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召喚もの

トーチを掲げて異世界へ

 お色直しのドレスは深紅にした。 


 デザインも地方を巡る演歌歌手もかくやとばかりの派手さである。


 コロナ禍以来、地味な方へ、簡素な方へ、なんなら式などしないというのが昨今の主流だが、一世一代の晴れ姿、ここで披露せずしてどこでする。


 本日は稀少な天赦日てんしゃにち、天が万物の罪を許すという最上級の大吉日なのだ。私の可愛いお願いなど、軽く許されるというもの。


 なにしろ、早々と結婚した友人たちの盛大なお式を、いくつも見届けてきたのだ。タイミングを逃した私ひとり、送れること十数年。


 今こそ、あの時の寿ぎを私にも!


 御祝儀はいいのよ、そこそこで。お金はあるから。


 私の願いは、古き良き時代の、ザ☆結婚式っていうのをやるから、どうか生温かく見守ってちょうだいね、ってこと。頼むよ。みんな。もうお子さんも、大変な時期を過ぎたでしょう?



 私と彼がメインキャンドルに火を灯した。


 さあ、シャッターチャンスよ、撮りなさい、キャンドルトーチを掲げる私の勇姿を。


 とうとう捕まえた理想の殿方と私、絶好の被写体でしょう?


  ――いえ、いいの、本当はそれなりって分かっているの。だけど、今日だけは主役だから。




 突如、まばゆい光に包まれた

 招待客は演出だと思い、盛大な拍手を送っている

 新郎新婦とスタッフは戸惑った

 そんな演出は、なかったはずだから

 光源さえ分からないまま、しばし会場じゅうが輝いていた



 ◇   ◇   ◇


 

 眩しくて思わず瞑った目を開けると、全然知らない場所にいた。


 西洋の宮殿? 映画や絵画でしか知らないけど。

 女性は皆ドレスを着ていて、男性はそれをエスコートするにふさわしい格好をしている。

 貴族なの? いつの時代よ。


 でも、良かった。私もドレスを着ているから埋没できるよね。

 いや、無理か。


 一人の男が近づいて来て言った。


「おお、わが妻となるべき乙女よ、どうぞ私の手をお取りください」


 全般的に色素が薄く、身体も薄っぺらな男が、金糸銀糸で刺繍を施された衣装をまとい、片足を後ろに引いて、右の手のひらを私に差し出した。


 いや、なんで?


 意味が分からなかったので、持っていたキャンドルトーチを振り上げたが、ここで暴れてもろくなことにはならないと自制が利いて、そろそろと腕を降ろした。


 言葉が分からない振りをして小首を傾げると、


「言葉が通じぬか、いっそ都合が良いではないか」


 一段高いところから声がして、仰ぐと玉座と思しき席でふんぞり返っている男が言った。


「何も分からぬうちに邪龍に差し出してしまえば良かろう。お前のような美しい男に選ばれたとあれば、女も刹那の夢の内に儚くなろう。人身御供ひとみごくうと気取られぬうちに、婚約指輪だと思わせてそれを女の指に嵌めるのだ」


 ああ、すっごく展開が読めてきた。つまり、あれね。この世界を救うために、邪龍とやらに喰わせる生贄が必要だと。自分のところの民草は大事だから、よそから呼んでこようと。そして邪龍に捧げようと。


 ふーん。面白くない


 だけど、戦うにしても、私の武器はこのキャンドルトーチが一本と、指には婚約指輪と結婚指輪。今時流行らない立て爪だけど、殺傷能力は高いかも。愛らしいメリケンサックだと思おう。


 さて、いつまでも話が分からない振りをするのは、おそらく悪手。怒っているのなら、とりあえず日本語でまくし立てるべし。


『ふざけないでよね、誰が無礼なアンタたちのために生贄となって化け物に喰われてやるもんか、そもそも美しい男ってこのぺらっぺらの幸薄そうな優男のことなの、美の基準どうなってるの、親の欲目なら恥ずかしいよ』


 という感じのことを、もっと口汚い言葉で罵った。


 そうしたら正しく罵詈雑言で翻訳されたらしく、王(仮)と王子(仮)が青筋立てて騒ぎ出した。


 ふざけんな。


 さらに腹が立ったので、王子らしき男の襟首を掴んでグイグイと揺さぶりながら、


「怒る権利、あんたたちにある? こっちを殺そうとしているのに?」


と聞いてやった。


「だ、だって、生贄を捧げないと、世界が滅びるんだ。邪龍に呑み込まれてしまう」


 あまりに揺さぶるので吐きそうになりながら王子は答えた。


 玉座の男も黙っていない。


「この世界の何百万の民を救うためなら、異世界の女一人の命など塵のようなもの。大人しく贄となれ」


 いやですけど? 


 もう会話も面倒だ。


 その指輪が生贄の契約になるんだね。貸して。


 優男の手から指輪を奪い取り、床に置く。瞬時も迷わず狙いを定めてトーチを振り下ろす。


 パリン


 陶器が割れる乾いた音と共に、周りが次々と、どこかに吸い込まれるように消えていく。


 え? 私も?




 そんなことはなかった

 邪龍は異物であるその女を一度は口に含んだが

 ペイッと吐きだし、元の世界に戻した



 ◇   ◇   ◇



 いつの間にか披露宴の会場に戻っていた。


 メインキャンドルの前で、にっこりと微笑む私に、


「あれ? トーチ、曲がってない?」


と、愛しの旦那様が聞いてきた。


「おかしいな、どこでぶつけたんだろう」


「いや、ぶつけたくらいでそんなに曲がる?」


「ふふ、そうだね。実は世界をひとつ、ぶっ潰してきたんだ」


「あー、やりそうだから怖いな」



 本日は稀少な天赦日てんしゃにち、天が万物の罪を許すという最上級の大吉日なのだ。私の些細な破壊活動など、軽く許されるというもの。



読んでいただき、ありがとうございました。


※※12月12日に完結した連載小説『宴もたけなわですが、異世界に呼ばれましたので』の、最初のあらすじはこうでした。似ても似つかないものになりました。

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