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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第17局 怪盗キャット・アイ、駒桜に現れる(2015年5月25日月曜〜29日金曜)
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166手目 駒桜少年探偵団、捜索せよ(葉山ルート)(1)

「呪われてる……?」

 カメラを拭いていた私は、よもぎちゃんのほうへ顔を向けた。

 ここは、市立の将棋部。3年生とカンナちゃんをのぞく面子が、一同に会していた。

 狭い。

「呪いだって言うの? 箕辺みのべくんの病気が?」

「はい、そうとしか考えられません」

 いやいやいや、私はあきれて、よもぎちゃんに詰め寄った。

「あのさ、そういう冗談を言ってる場合じゃ、ないでしょ」

「冗談ではありません」

 よもぎちゃんは、いつものマジメな顔を、120%増しくらいマジメにした。

「木曜日に箕辺先輩たちが倒れてから、すでに1日が経過しました。病名も判明せず、容態は悪化するばかりです。現代医学では解明できない、なにかが起こっています」

「たった1日よ? 病名って、すぐに判定できるわけじゃないんでしょ?」

 医者の初診正解率って、20%くらいしかないって聞いたことあるわよ。

「今日の昼休み、箕辺先輩の机に触れてみました。強烈な妖気を感じました。相当強い呪いだとみて、間違いありません」

 もう、わけが分からん。のけぞる私に、福留さんが話しかけてきた。

葉山はやま先輩、こういうネタって、好きなんじゃないですか?」

「え? どうして?」

「普段、飛瀬とびせ主将の宇宙人ネタに、やたら絡んでますよね?」

 それとこれとは、話が違うのだけれど。同級生の命がかかってるのよ。

「じゃけん、これはスクープですよッ! よもぎちゃんのネタに乗りましょうッ!」


 バシーン!

 

 テーブルをしばく音がして、全員が身をすくめた。

 遊子ゆうこちゃんが、とんでもない目つきで、私たちのほうを睨んでいる。

「とりあえず、マジメに話そうか?」

 あ、はい。

 私たちが怯えるなか、遊子ちゃんは、ほかのメンバーに向き直る。

「で、箕辺くんの病気が呪いだって思うひとは、どれくらいいるのかな?」

 迫力のある問いに、みんな恐る恐る挙手した。

 よもぎちゃん以外に、福留ふくどめさんと赤井あかいさんが手を挙げた。

 ようするに、いつもの3人組だ。

 遊子ちゃんは、将棋の本を読んでいる駒込こまごめくんをジロリ。

「駒込くんは、賛成しないの?」

「そういうオカルト、僕は信じてません」

 これに対しては、福留さんが、

「よもぎちゃんの霊感は、ほんとによく当たるんだからねッ!」

 と反論した。赤井さんも、

「こういうときの馬下こまさげさんの勘は、信用したほうがいいと思います」

 と、やや控えめにアドバイスした。

ともえちゃんは、どうなの?」

 遊子ちゃんは、草薙くさなぎさんに質問した。

「幽霊だろうがなんだろうが、肉弾戦あるのみです」

 この子は、違う意味でダメね。

 遊子ちゃんは、しばらく考えてから、

「で、呪いだとしたら、どうすればいいのかな? お祓い?」

 と尋ねた。まさか、よもぎちゃんの案に乗る気なのかしら。

「お祓いは……できません」

「どうして? 馬下さんって、巫女さんなんでしょ?」

「今回の呪いは、私の手に負えそうにありません。T島から大谷おおたに先輩を呼ぶか、S根から出雲いずも先輩を呼ぶか、どちらかにしてください。大谷先輩ならば仏教式で、出雲先輩ならば神道式でお祓いをしてくれるはずです」

 遊子ちゃんは、タメ息をついた。

「他県から、わざわざ来てくれないと思うよ?」

「大谷先輩は親切なひとですし、出雲先輩は、巫女つながりでコネがあります」

 話がどんどんオカルトになっていく。

 遊子ちゃんも半信半疑なのか、1分ほど押し黙った。

 怖い。

「……分かった。参考にしておくね」

「出過ぎたマネかもしれませんが、来島部長のために、念を押させていただきます。呪いの効果は、日増しに強くなります。手遅れにならないうちに、手を打ってください」

「じゃあ、そっち方面は、馬下さんに一任するね」

「承りました」

 こうして、箕辺くんを助けるための作戦会議は終わった。

 なにも決まっていないようなものだけど、仕方がない。

 遊子ちゃんと草薙さんは、一足先に、部室を出て行った。私はなんだか気まずい雰囲気のなかで、カメラを拭く作業に戻った。でも、心ここにあらず。箕辺くんのことが、とても気にかかる。お見舞いに行きたいのはやまやま。だけど、遊子ちゃんのまえで出過ぎたマネをするのは、はばかられた。それは、遊子ちゃんが怖いからじゃなくて、箕辺くんが遊子ちゃんを選んだ以上は、私が出る幕はないと思っているからだ。

「葉山先輩ッ!」

 福留さんの顔が視界に現れて、私はびっくりした。

「ちょっと、大声出さないでよ」

「さっきから呼んでるのに、気付いてくれなかったじゃないですか」

 福留さんは、箕辺くんのことが心配なのか、と尋ねてきた。

「ま、同学年だからね」

「それだけですか?」

 あんたは、なにを言いたいのよ。ニヤニヤしないでちょうだい。

「箕辺先輩って、なかなかイケメンですからね。今のうちに狙ったほうが、いいですよ」

 ハァ……もう手遅れなのよね。遊子ちゃんと付き合ってるんだし。

 でも、このことを知っているのは、関係者のなかでも、極一部だった。駒桜の将棋関係者だと、私しか知らないんじゃないかしら。あの草薙さんですら、いっつも一緒なのに、箕辺くんのことは、ただの部活仲間だと思っているようだ。あそこまで脳筋だと、恋愛事情に疎くなるも、分かる。

「福留さん、将棋指さない?」

 ここで割り込んできたのは、駒込くんだった。

「え? この状況で指すの?」

「馬下さんは、大谷さんと連絡を取るみたいだし、福留さんしかいないんだよ」

「もみじちゃんでも、いいじゃん」

「棋力的にね」

 ようするに、指せる面子のなかでは、福留さんが一番強いってことね。

 これには、福留さんのほうがイヤそうな顔をした。

「えぇ、歩夢あゆむと私じゃ、勝負にならないじゃん」

「そっちのほうが、福留さん的には練習になるだろう?」

 駒込くんって、ほんとマイペース。みんなが箕辺くんのことを心配してるときに、将棋を指すだなんて。お姉さんも、相当変わり者だったらしい。残念ながら、そんなに絡む機会はなかったけれど。校内新聞のネタを、逃してしまった。

「ンー、じゃあ、ちょっとだけ」

「指し掛けはダメだよ。最後まで指してね」

「ああ、もう、分かったわよ。揚げ足取りみたいなことしない」

 ふたりは将棋盤を用意して、じゃんけんをした。

 私がぼんやり見ていると、今度は赤井さんに声をかけられた。

「葉山先輩、一局いかがですか?」

「え? 私と?」

 赤井さんは、なんだかもうしわけなさそうに、

「棋力的に、この組み合わせが一番いいかな、と」

 とつぶやいた。ようするに、弱いもの同士ってことね。

 よもぎちゃんのコネがどう動くか気になるし、私は暇つぶしに指すことにした。


挿絵(By みてみん)


「じゃんけんぽん」

 私がパー、赤井さんがグー。

「先輩から、どうぞ」

 ンー、どうしましょ。私はちょっと迷ってから、2六歩と指した。

「あ、チェスクロ用意しなくてもいい?」

「構いませんよ」

 あの秒読み、焦るのよね。

 3四歩、2五歩、3三角、3八銀、2二銀、2七銀、3二金、2六銀。


挿絵(By みてみん)


 棒銀よッ!

 私は意気揚々と銀を上がった。けど、箕辺くんのことを思い出して、また嘆息した。

「やっぱり、ゲームしてる場合じゃないと思うのよね」

 赤井さんは、4二角と下がりながら、

「私たちには、できることもありませんので……ここは、馬下さんを頼りましょう」

 と返してきた。もどかしい。ほんとに、もどかしい。

「ほんとに、できることはないのかしら?」

「お医者さんと宗教関係者に任せるしか、ないと思うのですが……」

 それは、そうなのよね。でも、体調が悪化する一方だって言うし……それに、意識不明という噂まで飛び交っていた。おなじ病気の捨神くんが入院して、重体だという情報が流れていたからだ。

「捨神くんって、体が弱そうだから、心配よね」

「その件で、あちこちから、不破さんに電話が入ってるらしいです」

 さすがは、H島将棋界のエースね。人気者。

 7六歩、3三銀。


挿絵(By みてみん)


 ここから、どうしましょ。

 1五銀、8四歩、2四歩、同歩、同銀、同銀は枚数が足りて……ん、枚数が足りてないけど、最後の同銀に、1一角成と成れるのか。駒の損得は……銀香交換。

 銀は香車よりも価値が高いから、私が損してるわね……あ、でも、次に2一馬と取ることができるわ。これで、銀と桂香の交換。私の駒得ね。

「1五銀」

 赤井さんは、おや、という顔で、

「いきなり攻めるのですか?」

 と尋ねてきた。見れば分かるでしょ。

「4四歩です」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あッ、攻めが止まった。1一角成ってできないじゃない。

 私は次の攻めを考えつつ、赤井さんに質問を飛ばす。

「さっきの呪いが云々って話、信じてるの?」

「はい……というよりも、馬下さんを信じていると言ったほうが、正確ですね」

 オカルト雑誌や霊感商法のようなものは眉唾だと、赤井さんは付け足した。

「でも、あの3人、呪われるような生活は、送ってないと思うんだけど」

「そこは、たしかにそうですね……あるいは、危ない場所に立ち入ったのでは?」

 赤井さんは、墓地や事故現場をあげた。

 私は7八銀、5二金、5八金右、4三金右、6八玉と進めつつ、箕辺くんたちの行動を思い起こす。そして、一番単純な可能性を見落としていたことに気付いた。

(もしかして、これもキャット・アイのしわざ……?)

 水曜日の夜、望遠カメラを持って公園に待機していた私は、よく分からないベトベトした液体を投げつけられて、身動きがとれなくなってしまった。あれにバイ菌が……でも、それなら私が発症してないと、おかしいのよね。

「男子ばかりなことも、気にかかります」

 赤井さんはそう言って、8四歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 赤井さんのほうが、バランス悪くない? 居玉だし。

「たしかに、男子だけ、って、変よね」

 カンナちゃんに移ってないのも、遊子ちゃんに移ってないのも気になる。カンナちゃんは捨神くんの、遊子ちゃんは箕辺くんの付き添いをしていたらしい。

 ということは、ほんとうに病気じゃなくて、呪い……? あんまり信じたくない。オカルト云々のまえに、怖いもの。

 7九玉、8五歩、7七角、5四歩。

 ん……次に8六歩狙いかしら? 8六歩、同歩、同角、同角、同飛、8七歩?

「交換は、歓迎よ。8八玉」

 8六歩、同歩、同角、同角、同飛、8七歩、8二飛。


挿絵(By みてみん)


 あ、そう言えば、8七銀〜8六歩から銀冠に組むのも、アリだったかしら。

 ここで3六歩は5五角の王手飛車がある。私は、6六歩と突いた。

 4一玉、6七金、3一玉、2四歩、同歩、同銀、同銀、同飛、2三銀。

 赤井さんは、ちゃっかり銀冠に組み替えた。

 2八飛、2四歩……これ、角を打ち込む場所、ないかしら?

「葉山先輩は、3人が一緒に行動していたとか、そういう心当たりは?」

「心当たりねぇ……」

 3人一緒に行動していたと言えば、キャット・アイを追っかけているとき、比較的一緒に行動していたように思う。特に八一やいちでは、葛城かつらぎくんをのぞいて、全員が顔を合わせた。でも、全員だから、男子だけかかる理由にならない。

「……ん」

「葉山先輩、どうかしましたか?」

 私はなんでもないと答えて、盤をじっと見つめた。考えているのは、将棋じゃない。駒桜公園での出来事を、順番に思い返していた。たしか、私がスタンバイしたとき、捨神くんがまだ来てなかったわよね。でも、救出されたときは、いたような……うん。

 ってことは、どこかであの3人が、一緒に行動した可能性があるのか。

「赤井さん、ちょっと、ごめん。指し掛けにしてくれない?」

「ご用事ですか?」

「新聞部の仕事で、ひとつ忘れてたことがあったわ」

 赤井さんは、もちろん結構です、と答えた。

 私はカメラで盤面を保存してから、部室をあとにした。

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