136手目 たるみ
※ここからは、福留さん視点です。
今日は『9月のトラ』の発売日。
さっそくコンビニで買って来ちゃった。部室で読もっと。
「ちゃっすッ!」
……………………
……………………
…………………
………………あれ? だれもいない?
そういえば、先輩たちは出払ってるんだったかな。
むしろ好都合。じゃけん、ゆっくりと読みましょうね〜。
あたしは鞄を置き、椅子に座ってページをひらいた。1コマずつ堪能する。
ふむふむ、今回は過去話か。主人公は中学生のとき――
ガラララ
「ちょっと、あなたたちッ! 最近たるんでるわよッ!」
いきなりドアが開いた。裏見先輩の一喝。
あたしは漫画から顔をあげた。
「裏見先輩、なにか用ですか?」
「たるんでるって言ってるでしょ」
「お腹が? ……あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!」
痛い痛い痛いッ! 頭ぐりぐりされてるッ!
「ギブアップ! ギブアーップ!」
あたしは首を羽交い締めにされた。
「だれのお腹がたるんどるっちゅーねん」
「いたたた……裏見先輩、急にどうしたんですか?」
「県大会が近いのに、部の空気が弛緩しすぎでしょ。練習は?」
「レギュラーじゃないので……あ"ぁ"あ"あ"あ"ッ! ギブアーップ! 練習しますッ!」
「分かればよろしい」
ようやく解放された。あたしは頭をおさえる。
「いたたた……パワハラですよ」
「漫画は1、2局指したあと、休憩のときだけって約束でしょ」
「今日は『9月のトラ』の発売日なんですよ。これも将棋です」
「そういう屁理屈を言わない。それに、そこのジュース」
先輩は、テーブルのうえのペットボトルをゆびさした。
「こぼれるといけないから、キャップは必ず閉める」
「は、はい」
キャップを閉め閉め。
なんであたしがひとりのときに来るかなぁ。困った。
「ところで、ほかのメンバーは?」
裏見先輩は、部室をきょろきょろと見回した。
「飛瀬主将と来島部長は、連盟のミーティングです。葉山先輩は、新聞部の締め切りがあるとかで、今日は来ません。草薙さんは来島部長が休みの日は休みです」
「赤井さんと馬下さんは?」
「ふたりなら、そのうち……あ、来た」
廊下で足音が。でも、ひとりぶんだね。これは、よもぎちゃんかな。
案の定、よもぎちゃんが顔をのぞかせた。
「なにやら、獣の咆哮が聞こえましたが」
あたしの声なんだけど……よもぎちゃん、ひどいなぁ。
「あ、裏見先輩もいらっしゃいましたか。こんにちは」
「こんにちは」
よもぎちゃんも、裏見先輩がいることを変に思ったらしい。
普段は受験勉強で顔を出さないもんね。
「裏見先輩、なにかご用でしょうか?」
「びしっと喝を入れに来たのよ」
それがよく分かんないんだよねぇ。なんで唐突にそういうイベントが発生するかな。
なにかの八つ当たりな気がする。
とはいえ、訊くわけにもいかないしなぁ。てきとうにお帰りいただこう。
「裏見先輩、お茶飲みませんか? 急須買ったんですよ」
「お茶じゃ喝は入れられないでしょ。将棋よ、将棋」
えぇ、将棋するの?
いや、いいんだけど、裏見先輩あいてじゃ勝てないしなぁ。
「もみじちゃんが来るまで待ちませんか?」
「ダーメ。来る保証あるの?」
ないから提案したんだけどなぁ。ちぇッ。
しょうがないので、着席。駒をならべる。
「もしかして、2面指しです?」
「そうよ」
くッ、舐められてる。けど、しょうがない。
あたしは振り駒をした――歩が3枚で先手か。あたしは駒をもどす。
「1手30秒ね。よろしく」
「よろしくお願いします」
あたしとよもぎちゃんは先輩に一礼して、対局開始。7六歩、と。
3四歩、6六歩、3三角。
相振りだ。向かい飛車っぽい。
こっちも向かい飛車を目指そう。
「6八銀です」
2二飛、6七銀、4二銀、7七角、6二玉、8八飛。
まずは飛車を振る。裏見先輩の指し手も早い。
7二銀、3六歩、7一玉、2八銀、5二金左、3七銀。
「5四歩」
裏見先輩は、パシリと5筋の歩を突いた。
どうしよっかな。全体の方針がまとまらない。
後手が王様を入らない理由……いや、あとで入るだけか。
「8六歩」
とりあえず、ここでしょ。飛車先を伸ばさないと。
5三銀、8五歩、8二玉。
あたしは29秒ぎりぎりまで考えて、8四歩と仕掛けた。
同歩、同飛、8三歩、8六飛、6四歩。
ふむ……収まったね。こっちは囲うしかない。
4八玉〜3八玉〜2八玉と入って矢倉かな。
飛車先を切ったから、そんなに悪くはない気がする。
「4八玉」
「普通に囲うわけか。それなら、こうね」
裏見先輩は6三金とあがった。
あっちも囲うつもりだ。
3八玉、7四歩、5八金左、5五歩、4六歩、5四銀。
あれ? 盛り上がられちゃった?
4七金、4四歩、2八玉、2四角、3八金、3三桂、5八銀、5二飛。
うわぁ……一気に攻め込まれそう。
でも、まだ慌てるような時間じゃない。
4五歩と突かれても、同歩、同銀、4六歩、5六歩のところで、4五歩と欲張らずに5六歩と取り返せば大丈夫。4五歩で銀を取るのは、同桂、4六銀、5七歩成、同銀引、同桂成、同銀、同角成、同金、同飛成と殺到されてオワコン。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「1六歩」
端を受けておく。29秒でここまで判断できるようになったあたし、えらい。
「1四歩」
突き返された。あたしは迷って9六歩。
「9四歩」
あう……また突き返された。どうしよう。
先手から攻める手があるわけでもない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
引いてみた。こんどは後手に手がないはず。
裏見先輩は、あたしの着手をちらりとみて、
「あ、ふーん」
とつぶやき、少しばかり考え込んだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
裏見先輩は、ギリギリで4五歩と突いた。開戦。
取るしかないよね。取って同銀は受け止めきれるから、同桂――ん? 8八飛と引いたせいで、5六歩、同歩、7九角成が飛車あたりか。
しまった。このデメリットを考えてなかった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同歩ッ!」
取らない手はないから、取る。
裏見先輩はノータイムで5六歩と繋いだ。
これが取れない……同金もないし……角筋を止める? 3五歩?
3五歩、同角なら4六銀と当てて受けれる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3五歩」
「なるほど、いい手ね」
やったぜ。褒められた。
「4五桂」
ぐぅ、これも厳しい。3四歩の当たりを緩和しながらの攻め。
5六歩が第一感? 4六銀も4六歩もありそう。4六銀は5七歩成、同銀引、同桂成、同銀……あ、待ってよ。そこで4六歩が痛い?
(※図は福留さんの脳内イメージです。)
取れない予感。同銀も同金も4五銀と出られて、飛車成りを阻止できない。
ってことはやっぱり5六歩……は3七桂成、同桂、3五角とか?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4六歩ッ! 4六歩ッ!」
4六が急所っぽいから先に受ける。
「福留さん、落ち着いて……5七歩成」
同銀、同桂成、同金、3五歩。
4六歩が好判断だった?
なんか収まったくさい。5六歩と手堅く止めるか、6五歩で角成りを狙うか。
6五歩、同歩は1一角成だけど、同銀だとできないよね。5七飛成がある。
ってことは、6五歩、同銀、5六歩、同銀、同金、同飛、1一角成?
飛車は成られるけど、馬ができたからイケる? イケちゃう?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6五歩」
同銀、5六歩、同銀、同金、同飛、1一角成。
裏見先輩相手に、いい勝負かも。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5九飛成」
裏見先輩は飛車を成った。ここまでは予定どおり。
なんだけど、この先がイマイチ分からない。局面が漠然として混乱する。
一回受けたほうがいいような……4七歩があるよね、このままだと。4七歩、同金は3六銀から圧殺されそう。かと言って、放置は4八銀と放り込まれて崩壊しそう。
「4八銀……打」
駒を投入――6九龍、4四馬、3六歩。
そっか……3六銀を予想してたんだけど……同銀、4六角?
でも、3七歩で封鎖できるよね。歩越し銀のかたちが良くないってことかな。
まあ、取らない手はないから、取る。
「同銀」
裏見先輩は4六の歩を払って、角を進めた。王手だ。
あたしは3七歩と止める。裏見先輩は、持ち駒の銀を手にした。
パシリ
あ、ひっかけてきた。




