は外れていて、そもそも電気が通っていない様子だ。空家特有のにおいがした。

「そ、そんな馬鹿な……たしかに、だれか住んで……」

 新巻くんは、入って確認したと主張した。私は半信半疑になる。

「と、とにかく、警察を呼ばないと話にならないですよ。110番しましょう」

「……新巻くんは、古谷くんと病院に行ってくれる?」

「ええ、もちろんです。来島先輩も一緒に……」

 私は、ここで見張っていると言った。新巻くんは反対したけど、危ないことはしないからと言いくるめて、私はその場にとどまる。新巻くんの姿が見えなくなったところで、私は懐からM1911をとりだした。装填を確認し、グリップをにぎりしめる。

 玄関へ飛び込んで、壁を背に、左右の廊下を見渡す。

(……やっぱり、ひとは住んでないよね)

 まったく生活臭がしない。私は土間から、廊下を一本ずつ奥まで確認した。

 引き金を引く準備は、いつでもできている。ここなら発砲してもバレないだろう。

 私はあたりを警戒しつつ、床のほこりを確かめた。

(……歩いた形跡がない)

 新巻くんの見間違えじゃないのかな。私は拍子抜けした。その瞬間――

 

 カタリ

 

 私は銃を構えたまま、勢いよくふりかえった。

「え……辰吉くん?」

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