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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第18局 呪いを解け!(2015年5月29日金曜)
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174手目 ぬらりひょん(ポーン・新巻・古谷ルート)(1)

来島さんたちが神社の周りを調査している頃のお話――

「Mein Gott, bitte retten Sie meinen Geliebten……」


 バタン

 

 俺は教会のとびらを勢いよく開けた。清心せいしんの敷地にある施設だ。

 お祈りをしているポーン先輩を発見。

「ポーン先輩! 新巻あらまき虎向こなた古谷ふるや兎丸うさまる、ただいま参上しましたッ!」

 ポーン先輩はお祈りを中断して、こちらに顔をむけた。

 俺たちはなりふりかまわず、先輩のところへ駆け寄った。

「教会で騒いではいけませんわ」

「困ったときの神頼みなんかしてる場合じゃないです」

「Herrアラマキは、信心というものが足りませんわね」

 ミッション系の学校だけど、俺はクリスチャンじゃないぜ。

佐伯さえき主将を助けましょう。そのために、俺たちを呼んだんじゃないんですか?」

「Genau!! ジャーマン魂の見せどころですわ」

 俺たちが意気投合していると、いつものように兎丸が突っ込んできた。

「でも、どうやって助けるんですか? 病気なんですよね?」

 ポーン先輩は、ポケットから発信器をとりだした。

 俺は、それがなんなのか尋ねた。

「キャット・アイを捕まえようとしたときに使った追跡装置です」

 兎丸はポンと手を叩いて、

「なるほど、ログが残ってるんですね」

 と言った。

「Verstanden?」

 ポーン先輩は、ログの解析結果を教えてくれた。どうやら佐伯主将たちは、市内のある場所にしばらく滞在していたらしい。そこでキャット・アイに変なことをされたのではないかと、ポーン先輩は疑っているようだ。

「変なことって、なんですか?」

「キャット・アイの正体は、悪魔に違いありませんわッ!」

 えぇ……俺は困惑する。

「ポーン先輩、冗談言ってる場合じゃないです」

「現代医学で治らないのなら、悪魔の可能性も考慮いたしませんと」

 わけが分からなくなってきた。兎丸もさっきから黙ってるし、賛同してなさそうだ。

 でも、ここで揉めるのは時間のムダだ。さっさと移動しよう。

「Dann los!!」


 *** 少年少女たち、移動中 ***

 

「ここですわッ!」

 俺たちは、駒桜こまざくら市内でもあまりひとの来ない場所へつれて来られた。

 夕焼けに赤く染まった庭。雑草が生い茂り、その向こうに建物がみえた。

「ここって……廃アパートですか?」

 俺はボロッボロの壁を見上げながら、そう尋ねた。

 ひとは住んでないよな、さすがに。

「入ってみれば、分かりますわ」

「え? 入るんですか? 不法侵入ですよ?」

 兎丸は反対したけど、背に腹は代えられないということで、侵入する。

 柵を開けると、ギーッという音があたりに響いた。

 ポーン先輩は、追跡装置の画面を確認する。

「Oh, nein……建物のなかのようですわ」

 俺と兎丸は、顔を見合わせた。兎丸は、

「さすがに、建物のなかはマズくないですか? 警察を呼びません?」

 と提案したが、ポーン先輩は「とっくに掛け合いました」と答えた。

「全然相手にしてくれませんのよ。日本の警察はfaulですわね」

 兎丸は、「都市伝説みたいなものですし、ムリがありますね」と言った。

 えーい、男、新巻虎向、幽霊が恐くて将棋指しをやってられるか。突撃。

 俺は率先して、アパートの玄関に忍び寄った。なかを覗いてみる。

「……ん?」

「どう、虎向?」

「なんか、使われてる形跡があるぞ」

 コンクリート製の土間があって、それが板張りの廊下に続いていた。左には大きな靴箱がみえる。靴が、いくつも置かれていた。履き古されてはいるけれど、捨てられたものではないようだ。それに、1、2足は、あきらかに新品だった。

 兎丸とポーン先輩も、玄関のドアから顔を覗かせた。

「Ja, du hast Recht……ひとが住んでいますわね」

 いやあ、驚いたな。半壊アパートかと思ったら、そうでもないようだ。廊下はきちんと掃除されている。なんともいえない、古びた清潔感があった。

「どう致しましょうか……」

「声をかければいいんじゃないですか? すみませーんッ! ごめんくださーいッ!」

 大声を出した俺を、ほかのふたりが引き止めた。

「悪魔がここにいたら、どうするつもりですの?」

「悪魔なんかいませんって」

 ポーン先輩、もうちょっと現実的な解釈をして欲しいな。

 俺はそんなことを思いながら、応答を待った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? なんでだれも出てこないんだ?

「ごめんくださーいッ! だれもいないんですかーッ!?」

 俺の声は、アパートの奥に響き渡って、そして消えた。

 俺は腕組みをして、ふんと鼻息を荒くする。

「なんだなんだ、冷たい住民だな」

「入居者の名前を、個別的に呼ばないといけないんじゃないの?」

 兎丸の推測には、一理あった。共同住宅だもんな。自分が呼ばれているという確信がない限り、出迎えに来ないのだろう。俺は腕まくりをして、

「よし乗り込むぞ」

 と、土間にあがりこんだ。

「虎向、さすがにマズくない?」

「いいえ、ここはHerrアラマキのおっしゃるとおり、突撃あるのみですわ」

 さすがポーン先輩、将棋指しは、こうじゃなくっちゃね。

 俺たちは3人でアパートに乗り込むと、追跡装置のログを追い始めた。

「Hmm……高さの座標は分からないのですよね……」

「だったら、1階から探しましょう」

 ポーン先輩は、この廊下を左に曲がったところだ、と言った。

 念のため、俺と兎丸が先頭になって歩く。

 左に曲がると、左右にいくつかドアがあった。居住スペースのようだ。

「で、どの部屋ですか……ん?」

 俺と兎丸はふり返って、目を見張った。

「ぽ、ポーン先輩?」

 立ち止まったのかな。俺はそう思って、廊下をもどってみた。

 だけど、だれもいない。

「ポーン先輩? ポーン先輩? おどかしっこなしですよ?」

 俺が玄関までもどろうとした瞬間――

「おまえさんたち、なにやってるんだい?」

「うわッ!?」

 ふりむくと、背中の曲がった小柄なおばあさんが立っていた。

 おばあさんは、杖を持ったまま、こちらをじっと見つめている。その瞳は澄んでいて、妙な威圧感があった。俺はドギマギして、

「す、すみません……玄関で声をかけたんですけど、だれもいなくて……」

 と、しどろもどろになった。兎丸、助けてくれ。

 俺の心の声が届いたのか、兎丸は、言い訳をバトンタッチしてくれた。

「お邪魔してすみません。以前、友だちがここで落とし物をしたんです」

 おばあさんは、聞く耳を持たないのか、「だれだい?」と念押ししてきた。

 俺たちは、清心高校の生徒だと答えた。

 学生なら安心してくれるだろうと思ったら、反応はまったく逆だった。

 おばあさんは、急に目つきが鋭くなり、俺たちを睨んだ。

「高校生……? 嘘をついたら、タダじゃおかないよ」

「う、嘘じゃないですよッ!」

 俺は急いで、学生証を取り出した。

 おばあさんは、それを一瞥して、

新巻あらまき虎向こなた……とら……」

 とつぶやいてから、兎丸にも身分証の提示を求めた。

古谷ふるや兎丸うさまる……うさぎ……」

 おばあさんは、なぜか動物にこだわった。そして、急に表情がやわらかくなった。

「はいはい、虎さんに兎さんね……部屋を借りたいんだろう?」

 え、なんでそんな話になるんだ?

 俺は、とまどった。おばあさんは、どんどん話を進めた。

「あたしはここの管理人でね、亀成かめなりだよ。あいにく、今は空き部屋が少なくてね……おふたりさんは、お友だちかなにかかい?」

 もちろんだ。俺と兎丸は友だちだぞ。そう答えると、おばあさんは、

「それなら、しばらくは相部屋にしておくれ。こちらだよ」

 と言って、廊下を先に進んでしまった。

 意味が分からない。俺と兎丸は、不法侵入の手前、とりあえずついて行くことにした。どう弁解していいのか分からなかったし、ここで撤回すると、警察を呼ばれそうな雰囲気だったからだ。停学はさすがにマズい。親父に殺される。

「あの……女子高生を見ませんでしたか? 白人の」

 俺が質問すると、おばあさんはふりむきもせずに、

「知らないね。かわやじゃないのかい」

 と答えた。無愛想だなあ。

「ここだよ」

 おばあさんは、ちょっと余裕のある和室に案内してくれた。

 んー、どうしたもんか。俺が悩んでいると、おばあさんは、

「家賃は、毎月1万。手渡しだよ。ほかの住人とは、仲良くやっておくれ。じゃあね」

 と言って、さっさと姿を消してしまった。契約書もなしかよ。どうなってんだ。

 俺は古い畳の匂いをかぎながら、腰をおろして、あぐらをかいた。

「どうする、兎丸?」

「ポーン先輩と合流して、探索を続けようか。たぶん、トイレだよ」

 住民扱いなら、うろうろしても怒られないだろうと、兎丸は言った。

「あと、この部屋も調べておいたほうがよくない?」

 兎丸は、追跡装置の示した部屋が、ここかもしれないと指摘した。

「そうだな……そこの押し入れから調べるか」

 俺は押し入れを開けて、なかを覗き込んだ。

「んー……なにも……おッ」

「虎向、なにかあった?」

「壁に文字が書いてあるぞ、なになに……」

 俺はふすまを全開にして、西日を招き入れた。

 

 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて

 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて

 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて

 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて

 

「……」

「……」

 俺はパタンと押し入れを閉めて、べつの場所を探すことにした。

「……おっと、この冷蔵庫、動いてるな」

 開けてみると、なかにはたくさんの野菜が入っていた。

「だれか、住んでるんじゃないの?」

「あのばあさん、部屋を間違えたのかもな」

 それとも、俺たちを不法侵入者とみてのイタズラか。

 俺たちはそれから、台所の棚をあさってみたり、佐伯主将が出入りした痕跡がないか、いろいろと探りを入れてみた。だけど、なにも見つからなかった。

「ごめんください」

 あきらめてポーン先輩を捜しに行こうとした矢先、入り口で声がした。

 玄関に出ると、こけ色の和服を着た、妙に後頭部のでっかい老人が立っていた。

「ごめんください」

「こ、こんにちは……どなたですか?」

飄太郎ひょうたろうと申す者です……この部屋のあるじでございますよ」

 やっぱり住人がいるじゃないか。俺はあきれかえった。

 おじいさんは、杖を持って立ったまま、なんとも言えない笑い方をした。

「ヒョッヒョッヒョ、これはまた、めずらしいお客さんだ……あなた、人間でしょう」

 当たりまえだろ。なに言ってるんだ。

「亀成ばあさんも、年ですな。このようなお客さんを入れてしまうとは」

「す、すみません、すぐに出ます」

「いえいえ、だれかをお待ちなのでしょう? それまでは、ここにいらしてください」

 おじいさんは部屋にあがって、座敷へ腰をおろした。

 お茶を淹れてくれるとかで、俺たちも座らされる。

 ポーン先輩、はやく戻ってきてくれぇ。

 おじいさんは、よぼよぼの手でお茶を出すと、俺たちを交互にみくらべた。

「どれ、若いひとの趣味はわしには分からんですが、ひとつ茶飲み話でも」

 おじいさんはそう言って、お茶を飲んだ。俺は手をつけないでおく。

「ぬらりひょん、という妖怪をご存知ですか?」

「……聞いたことはあります」

「どのような妖怪か、ご存知かな?」

 俺も兎丸も、知らないと答えた。

「ぬらりひょんというのはですね、ひとの家にひょんと現れて、勝手に茶を飲んだり食事をしたりする妖怪でございます。特に害はないのですが、恐ろしい力を持っております」

 その力はなんだと思いますか――おじいさんは、そう尋ねてきた。

 俺は、分からないと答えた。

「なんと、人間を妖怪に変えてしまうのです」

「へぇ、それは凄いですね。化け物になっちゃうんですか」

 おじいさんは、ヒョッヒョッヒョと、また奇妙な笑い方をした。

「いえいえ、そうではございません。『妖怪になる』というのは、ものの喩えです。人間だれしも、心のなかに深い闇を持っていらっしゃる。ぬらぬらとした漆黒の闇に光を当てて、ひょんと性格を裏返してしまう……これが、ぬらりひょんの正体です」

 俺は、「はぁ」とあいまいな返事をした。おじいさんは、兎丸にむきなおった。

「そう、たとえば、あなたの心の井戸は、とてつもなく深いご様子」

 あ、こいつ、兎丸の悪口言ったな。

「兎丸は、ウラオモテのある奴じゃないですよ」

 俺が怒ると、おじいさんはふたたび笑って、

「失敬、失敬……それでは、散歩でもしてきましょう。ごゆっくり」

 と言って、立ち上がった。俺たちは、ここにいてもいいと言われた。

 おじいさんの杖の音が、廊下を遠ざかる。不用心だな、と俺は思った。

「なあ、そろそろ、ポーン先輩を捜しに行ったほうがよくないか?」

「……」

「兎丸?」

「……」

 うしろのほうから、ひんやりとした空気が流れてきて、俺は、ふりかえった。

 すると、兎丸が冷蔵庫のところで、がさごそとなにかしていた。

「兎丸、どうした? あやしいものでもあったか?」

 兎丸は、こちらに顔を向けた。

 冷蔵庫からニンジンをとりだして、ぽりぽりかじっていた。

「な、なにしてるんだッ!?」

「お腹が空いたんだよ」

「他人の冷蔵庫をあさっちゃダメだろッ!」

 兎丸は、ニンジンを頬張りながら、目を細めた。

 今までに見たことのない目つきだった。

「うるさいなぁ……僕の勝手だろう、バカ虎」

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