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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第18局 呪いを解け!(2015年5月29日金曜)
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175手目 優等生、ぴょんぴょんする(新巻・古谷ルート)(2)

「うるさいなぁ……僕の勝手だろう、バカ虎」

 兎丸うさまるはそう言って、ニンジンをかじり終えると、残った芯を洗い場に投げた。

 俺は激しく動揺する。

「い、今、なんて言った?」

「バカ虎って言ったんだよ、バカ虎」

 俺は頭のなかが真っ白になった。

「そ、そんなふうに言わないでくれよ……」

「なんで? 高崎たかさきさんは言ってよくて、僕はダメなの?」

 いおりんの名前が出て、俺はどう反論していいのか分からなくなった。

「は、ははは……そうだな、俺と兎丸の仲だもんな」

 うん、そうだ。いおりんが言っていいなら、親友の兎丸は、なおさらだ。

 俺はそんなロジックを使って、自分を落ち着かせた。

 兎丸は満足したのか、大きく足をひらいて、畳のうえに座り込んだ。

「ああ、おいしかった」

「そ、そろそろポーン先輩を捜しに行こうぜ」

「えーッ……やだ」

 兎丸は澄まし顔で、そう答えた。

佐伯さえき主将の命がかかってるんだぞ?」

「佐伯主将って、クリスチャンなんでしょ。天国に行けて本望じゃないか」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「う、兎丸、どうしちゃったんだ? おまえらしくないぞ?」

「僕らしい、って、どういうこと?」

「普段は、もっとマジメじゃないか」

 兎丸はタメ息をついて、寝転がった。

「ああ、やだやだ、僕って、優等生を演じないといけないの? ……疲れるんだよね」

 兎丸は腕枕をして、ごろごろし始める。俺はなんと言っていいのか分からなかった。

「虎向は、いいよね。バカなマネしても、笑いが取れるし。僕は、キャラが壊れちゃうから窮屈だよ。虎向は僕とコンビを組んで、得ばっかり。僕は損してる」

 俺は動揺を通り越して、悲しくなってきた。涙がこぼれないように我慢する。

「兎丸、ほんとにそんなこと言わないでくれ……傷つく……」

「ハァ、またそうやって都合が悪くなったら泣く……あ、そうだ」

 兎丸は急に起き上がると、「腹ごなしの運動をしよう」と言った。ひざを曲げて、両手を耳もとにそろえる。それをピクピクさせながら、うさぎ跳びを始めた。

「ぴょんぴょんぴょん♪ 裏の畑でぴょんぴょんぴょん♪」

 俺は、頭がくらくらしてきた。夢か? 夢なのか? 悪夢だ。

「あ、そうだ、お外に遊びに行くぴょん♪ 夜遊びぴょん♪」

 兎丸はそう言って、部屋を出て行った。

 俺が我にかえったのは、それから1分後のことだった。


  ○

   。

    .


 ヴィーヴィー ヴィーヴィー

 

 寮のベッドに横たわっていたおいらは、スマホの振動音で目を覚ました。

「いけね……寝ちゃった」

 宿題するつもりが、もうこんな時間だ。おいらはスマホをひろいあげる。

「……え? 兎丸くん?」

 平日の夕方に兎丸くんが電話――

「あッ! もしかして捨神すてがみのあんちゃん!」

 おいらは、捨神のあんちゃんが重病というメーリスを思い出した。

 ま、まさか危篤状態……おいらは、大慌てで電話に出た。

「もしもし、兎丸くん?」

《そうだぴょん》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

 おいらはスマホを持ったまま、しばらく固まった。

「もしもし……兎丸くん?」

《そうだって言ってるぴょん》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 こ、声は兎丸くんだけど、なんかおかしい。

「ほんとのほんとに兎丸くん? 『ぴょん』ってなに?」

《僕がキャラ崩したら、いけないの?》

 おいら、大混乱。

「いや……悪いとは言ってないけど……罰ゲームでもしてるの?」

《罰ゲームを受けるのは、きみだよ、魚住うおずみくん》

 あッ……さては、電話でどんどん回していく罰ゲームか。

 兎丸くん、おいらを指名しないで欲しいなあ。

「ごめん、今から宿題しようと思って……」

《去年の中学県大会の決勝、覚えてる?》

 一番言い出して欲しくないことを言われて、おいらは動揺した。

「も、もちろん覚えてるけど……」

《じゃあ、どんな対局だったか言ってみてよ》

「う、兎丸くん、どうしたの? なんでそんな話するの?」

《いいから、言ってみてよ》

 おいらは、ごくりとツバを飲み込んで、対局をふりかえった。

「それから、終盤は兎丸くんが優勢で……」

《優勢じゃなくて、勝勢でしょ》

「う、うん……そうだね……」

《で、どうなったの?》

「兎丸くんがおいらの玉を詰ませにきて……」

《きて?》

 おいらは、しばらく黙る。兎丸くんのオーラが、電話越しにも伝わってきた。

「兎丸くんが、おいらの持ち駒を間違えて……おいらが勝った」

《僕は、なんで持ち駒を間違えたの?》

「……」

《なんで間違えたの?》

「……おいらのうでに隠れてて見えなかったから」

 ちがうんだよ……あれは事故なんだ……おいら、終盤に熱中して、うでをテーブルに乗せていたら、たまたま兎丸くんの視界を遮っちゃっただけなんだよ……あのとき、隠れてた持ち駒をおいらが打ち付けた瞬間、兎丸くんは飛び上がって椅子をうしろに倒した。会場内が騒然とした瞬間だった。兎丸くんは赤くなって、青くなって、それから投了した。

 2014年度のH県中学竜王戦で優勝したのは、兎丸くんじゃなかった。おいらだ。

「で、でも、兎丸くん、おいらを許してくれたんだよね? ね?」

《普段は、そう言ってるね》

「だろ? だから、この話はもう……」

《あんなの、嘘に決まってるじゃないか……めちゃくちゃ根に持ってるよ……今でもあの将棋を思い出して、眠れなくなることがあるからね……ふふふ……》

 おいらは、ひざがガクガク震えてきて、勉強机の椅子にへばってしまった。

《捨神先輩が卒業したあの年は、ものすごいチャンスだったよね……決勝で魚住くんと当たって、終盤は勝勢だった……詰ましに行かずに、必至でも勝ちだった……でも、君は持ち駒を隠してたから、詰むと思って、僕は詰ましに行った……そうだね?》

「お、お、お、おいら、隠してないよ……ほんとだよ……信じて……」

《そもそもさ、魚住くんって、県大会優勝できるほどレーティングないよね……あのときだってO道代表は六連むつむらくんだって予想だったのに……それなのにジャビスコで捨神先輩に呼ばれたのは、僕じゃなくて魚住くんだしさ……第4ラウンドで僕が君を負かして、捨神先輩は優勝を逃したわけだけど……ふふふ……》

「ぐすん……そんなこと言わないでおくれよ……おいら、気にしてるんだよ……フロック優勝だって、陰で言われてるかもしれないから……」

 いや、絶対に言われてるんだ……おいらは涙を袖口でぬぐった。

《そうか……魚住くんもツライんだね……楽にしてあげるよ……》

「楽に……?」

《今、寮のそとにいるんだよね……そっちに行くから……ふふふ……》

「え? 寮のそと? ……ちょっと、え?」

 通話が切れた。

 おいらはカーテンの隙間から、こっそりと外を覗いてみた。

 黒潮くろしお高校の校庭――薄やみのなかに、兎丸くんの姿を捜す。

「ま、まさか……兎丸くん、捨神先輩を殺っちゃって、次はおいらを……」


 コンコンコン


「うわあああああああああああッ!」

 ノックの音を最後に、おいらは気を失った。


  ○

   。

    .


「兎丸、なにやってんだッ!」

 アパートを抜け出した兎丸を、俺は路地裏でようやく捕まえた。

 スマホを取り上げようと、もみ合いになる。

「兎丸、病院に行こうッ!」

「離せッ! 僕は自由になるんだッ!」

 さんざんマウンティングの交代があったあとで、遠くから足音が聞こえた。

 俺は藁にもすがる思いで、その人たちに手助けを求めた。

「そこのお姉さんたち、助けて……ああッ!」

 手をゆるめた途端、兎丸はサッと俺の下から抜け出した。

 俺は、お姉さんと兎丸のあいだで右往左往する。

「きゃ、キャット・アイじゃないかッ!」

「げッ! おまえは清心せいしん新巻あらまきッ!」

 プロレスラーみたいなタレ目のお姉さんもいる。わけが分からない。だれだよ。

 一方、兎丸はうれしそうに、キャット・アイへ駆け寄った。

「キャット・アイさん、僕を弟子にしてくださいッ! 優等生はもう止めますッ!」

「ニャに言ってんだ、おまえ?」

「ああッ! 兎丸に変なことしたのは、おまえたちだなッ!」

「ニャんでもかんでも我が輩たちのせいにするなッ!」

 俺たちが言い争っているよこで、兎丸は両手を頭にあて、兎耳うさみみを作った。

「師匠、怪盗ブラック・ラビットなんて、どうですか♪ ぴょんぴょんぴょん♪」

「ほら、やっぱりおまえの仕業じゃないかッ! 兎丸をもとにもどせッ!」

「だから知らニャいって言ってるだろッ!」

 そのとき、プロレスラー風の女が、あきれ顔で、

「これって、ぬらりひょんのじいさんの仕業じゃない?」

 と言った。俺は、聞き覚えのある名前に反応した。

「あのじいさんかッ!」

「ああ、やっぱり会ったのね……これ、ほっといても、1時間くらいで治るよ」

「嘘をつくなッ!」

「嘘じゃないってば。ぴょんぴょん楽しそうなんだから、いいじゃないの」

 兎丸みたいなタイプがぴょんぴょんしてて、いいわけないだろ。

 そういうのは、笑魅えみあずさ大場おおば先輩の仕事だ。

「って言うか、おまえはだれだッ!」

「私? 私は、怪盗スラッグ・ガール」

 くそ、佐伯さえき主将が言ってたキャット・アイの仲間って、こいつか。

 2対1でもひるまないぞ。

「かかってこいッ! 俺と勝負だッ!」

「ん、いいよ」

 スラッグ・ガールは目にも止まらぬ速さで、俺をホールドした。

 俺は地面に組み敷かれて、左腕をねじり上げられた。

「ちょっと待ってッ! 入ってるッ! 関節に入ってるッ!」

「ダブル・リスト・ロックだからね。そりゃ入るよ」

 ギブギブギブ。俺は地面をたたいて、ギブアップを宣言した。

 スラッグ・ガールは俺をふりほどいて、一言。

「よっわ」

「おまえが馬鹿力過ぎるんだろッ!」

「なに? 将棋で決着つける? 私、アイちゃんと同じくらい強いよ?」

 マジかよ……こいつも県代表レベルなのか……。

「卑怯だぞッ!」

「なにが卑怯なんだか……アイちゃん、ほっといて先を急ごう」

「そうだな。ワンコロはカレー粉でまけたが、宇宙人がしつこい」

 俺は、ふたりを止めようとして――延髄えんずいにチョップを喰らい、そのまま気絶した。

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