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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第9局 恋愛にまつわる7つの対話(2015年5月11日月曜〜16日土曜)
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99手目 恋愛にまつわる7つの対話(裏見香子の場合)

※ここからは、香子ちゃん視点です。

 カリカリ……

 

 教室内に、鉛筆の音だけが木霊する。

 

 カリカリ……

 

 あともう少し。

「はい、そこまで」

 私はため息をついて、鉛筆をおいた。

「じゃあ、うしろから回収して」

 担任の指示に合わせて、うしろから答案用紙が回ってきた。

 私は自分の分を付け加えて、まえに送る。

 んー、最後の問題、もうちょっとだったんだけど。

「よし、休憩。再開は1時からだ。間違えるなよ」

 椅子を引く音。私は答えが合っていたかどうか、となりの子に質問した。

「ごめん、あたし、そこまでいってない」

 だぁ、これじゃダメだ。だれか、数学の得意なひとに……ん?

 肩を叩かれた。振り返ると、松平(まつだいら)が立っていた。

裏見(うらみ)、最後の問題、解けたか?」

「あとすこしだったんだけど、途中解答になっちゃった」

「そっか……2√2だと思うんだが……」

 松平は一応、解けたのか。私は、問題を思い出してみた。

「……あ、そんな数字になりそうな感じだったわ」

「お、マジか? 合ってるかもしれないな」

 松平、意外(?)に数学が得意なのよね。私も得意科目。

 将棋指しは算数とか数学が得意なひとが多いって聞くけど、どうなのかしら。

 羽生(はぶ)名人も、学生時代の得意科目は、数学だと答えていた。

 

 ともあれ、私たちはお昼ご飯にする。食堂へ移動した。

 腹が減ってはいくさができぬ、ってね。

 3年生は模試で早く終わったから、ずいぶんと空いていた。

 私は駒桜(こまざくら)ランチを、松平はキツネうどんを注文した。

 なんか、私のほうが大食いみたいで、ヤな感じ。

「裏見は、前回の模試の判定、どうだった?」

「オールA」

「マジか……俺は第一志望がBだった」

 べつに、凄くはないんだけどね。もともと高望みしていないから。

 帝大や古都大を受ける予定もない。安全圏のところばかり。

「松平も、関東にするの?」

「そこは、悩んでるんだよなあ。就職は関西でしたい」

「じゃあ、関西の大学に行ったほうがよくない?」

 大学のネームバリューって、関西と関東で、結構違うと聞く。

「だって、裏見が関東に行くって言うから……」

 私のせいかいッ!

「ストーカーみたいなこと、言わないでよ」

「遠距離恋愛はイヤだッ!」

 付き合ってもないがな。いい加減にしてください。

「裏見、俺のどこがダメなんだ? 教えてくれたら矯正するぞ」

「まず、がっついてるところがダメ」

「……はい」

 まったく、そこでしょげかえるなら、もうちょっと考えて行動しなさいよ。

「どうして私に対してだけ、態度が変になるわけ?」

「え……そんなつもりはないんだが……」

 自覚なしかい。他の女子の評判だと、松平は「クールなイケメン」らしい。

 どこがよ? ちゃらんぽらんじゃない。小学生がそのまま高校生になったレベル……と思いきや、たしかに行動を観察していると、女子とはあまりしゃべらないし、男子とつるむときも、おかしなことは言っていない。要するに、私限定で変なのだ。

「普段通りにしていればいいのよ、普段通りに」

「裏見、おまえ、俺のこと観察してるのか?」

「……」

 私がムスッとすると、さすがに松平も空気を読んだらしい。話題を変えた。

「ところで、団体戦、優勝の芽があるんじゃないか?」

「そうね……思ったよりは、健闘してる感じ」

 普通に藤女(ふじじょ)がダントツだと思ってたら、いい意味で肩透かし。まず、藤女が初戦で清心(せいしん)を引いたこと。あれが大きかった。対策不能だもの。次に、来島(くるしま)さんの勝利。馬下(こまさげ)さんが負けたときは、さすがにチームも負けたと思っていた。信頼重要。

「団体戦で優勝したら、県大会も出るのか?」

「んー、出たいのはやまやまだけど、夏休みなのよねぇ……」

 さすがに受験勉強が優先だ。オールA判定でも、それは変わらない。

「じゃあ、囃子原(はやしばら)グループ主催のイベントも出ないのか?」

「え? なにそれ?」

 松平は、ジャビスコ将棋祭りの閉会式を思い出させてくれた。

「ああ……そんなこと言ってたわね……ほんとにあるの?」

「工事が遅れてるって話は、聞いてないからな」

 でもねぇ……8月どころか、秋になりそうな話だった。ますますムリ。

 そう告げた私に対して、松平は「いや、そんなことはない」と言った。

「囃子原グループ主催だぞ? 将来、就職に有利かもしれない」

 ん……なるほど、全国に傘下の企業を持つ囃子原グループなら、ありうる。

「そうね……コネ作りは重要かも。松平、かしこいわね」

「だろ?」

 ただ、私が誘われるかどうかは、全然分からない。そんな通知、受け取ってないもの。

 それに、将棋イベントというだけで、どんな内容かは分からないのだ。ジャビスコみたいにガチな将棋大会なのか、もっとお祭り的なものなのかも、さっぱり。

「ま、とりあえず目の前の団体戦を頑張りましょう」

「そうだな……」

 松平は水を飲んで、すこしため息をついた。

「どうしたの? 悩み事?」

「いや……悩み事ってわけじゃないんだが……」

 松平はそう言って、箕辺(みのべ)くんのことを持ち出した。

「あいつ、最近元気がないんだよなあ」

 食事や遊びに誘っても、おざなりらしい。んー、指摘されてみると、そうかも。

 運営に、なにか問題があったとか……でも、心当たりがないわね。このまえ、葛城(かつらぎ)くんが泣いてさわぎになったけど、あれはチームが負けたからだろうし、関係ないと思う。

「まあ、あいつの悪いうわさは訊かないから、五月病かもな」

「そうね。小テストに名前を書き忘れたとか、そんなことでしょ」

「それはさすがにネタとして小さ過ぎ……あッ」

 松平は、いきなり固まった。

「どうしたの?」

「数学の答案、名前書き忘れた……」

 あのさぁ……オチがついたところで、通常のチャイムが鳴った。

 2年生以下も、ぞろぞろと食堂に入って来る。

 松平は、あとで職員室に行くと言って、しょんぼり箸を運んだ。

 さてと、そろそろ教室にもどって準備……。

「裏見先輩、松平先輩……」「うわぁッ!?」

 びっくりして振り返ると、飛瀬さんが立っていた。

「ど、どうしたの?」

「オーダーで、ひとつ相談が……」

「オーダーなら、部長の来島さんと相談してちょうだい」

遊子(ゆうこ)ちゃん……今週部室に来てないんですよね……」

 え? マジで? 部長なのに、けしからん。運動部なら、怒られるところだ。

「というわけで、先輩方の協力をあおぎたいと思います……」

 飛瀬さんは許可も取らず、私のとなりに座った。そして、ノートをひらいた。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 ふむ……こんな感じだったわね。

「まず、両者フルオーダーの場合は……」


 福留vs林家 裏見vs高崎 飛瀬vs春日川 馬下vsポーン 来島vs鞘谷

 

「こうです……勝敗の予想は、●???●……」

 2敗3ガチか……って、ちょっと待ちなさいよ。

「私のところは、ハテナなの?」

「さすがに受験勉強中なので……」

 んー、納得がいかないわね。3連勝ですよ、3連勝。相手が微妙なのは認めるけど。

 松平もむずかしい顔をして、ノートをみた。

「部室は最近ご無沙汰だから、なんとも言えないが……これでもよくないか?」

「重要な局面だと思うんですが……そこを2敗3ガチですか……?」

「だって、どうズラすんだ? 1番席を裏見とか?」

 飛瀬さんは、ページを一枚めくった。

「そういうこともあろうかと……一応考えておきました……」


 裏見vs林家 飛瀬vs高崎 葉山vs春日川 馬下vsポーン 来島vs鞘谷

 

 松平は、やっぱりな、という顔をした。

「これでも??●?●だろ。負け確の位置が変わってるだけだ」

 なるほど、それっぽいわね。ひとつだけ気になることと言えば……。

「来島さんのところは、もうちょっとポジティブにみてもいいんじゃない?」

 葛城くんに勝ったんだから、サーヤには、なおさら勝てそう。

「このまえのは、葛城くんの頓死に見えたんですが……」

 頓死だろうがなんだろうか、勝てばいいのよ、勝てば。そもそも、相手に頓死させることができたら、そこまで差はないと考えていい。飛瀬さんの伸び代も凄かったけど、来島さんのそれもなかなかだ。だれに教わったのか、謎が多い。

 松平はフームと息をついて、大きく背伸びをした。

「こういう場合は、個々人のモチベーションの問題だ。だれがどいつと当たりたいか、それを訊いてまわったほうがいいぜ。とりあえず、裏見はどうなんだ?」

「そうね……」

 私はじっくりと、オーダー表を見比べた。

林家(はやしや)さん、高崎(たかさき)さん、春日川(かすがかわ)さんって、実力的には、どういう順番なの?」

「春日川さん、林家さん、高崎さんの順だと思います……」

「それは、だれの評価? 飛瀬さん自身?」

捨神(すてがみ)くんの評価です……」

 そっか、じゃあ間違いないわね。

「つまり、私が1年生の2番手に当たるか、3番手に当たるかの問題ね」

 逆に言えば、飛瀬さんを1番手に当てるか、3番手に当てるかの問題でもある。

「飛瀬さんからすれば、春日川さんよりも高崎さんのほうが、やりやすいでしょ?」

「裏見先輩の勝率を下げて、私の勝率を上げるなら、たしかに……」

 こらこら、私の勝率を下げてもらっちゃ困ります。

「べつに、私は構わないわよ。下級生に負担をかけるつもりはないわ」

 強気に言った途端、松平が割り込んできた。

「待て待て、裏見は初見(しょけん)に弱いから、くせのある林家はやめたほうがいいぞ」

「え? どういうタイプ?」

「なんでも穴熊にしてくる居飛車党だ」

 なるほど、矢倉→穴熊、角換わり→穴熊、対振り→穴熊か。

「それなら大丈夫よ。横歩にならないんでしょ?」

「ただ……私が春日川さんに勝てるかというと、微妙なわけで……」

 飛瀬さんは、自信なしか。謙虚でもあるし、弱気でもある。こういう団体戦では、「私に任せてください!」くらいの気迫が欲しい。実際に当てるかどうかは、ともかく。

「4、5番席は馬下(こまさげ)さんと来島さんのペアでずらせないし、これにしない?」

 飛瀬さんは、こくりとうなずいた。

「そうですね……ご相談、ありがとうございました……」

 飛瀬さんは時計を確認した。そして、席を立った。

「もう1時を過ぎてるんで……失礼します……」

 そうそう、お昼ご飯でも食べてくださいな。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? 1時過ぎ?

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