166手目 駒桜少年探偵団、捜索せよ(葉山ルート)(1)
「呪われてる……?」
カメラを拭いていた私は、よもぎちゃんのほうへ顔を向けた。
ここは、市立の将棋部。3年生とカンナちゃんをのぞく面子が、一同に会していた。
狭い。
「呪いだって言うの? 箕辺くんの病気が?」
「はい、そうとしか考えられません」
いやいやいや、私はあきれて、よもぎちゃんに詰め寄った。
「あのさ、そういう冗談を言ってる場合じゃ、ないでしょ」
「冗談ではありません」
よもぎちゃんは、いつものマジメな顔を、120%増しくらいマジメにした。
「木曜日に箕辺先輩たちが倒れてから、すでに1日が経過しました。病名も判明せず、容態は悪化するばかりです。現代医学では解明できない、なにかが起こっています」
「たった1日よ? 病名って、すぐに判定できるわけじゃないんでしょ?」
医者の初診正解率って、20%くらいしかないって聞いたことあるわよ。
「今日の昼休み、箕辺先輩の机に触れてみました。強烈な妖気を感じました。相当強い呪いだとみて、間違いありません」
もう、わけが分からん。のけぞる私に、福留さんが話しかけてきた。
「葉山先輩、こういうネタって、好きなんじゃないですか?」
「え? どうして?」
「普段、飛瀬主将の宇宙人ネタに、やたら絡んでますよね?」
それとこれとは、話が違うのだけれど。同級生の命がかかってるのよ。
「じゃけん、これはスクープですよッ! よもぎちゃんのネタに乗りましょうッ!」
バシーン!
テーブルをしばく音がして、全員が身をすくめた。
遊子ちゃんが、とんでもない目つきで、私たちのほうを睨んでいる。
「とりあえず、マジメに話そうか?」
あ、はい。
私たちが怯えるなか、遊子ちゃんは、ほかのメンバーに向き直る。
「で、箕辺くんの病気が呪いだって思うひとは、どれくらいいるのかな?」
迫力のある問いに、みんな恐る恐る挙手した。
よもぎちゃん以外に、福留さんと赤井さんが手を挙げた。
ようするに、いつもの3人組だ。
遊子ちゃんは、将棋の本を読んでいる駒込くんをジロリ。
「駒込くんは、賛成しないの?」
「そういうオカルト、僕は信じてません」
これに対しては、福留さんが、
「よもぎちゃんの霊感は、ほんとによく当たるんだからねッ!」
と反論した。赤井さんも、
「こういうときの馬下さんの勘は、信用したほうがいいと思います」
と、やや控えめにアドバイスした。
「巴ちゃんは、どうなの?」
遊子ちゃんは、草薙さんに質問した。
「幽霊だろうがなんだろうが、肉弾戦あるのみです」
この子は、違う意味でダメね。
遊子ちゃんは、しばらく考えてから、
「で、呪いだとしたら、どうすればいいのかな? お祓い?」
と尋ねた。まさか、よもぎちゃんの案に乗る気なのかしら。
「お祓いは……できません」
「どうして? 馬下さんって、巫女さんなんでしょ?」
「今回の呪いは、私の手に負えそうにありません。T島から大谷先輩を呼ぶか、S根から出雲先輩を呼ぶか、どちらかにしてください。大谷先輩ならば仏教式で、出雲先輩ならば神道式でお祓いをしてくれるはずです」
遊子ちゃんは、タメ息をついた。
「他県から、わざわざ来てくれないと思うよ?」
「大谷先輩は親切なひとですし、出雲先輩は、巫女つながりでコネがあります」
話がどんどんオカルトになっていく。
遊子ちゃんも半信半疑なのか、1分ほど押し黙った。
怖い。
「……分かった。参考にしておくね」
「出過ぎたマネかもしれませんが、来島部長のために、念を押させていただきます。呪いの効果は、日増しに強くなります。手遅れにならないうちに、手を打ってください」
「じゃあ、そっち方面は、馬下さんに一任するね」
「承りました」
こうして、箕辺くんを助けるための作戦会議は終わった。
なにも決まっていないようなものだけど、仕方がない。
遊子ちゃんと草薙さんは、一足先に、部室を出て行った。私はなんだか気まずい雰囲気のなかで、カメラを拭く作業に戻った。でも、心ここにあらず。箕辺くんのことが、とても気にかかる。お見舞いに行きたいのはやまやま。だけど、遊子ちゃんのまえで出過ぎたマネをするのは、はばかられた。それは、遊子ちゃんが怖いからじゃなくて、箕辺くんが遊子ちゃんを選んだ以上は、私が出る幕はないと思っているからだ。
「葉山先輩ッ!」
福留さんの顔が視界に現れて、私はびっくりした。
「ちょっと、大声出さないでよ」
「さっきから呼んでるのに、気付いてくれなかったじゃないですか」
福留さんは、箕辺くんのことが心配なのか、と尋ねてきた。
「ま、同学年だからね」
「それだけですか?」
あんたは、なにを言いたいのよ。ニヤニヤしないでちょうだい。
「箕辺先輩って、なかなかイケメンですからね。今のうちに狙ったほうが、いいですよ」
ハァ……もう手遅れなのよね。遊子ちゃんと付き合ってるんだし。
でも、このことを知っているのは、関係者のなかでも、極一部だった。駒桜の将棋関係者だと、私しか知らないんじゃないかしら。あの草薙さんですら、いっつも一緒なのに、箕辺くんのことは、ただの部活仲間だと思っているようだ。あそこまで脳筋だと、恋愛事情に疎くなるも、分かる。
「福留さん、将棋指さない?」
ここで割り込んできたのは、駒込くんだった。
「え? この状況で指すの?」
「馬下さんは、大谷さんと連絡を取るみたいだし、福留さんしかいないんだよ」
「もみじちゃんでも、いいじゃん」
「棋力的にね」
ようするに、指せる面子のなかでは、福留さんが一番強いってことね。
これには、福留さんのほうがイヤそうな顔をした。
「えぇ、歩夢と私じゃ、勝負にならないじゃん」
「そっちのほうが、福留さん的には練習になるだろう?」
駒込くんって、ほんとマイペース。みんなが箕辺くんのことを心配してるときに、将棋を指すだなんて。お姉さんも、相当変わり者だったらしい。残念ながら、そんなに絡む機会はなかったけれど。校内新聞のネタを、逃してしまった。
「ンー、じゃあ、ちょっとだけ」
「指し掛けはダメだよ。最後まで指してね」
「ああ、もう、分かったわよ。揚げ足取りみたいなことしない」
ふたりは将棋盤を用意して、じゃんけんをした。
私がぼんやり見ていると、今度は赤井さんに声をかけられた。
「葉山先輩、一局いかがですか?」
「え? 私と?」
赤井さんは、なんだかもうしわけなさそうに、
「棋力的に、この組み合わせが一番いいかな、と」
とつぶやいた。ようするに、弱いもの同士ってことね。
よもぎちゃんのコネがどう動くか気になるし、私は暇つぶしに指すことにした。
「じゃんけんぽん」
私がパー、赤井さんがグー。
「先輩から、どうぞ」
ンー、どうしましょ。私はちょっと迷ってから、2六歩と指した。
「あ、チェスクロ用意しなくてもいい?」
「構いませんよ」
あの秒読み、焦るのよね。
3四歩、2五歩、3三角、3八銀、2二銀、2七銀、3二金、2六銀。
棒銀よッ!
私は意気揚々と銀を上がった。けど、箕辺くんのことを思い出して、また嘆息した。
「やっぱり、ゲームしてる場合じゃないと思うのよね」
赤井さんは、4二角と下がりながら、
「私たちには、できることもありませんので……ここは、馬下さんを頼りましょう」
と返してきた。もどかしい。ほんとに、もどかしい。
「ほんとに、できることはないのかしら?」
「お医者さんと宗教関係者に任せるしか、ないと思うのですが……」
それは、そうなのよね。でも、体調が悪化する一方だって言うし……それに、意識不明という噂まで飛び交っていた。おなじ病気の捨神くんが入院して、重体だという情報が流れていたからだ。
「捨神くんって、体が弱そうだから、心配よね」
「その件で、あちこちから、不破さんに電話が入ってるらしいです」
さすがは、H島将棋界のエースね。人気者。
7六歩、3三銀。
ここから、どうしましょ。
1五銀、8四歩、2四歩、同歩、同銀、同銀は枚数が足りて……ん、枚数が足りてないけど、最後の同銀に、1一角成と成れるのか。駒の損得は……銀香交換。
銀は香車よりも価値が高いから、私が損してるわね……あ、でも、次に2一馬と取ることができるわ。これで、銀と桂香の交換。私の駒得ね。
「1五銀」
赤井さんは、おや、という顔で、
「いきなり攻めるのですか?」
と尋ねてきた。見れば分かるでしょ。
「4四歩です」
……………………
……………………
…………………
………………
あッ、攻めが止まった。1一角成ってできないじゃない。
私は次の攻めを考えつつ、赤井さんに質問を飛ばす。
「さっきの呪いが云々って話、信じてるの?」
「はい……というよりも、馬下さんを信じていると言ったほうが、正確ですね」
オカルト雑誌や霊感商法のようなものは眉唾だと、赤井さんは付け足した。
「でも、あの3人、呪われるような生活は、送ってないと思うんだけど」
「そこは、たしかにそうですね……あるいは、危ない場所に立ち入ったのでは?」
赤井さんは、墓地や事故現場をあげた。
私は7八銀、5二金、5八金右、4三金右、6八玉と進めつつ、箕辺くんたちの行動を思い起こす。そして、一番単純な可能性を見落としていたことに気付いた。
(もしかして、これもキャット・アイのしわざ……?)
水曜日の夜、望遠カメラを持って公園に待機していた私は、よく分からないベトベトした液体を投げつけられて、身動きがとれなくなってしまった。あれにバイ菌が……でも、それなら私が発症してないと、おかしいのよね。
「男子ばかりなことも、気にかかります」
赤井さんはそう言って、8四歩と突いた。
赤井さんのほうが、バランス悪くない? 居玉だし。
「たしかに、男子だけ、って、変よね」
カンナちゃんに移ってないのも、遊子ちゃんに移ってないのも気になる。カンナちゃんは捨神くんの、遊子ちゃんは箕辺くんの付き添いをしていたらしい。
ということは、ほんとうに病気じゃなくて、呪い……? あんまり信じたくない。オカルト云々のまえに、怖いもの。
7九玉、8五歩、7七角、5四歩。
ん……次に8六歩狙いかしら? 8六歩、同歩、同角、同角、同飛、8七歩?
「交換は、歓迎よ。8八玉」
8六歩、同歩、同角、同角、同飛、8七歩、8二飛。
あ、そう言えば、8七銀〜8六歩から銀冠に組むのも、アリだったかしら。
ここで3六歩は5五角の王手飛車がある。私は、6六歩と突いた。
4一玉、6七金、3一玉、2四歩、同歩、同銀、同銀、同飛、2三銀。
赤井さんは、ちゃっかり銀冠に組み替えた。
2八飛、2四歩……これ、角を打ち込む場所、ないかしら?
「葉山先輩は、3人が一緒に行動していたとか、そういう心当たりは?」
「心当たりねぇ……」
3人一緒に行動していたと言えば、キャット・アイを追っかけているとき、比較的一緒に行動していたように思う。特に八一では、葛城くんをのぞいて、全員が顔を合わせた。でも、全員だから、男子だけかかる理由にならない。
「……ん」
「葉山先輩、どうかしましたか?」
私はなんでもないと答えて、盤をじっと見つめた。考えているのは、将棋じゃない。駒桜公園での出来事を、順番に思い返していた。たしか、私がスタンバイしたとき、捨神くんがまだ来てなかったわよね。でも、救出されたときは、いたような……うん。
ってことは、どこかであの3人が、一緒に行動した可能性があるのか。
「赤井さん、ちょっと、ごめん。指し掛けにしてくれない?」
「ご用事ですか?」
「新聞部の仕事で、ひとつ忘れてたことがあったわ」
赤井さんは、もちろん結構です、と答えた。
私はカメラで盤面を保存してから、部室をあとにした。




