97手目 恋愛にまつわる7つの対話(大場行代の場合)
※ここからは、大場(妹)さん視点です。
私の名前は、大場行代……中学3年生。
囲碁部のエース。よろしく。
「角ちゃん、なに着ていくっスかねぇ」
この意味不明な喋り方をしているのは、私の姉、大場角代。高校2年生。
なぜこんな女と血が繋がっているのか、理解に苦しむ。
お姉ちゃんは、真っ白な生地に赤いストライプが入ったワンピースを手にした。
ピエロにしか見えない。しかも、お手製だから、困る。
自称デザイナー志望のお姉ちゃん。
「これなんか、どうっスか?」
「べつにどれでもいいんじゃない?」
私が適当に答えると、お姉ちゃんはキッと睨んだ。
「なんでそんな反応なんっスか?」
「どうせデートじゃないんでしょ?」
「デートじゃないって、どうして決めつけるんっスか!?」
「だってぇ、お姉ちゃん、男っ気ゼロだし、そもそも男友達いないじゃん」
「角ちゃんだって、男友達くらいいるっスよ!」
お姉ちゃんは、いきなりスマホを取り出すと、一枚の写真を私にみせた。
私はそれを見て、驚愕した。
「ママーッ! お姉ちゃんが犯罪者になっちゃったッ!」
私は部屋を飛び出して、一階にいるママのところへ駆け出した。
お姉ちゃんが追跡してきて、階段の最上段で捕まってしまった。
「なんでそうなるんっスか!?」
「お姉ちゃん、いくら男っ気がないからって、小学生はマズいでしょッ!」
「小学生じゃないっス! 中学1年生っス!」
変わらんがな。お姉ちゃんが変態ショタコン喪女だったなんて、ショック。
「べつに付き合ってるとかじゃないっス!」
「ほんとぉ?」
私は、もう一度写真を確認した。ふぅん……結構、イケてるじゃない。
私のセンサーが正しければ、将来はカワイイ系のイケメンになりそう。
「お姉ちゃん、ほんとに付き合ってないの?」
「ないっス!」
「じゃあ、私に紹介して」
お姉ちゃんは、「は?」となって、両手を振り上げた。
「なに言ってるんっスか!? 優太くんを狙っちゃダメっス!」
「狙ってるとは言ってないでしょ。私のほうが学年近いし、いいじゃない」
「優太くんに手出ししたら、角ちゃん、マジでブチ切れるっスよ!」
私はもっとよく見ようと、お姉ちゃんのスマホに手を出した。
お姉ちゃんはそれを引っ込めようとして、もみ合いになる。
「すこしくらい、いいじゃない。減るもんじゃ……ッ!?」
ズルっとソックスが滑って、私はうしろに転倒した。
○
。
.
いたた……ここは……?
私が目を覚ますと、そこは階段の下だった。
お姉ちゃんの姿は見当たらない。起こすくらいしなさいよ、まったく。
「ママぁ、お姉ちゃんは?」
返事がない。台所に行ってみると、買い物に出掛ける旨の置き書き。
それも、そうか。さっきあれだけ騒いでたのに、注意されなかったものね。
私は一息ついて、なにをするか考えた。時計をみると、まだ午前10時だった。
新刊の詰め碁でも、買いに行きましょうか。友達と会ったら、そのときの流れで。
「……ん? 靴が入らない?」
太った? ヤダ、そんなはずないんだけど。
水分の取り過ぎで、むくんでるのかしら? 私はムリヤリ履いた。
歩いてるうちに、細くなってくるでしょ、多分。
玄関の鍵を閉めて、駒桜市の駅前商店街に向かう。
途中の交差点で、高校生の一団と遭遇した。
あ、このひとたち、知ってるわ。お姉ちゃんの将棋友達。
名前は……えーと……箕辺先輩だったかしら?
箕辺先輩たちは、やたらと私のほうに視線を集めて、手を振ってきた。
「オーイ」
ん? なにこれ? ……私が呼ばれてるの? 変ね、べつに面識ないんだけどなあ。
かと言って、年上だから無視できない。
横断歩道を渡った私は、かるく挨拶した。
「こんにちは……私に、なにか用ですか?」
すると箕辺先輩たちは、めちゃくちゃに動揺した。
「ふえぇ……大場さんが、『私』とか言ってるよぉ……」
「ど、どうした? 変なものでも食べたか?」
なに言ってるんだろう、このひとたち。類は友を呼ぶってやつかしら。お姉ちゃんの友だちも、変人ばっかりなのかも。常識人の噂が高い箕辺先輩ですらこれでは……。
そのとき、ポケットでスマホが振動した。違和感。
こんなバイブレーションだった? 私はスマホを引き抜き、大声をあげた。
「お、お姉ちゃんが映ってるッ!?」
スマホの画面に、お姉ちゃんの顔が映っていた。
体を確認する……お姉ちゃんの体だッ! 私はパニックになった。
「Frauオオバは、長女ではございませんこと? お姉さんがいらしたのですか?」
外人の女の子が話しかけてきた。だれよ。
「なんか今日の大場さん、変だね」
と無表情なイケメン。このひとも、なんだかハーフにみえる。
って、そんなこと考えてる場合じゃない。どういうことなのよ、これ。
階段を落ちたときの衝撃で、お姉ちゃんと入れ替わった……? そんなバカなッ!
「そろそろ移動するぞ。どこがいい?」
「いつものゲシュマックか八一でいいよぉ」
「Verstanden!!」
先輩たちは、先に行こうとした。そして、立ち止まった。
「大場、早く来いよ」
「ちょ、ちょっと待って、私は大場角代じゃないの」
先輩たちは、顔を見合わせた。
「どうしたのぉ? 新手のギャグかなぁ?」
「病院に連れて行ったほうが、いいんじゃないかな?」
とイケメン。マズい。病院はマズい。閉じ込められそう。
「な、なんでもないわ、私も行く」
「また『私』って言ってるよぉ……変だよぉ……」
し、しまった。お姉ちゃんの喋り方をマネしないと。
「す、角ちゃんも、行く……ス」
恥っず! 恥ずかし過ぎるッ!
だけど先輩たちは、ようやく笑顔になった。
「そうそう、やっぱり大場はこうでなくっちゃな」
お姉ちゃん、どういうキャラ作りしてるのよ。めちゃくちゃじゃない。
とにかく私はごまかしごまかし、先輩たちのあとについて行った。
到着したのは、将棋集会所みたいなところで有名な喫茶店。
鈴の鳴る入り口をくぐると、ちょび髭のマスターが声をかけてきた。
「ああ、箕辺くんたち、こんにちは」
「こんにちは、席、空いてますか?」
「5人なら、そこの4人席に椅子をつけてね」
私たちは椅子をセッティングして、着席。臨時席には私が座った。
知らない年上ばかりで、なんか引けたから。
適当に注文して、早速話が始まる。
「明日の団体戦二日目で配る賞状のことなんだが……」
うーん、まったく分からん……ってこともない。
私だって、囲碁連盟の幹事。やってることは、似たり寄ったりだ。
コーヒーが出てきて、今度は雑談が始まった。
これこそ理解不能。話題についていけない。なにがなにやら。
「そう言えば、大場さんは明日、不破さんと確定で当たるよね」
とイケメン。私に話を振るなぁ。
「そ、そうだった……っスか?」
「そうだよ。だって、大場さんも不破さんも、5番席で固定だから」
「駒北は、なんで両端を固定にしたのぉ?」
知らんがな。お姉ちゃんに訊いてよ。夜中にオーダーの相談をしてたのは、壁越しに聞こえていたけれど、それだけで中身が分かるはずもない。
「それは……企業秘密っス」
「うぅん、だよねぇ」
さっきからこの女、妙な雰囲気。胸が全然ないし、何者なんだろう。
「Herrサエキがいらっしゃる清心は、チーム3連勝なのですよね」
この日本語がやたら上手い外人も気になる。
「うん、兎丸くんと虎向くんが、頑張ってくれてるからね」
「とかなんとか言いつつ、佐伯も3連勝なんだろ?」
箕辺先輩は、自分は出場してないからなあ、とぼやいた。
あれ? 出場してないの? どういうこと?
「ま、俺が出たところで、全勝はムリだけどな。飛瀬のほうが可能性ある」
「飛瀬さん、やたらと強くなったよね。マジックも、あいかわらず凄いし」
「そうだな……佐伯は、新しいマジックできたか?」
なんの話してるの、このひとたち? マジック? サインペンのことかしら?
イケメンの先輩は、いきなり将棋盤を取り出した。中央に王将と書かれた駒を置いて、そのうえに他の駒をぶちまけた。そして、その山のうえに両手をひろげた。
将棋崩しってやつ? さすがに、これは知って……。
「この山から、王様だけ抜くよ」
3、2、1、パチリと指を弾いて、イケメンの先輩は右手をひらいた。
「お、すごい、ほんとに王様が出てきた」
「山の下の王様は、そのままじゃないのぉ?」
イケメン先輩は山を崩した。
「……ないな。ほんとにないぞ」
「ふえぇ……すごい……」
すごいけど、どういう面子なのよ、これ。
お姉ちゃんの友達って、やっぱり変なひとしかいないじゃない。
マジシャン先輩は、王将を端のラインに並べた。
「大場さん、どう、一局指さない?」
「えッ……わた……角ちゃんとっスか?」
「虎向くんの三間飛車、なんか苦手なんだよね。ちょっと教えてよ」
サンゲンってなに? 三時間目の授業かなにか?
「す、角ちゃん、よく分かんないっス」
「駒桜で一番の三間使いと言えば、大場さんだよね?」
そ、そうなのか……よく分かんないけど、お姉ちゃん、結構凄いんだ。
「角ちゃん、今日は調子が悪いっス」
「じゃあ、指さなくてもいいから、話だけ聞いて欲しいな」
マジシャン先輩はそう言って、駒を動かし始めた。
「まず、こうしてこうして……」
「基本図は、こうなるよね?」
……………………
……………………
…………………
………………
なにがどうなってるのか、さっぱり。
「このあと、居飛車側には、いくつか手があるよね? 大場さんのおススメは?」
「じょ、序盤なんて、適当でいいんじゃないっスかね?」
「石田流相手に適当に指したら、死んじゃわない?」
知らんがな。序盤なんて、囲碁ならプロでも比較的適当なのよ。
将棋の目盛りはコップ、囲碁の目盛りはバケツみたいなもの。重点が違う。
「ほ、星にかかり一間受けとか、どうっスか?」
全員、分かってないみたいな雰囲気。碁打ちはいないのか。
ギャグとしても滑ってて最悪。
「どうかな? プロの見解とかじゃなくて、大場さんの感覚でいいんだけど」
私は、将棋の駒の動かし方を思い出す。
……………………
……………………
…………………
………………
歩がひとつ前だったかしら? これしか分からない。
私は指を伸ばして、スッと駒を進めた。ヘタに持ち上げて打たないほうがいいはず。
「え? そこ? 反対の端歩は見たことあるけど……どういう狙いなの?」
こうなったら、ふかすしかない。
「す、角ちゃん、こっから凄い構想があるんっスけど、企業秘密っス」
みんな、へぇと感心した様子。
「大場さんスペシャルが見られるかもしれないねぇ」
「完成したら、ぜひ公式戦で披露してくださいまし」
お姉ちゃん、ほんとこの形だと信頼があるのね。
ネット将棋でどうこう言ってたから、てっきりはったりだと思っていた。
とにかく、この場は切り抜けたわよ。私はコーヒーを飲む。
「……あッ!」
「大場、どうした?」
私がお姉ちゃんの体に入ってるってことは、お姉ちゃんは……うっそッ!
「角ちゃん、用事を思い出したっス!」
「お、おい、まだ飲み終わって……」
私は支払いを済ませると、喫茶店をあとにした。
お姉ちゃん、どこにいるの? 家にはいなかったような……外出した?
となると、どこに……病院? いや、それも違いそうだ。私に連絡は入っていない。どこかで揉め事を起こしているとは考えられなかった。だとすると……そっかッ! 午後は出掛けるって言ってたわね。おしゃれしてたから……あの子だ。あのユウタってひとのところに違いない。
「ゆ、ユウタくんって、どこのひとなの……?」
うちの中学じゃないと思う。それに、お姉ちゃん、最近市外に出掛けることが多い。
つまり、市外の人間……と、とりあえず駅前へッ!
私は、駒桜市駅前に移動した。バスでも電車でも、出発はそこのはず。
にぎやかな商店街を通り過ぎて、駅前広場に出た。
この人数だと、さすがに見つから……。
「違うっス! 角ちゃんは行代じゃないっス!」
ふわッ!? この言い回しはッ!?
私は、声の聞こえるほうへ移動した。バスのまえに、私と数人の女友達がいた。
「行代ちゃん、どうしたの? お姉さんのモノマネ?」
「角ちゃんは角ちゃんっス! 体が入れ替わってるっス!」
「うわぁ、すっごい似てる。おもしろーい」
なにやっとるんじゃあぁああああああああああッ!
私はお姉ちゃん(が入った私の体)を捕縛して、その場を走り去った。
自宅に連れ込んで、肩をゆさぶる。
「私の評判を落とすようなことしないでよッ!」
「なに言ってるんっスか! さっさと角ちゃんの体を返すっス!」
返せるもんなら今すぐ返したいわ。
「私だって、お姉ちゃんみたいな変な体に入っていたくないわよッ!」
「角ちゃんの体のどこが変なんっスか!? スタイル抜群っスよ!」
「どこがよッ! ぺったんぺったんスレンダーのくせにッ!」
「それは、おあいこっス! 行代だって俎板じゃないっスか!」
うっさいわッ! ひとが気にしてること言うなッ!
私は怒りに任せて、頭突きを喰らわせた。
○
。
.
「角代ッ! 行代ッ!」
……ん? 私は、背中に冷たい感触を覚えた。
目を開けると、鬼夜叉みたいなママの顔が。
「あなたたち、なんで廊下に寝てるのッ! 起きなさいッ!」
うッ、頭が……私はひたいを押さえて、なんとか起き上がった。
お姉ちゃんも、となりでぶつぶつ言っている。
お姉ちゃんも……あッ!
「か、体がもどったッ!」
「なに寝ぼけてるの。寝るなら自分の部屋で寝なさい」
ふたりともお説教を喰らってしまった。
時計をみると、既に午後4時。お姉ちゃんは、悲鳴をあげた。
「ま、待ち合わせ時間、過ぎてるっス……」
御愁傷様。お姉ちゃんのデート、邪魔しちゃった。さすがに反省。
……………………
……………………
…………………
………………
ところで、さっきのあれは夢だったのよね?
階段を落ちてから、時間が経ち過ぎな気もするけど……まさかね。




