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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第9局 恋愛にまつわる7つの対話(2015年5月11日月曜〜16日土曜)
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98手目 恋愛にまつわる7つの対話(正力安奈の場合)

※ここからは、正力さん視点です。

 こんにちは。私の名前は正力(しょうりき)安奈(あんな)。16歳の高校一年生よ。よろしく。

 みんなは、楽しい学校生活を送っているかしら? 青春は一度きりしかないけど、あんまりハメを外さないようにしなくっちゃね。特に、思春期のお年頃は、道を踏み外しやすいから、ご用心。私は、七日市(なのかいち)の風紀委員なんて渾名がついてるけど、べつにとやかく言うつもりはないの。人間だれでも、恋のひとつやふたつ、するものだから。私だって、幼馴染の並木(なみき)くんに……ううん、これ以上は、秘密。ただ、恋をするにあたっては、身だしなみとか、いろいろ気を遣わなきゃいけないでしょ。お肌のお手入れも、そう。

「というわけで、今日はスキンケアの話をしたいんだけど、どうかしら?」

 あら、(かえで)さん、なにかご不満でも。

「単刀直入に『足がくさいから悩んでる』って言えよなぁ」

「……なんのことかしら?」

「H島県の将棋関係者は、全員知ってます! いまさら隠さなくてもいいですよ!」

 青來(せいら)さんは、あいかわらず声が大きいのね。ここは喫茶店。

 口を縫うわよ。

「ハッ! 殺気を感じます!」

「もうちょっと、言い方はないの? 匂いのケアとか」

「言い方を変えたら解決するって問題じゃねぇだろ」

 それも、そうなのよね。困ったわ。

「とりあえず、ブーツを履くのやめたらどうなんだ?」

 楓さんは、私の黒い革ブーツを小突いた。

「これは私のトレードマークよ」

「ブーツで()らしてたら、本末転倒だろうが。シューズにしろ、シューズに」

「……サイドが低いと、匂いが漏れるのよ」

 言わせないでちょうだい。

「蒸れる→臭う→ブーツで締め付ける→蒸れる→臭う! まさに悪循環ですね!」

「汗かき体質だから、しょうがないわよね」

 黒い革手袋をしているのだって、手汗が凄いせい。

 小学生の頃、並木くんと手を繋いで歩いたとき、べとべとになったのがトラウマ。

 今では、ファッションでもあるけど。

「つーか、多汗症ってメンタルの問題じゃないのか?」

 楓さんは、ポケットからスティック付きの飴玉を取り出して、口にくわえた。

「そうとも限らないわ。いろいろあるのよ」

 ホルモンバランスとか、生活習慣とか。

「ただ、並木くんのまえでは、ちょっとひどくなる気がするわね」

「やっぱりメンタルじゃないですか!」

 ドキドキするのがよくないのかしら? でも、ドキドキしちゃう。

 楓さんは、大きくため息をついた。

「並木のどこがいいんだ? マジで平凡凡々だろ」

「顔はそこそこですけどね! キャラが薄いんですよ! キャラが!」

「青來さんが濃過ぎるのよ」

「どこが濃いんですか! 私は普通の女子高生です!」

 将棋が強い時点で、普通の女子高生じゃないでしょ。まったく。

 まあ、それを言い出したら、この場に普通の女子高生はいないわけだけど。

「並木くんのよさが分からないとか、あなたたちも見る目がないわね」

 並木くんは、ほんとに優しくて、ほんとにマジメなひと。

 私の理想の男性。ちょっとおっちょこちょいで、ひ弱なところもある。でも、それをマイナス要素に数え入れるのは、ジェンダーの偏見よ。私が補ってあげるわ。

「いや、べつに悪くは言わないけどな……で、話をどこに持って行きたいんだ?」

 そうね……どうしましょうかしら。私は悩んだ。

「例えば、の話なんだけど」

「あたしと青來のまえで、いちいち遠慮しなくていいぞ」

 言っちゃっていいのかしら。すこし、はばかられる。

「例えば……並木くんが匂いフェチってことはないかしら?」

 私の意見に、ふたりはぽかんとなった。

「可能性はゼロじゃないと思うんだけど?」

 体臭に嫌悪感がないなら、問題は解決。

「宇宙人がいる可能性も、ゼロじゃないよなぁ?」

「私が羽生(はぶ)名人に勝つ可能性も、ゼロじゃないですよ!」

 それはゼロだと思う。

「足フェチは聞いたことあるけど、足の(にお)いフェチはないだろ」

「そう言い切れる?」

「じゃあ、今度並木に会ったとき、ブーツ脱いで鼻面に突きつけてみろよ」

 イヤな顔された瞬間、死ななきゃいけなくなるじゃない……。

 そもそも、好きな男の子の顔面に足を突き出すとか、破廉恥過ぎるでしょう。

 どこからそういう発想が出てくるのかしら。

「んで、安奈はどういう対策してるわけ?」

「まず、ソックスは一日2回変えるようにしているわ」

「ま、マジか……大変だな……」

「それから、お風呂では除菌石鹸で足を洗うのよ。指のあいだも、きちんとね。爪は毎日お手入れしてるし、水虫対策もばっちり。それから、踵なんかのピーリングをして、重曹浴もして……」

 いろいろやってるわけよ。完璧ね。

「それでくさいって、どういうことなんですか!?」

 私が教えて欲しいわよ。

「遺伝じゃないのか?」

「パパとママは、べつにそんなことないわよ」

「んー、じゃあ、やっぱりメンタルか? 安奈は、神経質過ぎるんだよ」

 そんなことはない。私がそう言うと、楓さんは反論してきた。

「いーや、絶対神経質だ。もうちょっとおおらかに生きろよ。酒を飲むとか、煙草を吸うとか、試してみればいいだろ」

「あのね……それは法律違反でしょ」

 飲酒喫煙してる高校生のほうが、よっぽど少ない。

 ただでさえ、若者のアルコール離れ、煙草離れが進んでいるのに。

「ストレス発散しましょう! スポーツとか、しないんですか!?」

「水泳なら、毎月してるわよ」

 足も洗えて一石二鳥よね。え? 違う?

「水泳やってんのか」

「えぇ、子供のころから……楓さんと青來さんは、なにかやってないの?」

「あたしはべつに」

「私はテニスしてます!」

 うるさそうなテニスね。炎の妖精みたい。

「とにかく、打つ手は打ってあるんだから、諦めろ、な?」

 楓さんは、他人事だと思っているのか、話を切り上げようとした。

「まだ打つ手はあります!」

 なにかしら。私は期待して尋ねた。

「ギャップ萌えですよ! 足がくさい美女! これで……むごぉ!」

 私は青來さんに猿ぐつわを噛ませて、観葉植物のうしろに押し込んだ。

「さてと……ところで、駒桜(こまざくら)は、団体戦の最中?」

「明日が二日目だな。七日市もか?」

「七日市市は、明日が初日よ。まだ始まっていないわ」

 団体戦の結果は、H県全体で有効。でも、いつやるかは自由。各ブロックの代表が県大会に出場するから、その県大会の締め切りまえに終わればOK。今年度で言えば、7月6日まで。だけど普通は、5月に終えちゃうのよね。7月に団体戦なんて、学業に支障が出る。こういう分野は、だいたい慣行。日曜日に開催するって決まりもない。

「どうせ七日市高校だろ?」

「勝負は水物……でも、自信はあるわ」

「いいよなあ、うちは個人戦以外さっぱりだぜ」

「楓さんは、個人戦のほうが好きなんじゃないの? まえ、そう言ってたわよね」

「今は師匠と一緒だからな。すこしは恩返ししたいぜ」

 あら、めずらしい発言ね。

 楓さんには、義理も人情もないと思っていたのに。すこし見直さないといけないわ。

天堂(てんどう)は、どんな感じ?」

「全敗」

 だけど2−3なんだ、と楓さんは付け加えた。

 要するに、捨神(すてがみ)先輩と楓さんが全勝ってことね。

「このまえのジャビスコは、チェスクロもらえたし、またああいうイベントないのかね」

「イベントなら、今年は日日(にちにち)杯女王戦があるでしょ」

「あれは『県代表限定』だろう。あたしは出られないよ」

 楓さんはそう言って、悔しそうな表情を浮かべた。彼女の最高成績は、県大会準優勝。ギリギリ届かないのよね。

 ただ、出場権がなくても楽しみにしてる子、結構いると思う。

 私はそのひとり。中四国地方最大の将棋イベントだもの。

素子(もとこ)さんの応援くらい、行ったほうがよくない?」

「なんであいつの応援しなきゃいけないんだよ……まあ、観には行くけどな」

 ツンデレね。

「だれが優勝すると思う?」

 私は質問に対して、楓さんは真剣に悩み始めた。

「んー……認めたくないけど、素子な気がするな」

「そうかしら。他県にも、かなり強いのがいると思うのだけれど」

「そりゃいるけどさ……実力が分かんないだろ?」

 そうなのよね……他県の強豪とは、実際に指す機会が少ない。県代表にもならないで、そういうシチュエーションが現れることは、滅多にないから。私が他県の県代表と指した機会は、ゼロ。残念ながら、市代表止まりじゃお呼びが掛からないのよ。

「楓さんは、他県の県代表と、指したことある?」

「あるね」

「だれと?」

 楓さんは、思い出すように天井を仰いだ。飴が喉に詰まるわよ。

「……(もえ)だけかな」

「Y口県の萩尾(はぎお)さん?」

 そうだよ、と楓さんはうなずき返した。

 萩尾萌さんとか……なかなかの強豪ね。

「結果は?」

 楓さんは、チッと舌打ちした。

「負けたよ」

「そう……残念ね」

「Y口県も、下の代表は弱いんだが、萌だけはなあ」

 そう言えちゃうところが、楓さんのすごいところよね。

 でも、どうやって棋力を判定しているのかしら。棋譜? ネット将棋?

 よく考えてみると、ネット将棋でたまたま出会ってる可能性もある。

 私だって、どこかの県代表と指しているのかも。夢が広がる。

「四国勢については、なにか情報ないのかしら?」

「全然」

 四国勢は、謎が多い。距離的には関東より近いのだけれど、むしろ関東の選手のほうが有名だったりする。瀬戸内海に挟まれてるのって、案外に大きいのよね。言葉も違うし、K川やT島は、どちらかと言うと関西、つまり大阪寄り。中国地方の隣って意識がないんじゃないかしら。E媛の将棋連盟は、Y口とぎりぎり交流があるみたい。

「四国で一番強いひとって、だれ?」

「……K知の吉良じゃないか?」

 吉良……吉良義伸くんか。たしかに、有名人だ。失念していた。

「女子は?」

「さあな。名前しか聞いたことないぜ」

 楓さんは、何人か名前をあげた。知ってるひとも知らないひともいた。

 そう言えば、駒桜の裏見先輩が四国遠征したっていう噂、ほんとかしら?

 今度、話を聞いてみたいわね。将棋指しは引かれ合うから、面識あるかも。

「ところで、今日呼び出してしまった私が言うのもなんだけど、明日は大丈夫?」

 ここはH市。私は電車一本。楓さんはバス。

「大丈夫。当たりは分かってるからな。予習も完璧だ」

 当たりが分かってる? ……どういう状況なのかしら?

 オーダーは、ずらせるから、普通は分からないのだけれど。

「ああ、当て馬ってこと?」

「いや、当て馬ってレベルじゃないな。でも、分かってるからいい」

 ??? 楓さんに中堅以上を当てるのって、損だと思う。

 固定して動かせなくなってるのかしら。オーダーミスね。

「……っと言っても、もう6時か。そろそろ帰ろうぜ」

 そうね。早めに寝ましょう。

 私たちはショッピングの荷物をまとめて、個別に会計を済ませた。

 路面電車に揺られて、駅前に到着する。

「じゃ、またな」

「帰り道に気をつけてね」

 さてと、明日はどこと当たるのかしら。楽しみ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 なにか忘れているような気がする。

 私は荷物をチェックした。全部ある。

 気のせいだったみたい。それじゃ、またお会いしましょう。

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