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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
幕間 牌をつまむ乙女たち(2015年5月24日日曜)
167/686

155手目 牌をつまむ乙女たち

挿絵(By みてみん)


 いえ〜い、見てるぅ? 私だよ、わ・た・し。

 え? 誰だって?

 

 いやだねぇ、大学将棋最強の女流、晩稲田おくてだ筒井つついさまと言えば、私のことよ。

 ツインテールの美女、将棋の女王様、才色兼備、スタイル抜群、それから……。

順子じゅんこちゃん、さっきから、なにしてるの?」

 ショートカットの男前なあんちゃん、じゃなくて、三和みわっちに話しかけられた。

 こいつは、高校のときからライバルでね、いわゆる、2番手ってやつ?

「全国3000万の筒井つつい順子じゅんこファンに、挨拶してるの」

「そう……頭のなかに3000万人もいるとか、たいへんだね。病院紹介しようか?」

 うっさい。

「医者の卵だからって、いい気になってんじゃないよ」

「私は外科志望だから、頭の病気じゃないから」

「それがいい気になってるっつーのッ!」

 いつものように言い争っていると、うしろから肩を突つかれた。

 ふりかえると、おかっぱショートの、右目が隠れた女に話しかけられる。

「どうでもいいから、さっさと移動しましょうよ」

辻姉つじねえは、なにしたい? カラオケ? ダーツ?」

 辻姉は、三本指で、牌をつまむマネをした。

「やっぱり麻雀でしょ」

「じゃ、K舞伎町で決まりね。この4人で、OK?」

 私は、面子を確認した。

 駒桜こまざくらのドンこと、辻姉。おなじく駒桜の歩く将棋辞典、傍目はため八千代やちよちゃん。

 それに、あたくしさまと、生意気な三和っちを加えて、4人。

「朝まで打つなら、5人いたほうがいいかしら」

 と辻姉。これには三和っちが、

「すみません、今夜はオールできないです」

 と告げた。なによ、それでも大学生かぁ?

「それじゃ、急いで行きますか。筒井さまに続けぇ」


 **** 少女(?)たち、雀荘へ移動中 ****

 

「あぁ、あつしぼ気持ちいい」

「順子ちゃん、すっかりおじさん化してるね」

 対面に座った三和っちは、アイスコーヒーを飲みながら、そうつぶやいた。

 だからうっさいって。さっさとサイコロ振る。

「年長ということで、私が」

 右どなりの辻姉が、ボタンを押した。サイコロがくるくると回る。

「あら、自5だわ。仮親かりおや

 もう1回振って、自9。グラサイじゃないよね。

「左全開」

 私かよ。

「はいよ」

 ちゃちゃっと取って、配牌確認。


【東1 南家(筒井)】

挿絵(By みてみん)


 んー、微妙。ツモを見ないと分からない。7ピン、ずっぽし来ないかな。

「辻姉、さっさと切ってよ」

「ちょっと待って……むずかしいわね」

 5秒ほど悩んでから、辻姉は3萬を切った。

 なんか、あやしい。チートイ目かな。

 さてさて、筒井さまの第一ツモは、どうかなっと。


【東1 1巡目 南家(筒井)】

挿絵(By みてみん)


 ほんと微妙。チートイ決め打ちできる配牌でもない。

「鳥」

 私が切って、傍目ちゃんのツモ。メガネを直して、私と辻姉のホーを見てくる。

「おふたりとも、第一打が数牌シューパイですか」

 そんなの考えても、意味ないって。サクサク。

「北です」

「ポン」

 ん? 三和っちがいきなり動いた?

「イチ鳴きなの?」

自風じかぜだよね」

 そりゃ、そうだけどさ……ドラ持ってるのかな。

 ちょっと慎重に……いや、第一局から気にしても、しょうがないか。

 気楽にね、気楽に。

 

 タン タン タン タン タン

 

【東1 6巡目 南家(筒井)】

挿絵(By みてみん)


 お、いいじゃん、いいじゃん。これはもう、チートイでいいっしょ。

 リーチして裏を乗せれば、ハネ満まである。

「4萬」

「ロン」

「へ?」


挿絵(By みてみん)


「8000」

「なによ、その即席そくせき満貫まんがんッ!?」

 三和っちは私の悲鳴を無視して、8000点を要求した。

「チェッ、ツイてやんの」

 私は5000点棒1本と1000点棒3本を投げた。

 気を取り直して、親。

 

 カラカラカラ

 

「対11」

 ちゃっちゃと取る。


【東2 1巡目 東家(筒井)】

挿絵(By みてみん)


 わっる。振りこんで冷えたか?

 若干、チャンタっぽいけど……チャンタなんかやっても、しょうがない。

 役牌頼み。

「西」


 タン タン タン タン タン

 

【東2 8巡目 東家(筒井)】

挿絵(By みてみん)


 重なった。ピンズを払うか、マンズを払うかだけど……ここはピンズ。

 12の形よりも、79のほうが発展性がある。

「2」

 安全を図って、内側から。

 傍目ちゃんが西、三和ちゃんが鳥。あの鳥、欲しいなあ。

「おっと」

「ん? 辻姉、どうかした?」

「やっと入ったわ。リーチ」


【東2 8巡目 北家(辻)】

挿絵(By みてみん)


 私が親のときにリーチするなぁ。

 順子ちゃん、怒りのツモ。

 

【東2 9巡目 東家(筒井)】

挿絵(By みてみん)


 は? なんで2ピンかぶるの?

「ま、いっか、現物だし。2ピン」

 ここで、傍目ちゃんが迷う。

「……さすがに、勝負できません。4ピン」

 これは、中抜きした感触。オリたね。

「中」

 チッ、三和っちも手堅いでやんの。

 辻姉は、力強く山に手を伸ばす。ツモるなぁ。

「……残念。2ピン」

 ふぅ、セーフ。私は6萬をツモって、1ピンを切った。

「あ、それロン」

「は?」


挿絵(By みてみん)


「裏は……乗らないか。6400」

「うわーん、みんなが順子ちゃんのことイジメるぅ」

 私は雀卓に突っ伏して、機械のふちを叩いた。

「お客さん、マシーンに当たらないでください」

 チッ。

「ノーチャンスのスジ引っかけとか、事故よ、事故。おつりちょうだい」

 私は1万点棒を崩してもらった。

 つーかそれ、2ピン残しなら1発ツモじゃない。

 なんで私ひとりにぶつけてくるかな。

 くそぉ、ひとりへこみ。1万点切りそう。

「では、私が親ですね……右6です」

 私を働かせるな。

「ところでさぁ、辻姉、もうすぐ卒業でしょ? 地元に帰るの?」

「そのまえに、司法修習を受けないといけないのよ」

「シホウシュウシュウって、何? 新人研修?」

 辻姉は、1年間の実務訓練みたいなものだと言った。

「いつから?」

「12月から」

「そのあと、どうするの? 弁護士になってH島に帰るの?」

 牌をつまんでいた辻姉は、ニヤリと笑った。

「私、検察官志望なのよ」

 えぇ……辻姉が検察官? イヤな予感しかしない。

「検察官になって、どうするの?」

 よくぞ訊いてくれましたとばかりに、辻姉は前髪をかきあげた。

「弟に無断でチョコを贈った女を逮捕するのよ」

 法務省に通報しなきゃ。

「あ、筒井先輩、その東、ロンです」

「はい?」


挿絵(By みてみん)


「ダブ東イッツーの、12000です」

「なんでリーチしないのッ!?」

「東と5萬のシャンポンは、出ないと思いましたので。6萬引きでリーチの予定でした」

 なぜ……そんな……バカな……こんなことが……。

「順子ちゃん、トンだね。私が2位」

「ンー、30000あるのに3位か。釈然としないわね」

「もう1半荘ッ! もう1半荘ッ!」

 私の要求に対して、三和ちゃんは、

「明日は授業があるから、終電までに帰りたいんだけど」

 と言った。ふざけるな。

「もう1回くらいできるでしょッ!」

「ま、いいけどさ、そのまえに、夜食食べたいかな」

 三和っちは、カップラーメンを注文した。お湯を入れて、3分待つ。

「三和っちってさぁ、金持ちなんだから、もっといいもの食べたら?」

「え? なんで? カップラーメンは、美味しいじゃないか」

「どうせ、ドーンと仕送りもらってるんでしょ?」

「そんなことないよ。月100万ぽっち」

 ブルジョワは死ね。今度、マンションを襲撃してやる。

慶長けいちょうの医学部って、私大だと日本一学費が安いんだよ? 知ってた?」

 知らんわ。どうせ数千万で安いとか言ってんでしょ。

「すみません、私も明日は講義があるので、そろそろ始めていただけませんか?」

 傍目ちゃんも、せっかちだねぇ。彼氏できないよ。

「じゃ、トンだ私が仮親ね」


 カラカラカラ カラカラカラ

 

 おっと、起家チーチャか。どれどれ……はあ?

「配牌、よくなった?」

 三和っちは箸を割りながら、そうたずねて来た。

 えーい、こうなったらヤケクソじゃあ。

 

 タン タン タン タン タン

 

「ところで、三和っち、今年の夏は帰るの?」

「帰るよ。日日杯あるし」

 あ、そっか……もう3年経ったのか。私は、高校時代を思い出して、懐かしくなった。紫水館しすいかんのみんな、元気にしてるかな。御城ごじょうとか、どうしてるんだろ。

「ソールズベリーにも、顔出す?」

「出すよ。南海なんかいさんも西野辺にしのべさんも、まだいるから」

 西野辺がいるのか。あのイカリング頭め。出場権持ってやがるのよね。

「私も、帰ろっかな」

 三和っちは、急に手を止めた。私を見つめてくる。

「あれ? 順子ちゃん、招待状もらってないの?」

「招待状? ……なに、それ?」

「私、日日新聞社から、招待されてるんだけど」

「えぇッ!?」

 そんな、三和っちが呼ばれて、筒井さまが呼ばれていないなんて、なにかの間違いだ。

 帰ったら、ポスト確認しとこ。どこかに挟まってるはず。

「私も、修習が始まったら忙しくなるから、今年は帰るわ」

「辻姉、司法試験って、いつあったの?」

「今月の13日から17日にかけてよ」

「え? 司法試験の採点って、そんなに早く終わるの?」

「合格発表は、9月8日」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あの……修習がどうのこうのって話は、いったい……」

 辻姉は、人差し指を立てて、チッチッチッと左右に振ってみせた。

「私が落ちるわけないでしょ。日セン法学部の首席候補なのに」

 なんじゃ、そりゃ。私はツモったあと、無言打ちになった。

 傍目ちゃんは、左手でメガネを直しながら、右手でツモる。

「トップを取ったわりには、手が入らないですね……7萬」

「ポン」

 三和っちは7萬を鳴いて、右端に指を伸ばした。

「1ソウ」

「ルォオオン♡」

 私は、手牌を倒す。


挿絵(By みてみん)


「コ・ク・シ、48000!」

 三和っちは一瞬固まったあと、ガシャリと手牌を崩した。

「順子ちゃん……今夜は、オールでやろうか?」

「ひっひっひ、望むところよ」

「あの……私は授業がありますので、これで……」

「八千代ちゃん、ふたりがヤル気になってるんだから、水を差しちゃだめでしょ」

「えぇ……」

 こうして、関東大会を終えた乙女たちの夜は、更けていくのだった。

 ちゃんちゃん。

麻雀牌の画像は、


http://majandofu.com/mahjong-images


からお借りしました。

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