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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
幕間 金子さやかの俳句コーナー(2015年5月18日月曜)
132/686

120手目 切れ字のひみつ

 ここは藤花(ふじはな)女学園。自称、乙女の園。

 そこに咲く一輪の可憐な花……林家(はやしや)笑魅(えみ)でがんす。

 今回の団体戦は、ほんとしょうもない負け方でしたね。全勝賞も取れなかったし。

 こういうときは、落ち研の部室でふて寝するに限ります。ああ、極楽、極楽。

 私が所属している落ち研は、座敷をあてがわれてて、居心地がいい。セーラー服のまま畳に寝そべって、週刊将棋を読む。2015年5月18日号のトップ記事は……羽生(はぶ)さんの竜王戦1組連覇ですか。来週号は名人戦かな。2面は……。


 ドンドンドン

 

 ん? だれでがんすか?

 

 ドンドンドン

 

「どこのどいつですか?」

伊織(いおり)だよ、開けてくれ」

「ほんとに伊織ちゃん?」

「ほんとに伊織だよ」

「じゃあ、問題。もらっておいしいのは、カツオのたたき、マズいのは?」

「歩のたたき!」

 わーい、伊織ちゃんだ。私は、部室のドアを開けた。

 部室に入った伊織ちゃんは、なかを見回して、ぽりぽりと頭をかいた。

「なんだ、笑魅しかいないのか?」

 私は早引きして、部室で寝てましたからね。

 伊織ちゃんは靴を脱いで、たたみのうえにあがる。

 週刊将棋を拾いあげて、詰め将棋ロータリーを解き始めた。

「ねぇねぇ、伊織ちゃん」

「んー、3問目がむずかしいな。ああして、こうして……」

「ねぇねぇ、伊織ちゃんってば!」

「なんだよ、うるせぇな」

「オーストラリアでは、なんで夏にサンタクロースが来るんですか?」

「そりゃあれだよ。冬だけだと、半年無職になっちゃうだろ」

 こいつ、絶対スポーツ推薦枠だろ。知識が小学生レベル。

 私が呆れていると、部屋のドアが開いた。

 ポーン先輩、金子(かねこ)先輩、それに琴音(ことね)ちゃんが入室。

 全員、将棋部のメンバーなんですよね。部室の間借り。将棋部だっていい部屋持ってるんだから、そっちを使えばいいと思うんですが、気分の問題とか。つまり、今日はこれから、和風なことがおこなわれるんですね、多分。大喜利大会だといいなあ。

「お邪魔するね」

 金子先輩は座敷にあがると、私たちを順番に数えた。

「1、2、3、4、5……ちょうどいいかな」

 なんかイヤな予感。人数をかぞえてるときって、碌なことがない。

「今日は、なにをするんでがすか?」

 金子先輩は、一冊のノートを取り出した。薄い本かな?

「文芸部で俳句を募集してるんだけど、今回は集まりが悪いんだよね」

 なるほど……なんとなく分かった。

「オレたちが読むんですか?」

高崎(たかさき)さん、正解。将棋部のメンバーで応募して欲しいかな、って」

 めんどくさいなあ……でも、琴音ちゃんは「面白そうですね」と言った。

 琴音ちゃんがオッケーすると、困る。1年生のリーダー格だし。

「オレもいいですよ」

「じゃあ、林家さんもオッケーだね?」

「ぐぅ」

 というわけで、なんだかよく分からないけど、俳句を詠むことになった。

 金子先輩は壁のホワイトボードに、当季(とうき)雑詠(ざつえい)と書いた。

「当季雑詠っていうのはね、特定の季語や言葉をあらかじめ決めないルールだよ。今は5月だから、5月にふさわしい俳句なら、あとは自由。但し、自由律俳句は禁止。季題を抜くのも禁止。原則的に575だけど、多少の字余り字足らずは許容するから」

 うーん、よく分からん。とりあえず、5月っぽい575ならいいんでがすかね。

「Hmm……おっしゃっていることが、さっぱり分かりませんわ……」

「そっか、エリーちゃんにはむずかしいかな。とりあえず、5文字7文字5文字で、季節感のある詩を作ってくれればいいんだけど。1文字くらいは多くてもいいよ」

「5文字7文字5文字の詩ですわね」

 というわけで、全員に短冊が渡されて、頭をひねる。どうしよっかなあ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「みんな、できたかな?」

 できたような、できなかったような。

 大喜利とはちがったむずかしさがありますね。

「じゃあ、部長の私からいくね」


 くちぶえを 吹く少年や 忍冬(すいかずら)

 

「どうかな?」

 全員沈黙。いきなり飛ばし過ぎだろ。

「どうって言われても……オレ、こういうのよく分かんないんですよね」

 伊織ちゃんは正直。

「じゃあ、とりあえず順番に読み上げようか。高崎さんは?」

「オレのは、これです!」


 五月病 スポーツすれば 大丈夫

 

「どうですか?」

 それは俳句じゃなくて、標語なんだよなあ。

「う、うーん、高崎さんらしいかな」

 と部長。伊織ちゃんは、鼻のしたをこすってニンマリ。

「でしょ? オレもそう思うんですよね」

春日川(かすがかわ)さんは?」

「私は、こういうものを詠んでみました」

 琴音ちゃんはそう言って、短冊を私たちにみせた。

 目がみえないからしょうがないんですが、琴音ちゃんの字って読みにくいんですよね。

 どれどれ。

 

 (かぜ)(かお)り 松の()を聞く 山辺かな

 

「なかなか、いいね。松は季語じゃないから、季重(きがさ)ねもしてないし」

 いやあ、これは琴音ちゃんらしい作品ですね。

 つき合いが長いから分かりますが、琴音ちゃんは嗅覚や聴覚のほうが鋭敏。

 季節の移り変わりだって、鼻や耳で判断してるのかも。

 なんか考えさせられるなあ。私たちは普通、目で判断しますからね。

「エリーちゃんは?」

「わたくし、こんなのができましたわ」


 5がつだし ワーオってかんじで はつこいだ

 

 なんだこのセンス!?

「な、なんだかすごいね……相手は佐伯(さえき)くんかな?」

 ポーン主将、頬を染める。

「そのとおりですわ。そろそろアピールしたい頃ですのよ」

「そ、そっか……がんばってね……林家さんは?」

「こんなんできましたけど」

 

 縁側(えんがわ)に 乙女(おとめ)もねむる 皐月(さつき)かな

 

「あ、なんか林家さんっぽくない」

 は?

「言葉のあそびで、林家笑魅を舐めちゃダメですよ」

「ごめんごめん。でも、なんで縁側なの? ちょっとレトロな感じだけど?」

「縁側に美女がごろりとして、なんかエロチックじゃないですか」

 もちろん、美女ってのは私のことでがんすよ。

「ちょっと狙い過ぎじゃない? 女子高生っぽく、『放課後に』とか」

「ああ、それもありですね。制服姿の女子高生が、教室で寝てる、と」

「授業中でもいいなら、『教室に』もありかな」

 こうやっていろいろ推敲すると、興味深い発見がありますね。

「もし全面改訂してもいいなら、こういうパターンも考えられるよね」

 金子先輩は、新しい短冊に、すらすらと文字を書いた。


 薫風(くんぷう)や 机にねむる 女学生

 

 へぇ、これまたレトロな感じがたまりませんな。

 ここで、伊織ちゃんが挙手。

「ひとつ質問しても、いいですか?」

「なにかな?」

「金子先輩とかのは、なんかすごく俳句っぽいですけど、コツとかあります?」

 金子先輩は、そうだね、と答えて、ホワイトボードに【切れ字】と書いた。

「俳句はね、原則的に切れてないといけないんだよ」

「怒りの感情が大事ってことですか?」

「き、キレてるわけじゃないよ……切れ字っていうのは、俳句のなかにワンクッション、ひと呼吸おくための文字のこと。切れ字を使うことで、だらだらとした俳句が、一気に引き締まるんだから」

「うーん、よく分かんないです。例をあげてください」

 金子先輩は、私の俳句を例にとった。

「単純に景色だけ描写するなら、こうだよね」


 五月の日に、乙女が縁側でねている

 

「これが散文調ね。で、575になおすよ」


 縁側に 乙女がねてる 五月の日


「で、いろいろと細かいところをなおして……」


 縁側に 乙女もねむる 皐月の日


「さて、これ自体でもう俳句っぽいんだけど、林家さんの作品と比べてみるね」


 縁側に 乙女もねむる 皐月の日

 縁側に 乙女もねむる 皐月かな

 

「どこが違うかな?」

「最後の2文字ですね」

「そう。うえの句は切れてなくて、したの句は切れてるの。分かる?」

 分かんないですと、伊織ちゃんは正直に答えた。

「単純に言うとね、うえの句は、だらっと終わってるんだよ。『皐月の日』だけだと、その先があるように感じちゃうから。それに対して、したの句は『かな』を入れることで、俳句がはっきり終わってると分かるの」

「なんとなくですけど、文章に丸を打つのと似てます?」

 金子先輩は、いい喩えだね、と言った。

「そういうのって、どうすれば判断できるんですか?」

「切れ字を置けばいいの。現代で有名な切れ字は、3種類。『や』『けり』『かな』。このうちのどれかひとつを使えば、簡単に俳句っぽくなるから」

 伊織ちゃんは、ほかのメンバーの作品をながめた。

「ん、そっか、金子先輩のも琴音のも笑魅のも、全部切れ字が入ってるんですね」


 くちぶえを 吹く少年【や】 忍冬(すいかずら)

 風薫り 松の()を聞く 山辺【かな】

 縁側に 乙女もねむる 皐月【かな】

 

「そういうことだね」

「じゃあ、オレのもちょちょいと手直しして……ここを3文字に……」


 五月病 そんなの知らない バスケかな

 

「これで、いいですかね」

中七(なかしち)が、ちょっとくだけ過ぎだけど、だいぶ俳句っぽくなったね。もうひとつ気になるのは、花鳥諷詠になってない、主観詩だってことかな」

 いやあ、これはこれで伊織ちゃんらしいんじゃないでしょうか。

 金子先輩は、全員の短冊をあつめる。

「それじゃあ、これは文芸部であずかるね。お礼に、チョコレートあげる」

 金子先輩は、ツクシの里をくれた。これ、おいしいんですよね。

 私たちは、さっそくみんなで分けた。

「中学の連中は、呼ばなかったんですか?」

 と伊織ちゃん。

内木(うちき)さんは、なんかぴりぴりしてたから、声をかけにくかったんだよね」

「ああ、そう言えば、テレビに出るんでしたっけ」

 あ、私も耳にしましたね。21日の夜だったかな。

 こっそり夜更かしして、チャンネル回しましょうねえ。

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