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月霞市国の物語 ──この出会いも、感情も、最初から仕組まれていたのだとしたら──  作者: 神崎妃光子


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5話 雨上がりの月曜日

その日は、少し肌寒い雨あがりだった。

午後のアトリエには来客もなく、仕事を終えてからカーテンを閉めると、

リリカの心も少し静かになった。


そんなとき、携帯に短いメッセージ。


ノノ「飯行く?」


町の南側にある、古い倉庫を改装したレストラン。

照明が落ち着いていて、テーブルは少し広め。

木のぬくもりがあって、ノノが好きそうな店。


「……わたし、ラザニアにする」


「お、今日は洋風の気分か」


「うん。……お腹すいてた」


「正解。ここのラザニア、ガチでうまい」


メニューを閉じると、ノノが水をひと口飲みながら、リリカを見た。


「お前、顔つき変わったな」


「え、また?」


「なんか……油断してる感じ。いや、いい意味で」


リリカは、ナプキンの端を指でつまみながら、少しだけ笑った。


「……ノノには、見透かされてる感じする」


「そりゃまあ、付き合い長いしな。お前が黙ってるときの“考えてる”顔、わかる」


「……そんな顔してた?」


「うん。“心がざわざわしてるけど、まだ誰にも言いたくないとき”の顔」


リリカは、グラスの水を口に運びながら、視線をテーブルに落とした。


「……木曜日にね。カフェで……また会ったの」


「カフェの人?」


「うん。名前も知らないけど、……何回か会ってて。先週、ちょっと話した」


ノノは、言葉を挟まずに頷いた。


「で?」


「今週は、紅茶の葉を落としちゃって。拾ってくれたの。……それだけなんだけど」


「それだけ、じゃねえ顔してるけどな」


「やっぱ、わかる?」


「うん。ていうか、お前、誰かに触れられたときの空気が変わるから。わかりやすい」


「……あんまり意識したくないのに、気づいたら目で追ってる。そんなの、やだなって思う」


「“やだな”って思ってるうちは、大丈夫」


「どうして?」


「“もうどうでもいい”ってなったら、止められなくなるから」


リリカは、しばらく黙っていたけれど、ふとつぶやくように言った。


「……こわいの。好きになるのも、期待するのも、また裏切られるのも」


「うん。それでいいと思うよ」


ノノの声は、低くて、落ち着いていた。


「こわいって言えるのは、もう少しだけ前に進めそうな証拠だし。

今はそのままでいい。無理して踏み込まなくていいから」


リリカは、ふと視線を上げてノノを見る。


ノノは、特別優しい言葉を選ばない。

でも、それがちょうどよかった。



食事が運ばれてきて、ふたりはいつものように他愛のない話をしながら、ゆっくりごはんを食べた。

ラザニアの香ばしいチーズの香り。バゲットに染みるオリーブオイル。

少しだけ、あたたかい時間。

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