63話 2度目のキス
冬が深まる頃にはアオイと綾乃の関係も少しずつ深まっていた。最初は恥ずかしくて目を合わせることもぎこちなかったのに、今では自然に笑い合えるようになっている。
それでも、二人きりになると胸がざわついた。まだ幼さの残る恋は、嬉しさと緊張の両方を抱えていた。
ある土曜日の午後。
アオイは綾乃と一緒に街へ出かけた。新しくできた雑貨屋に行きたいという綾乃のリクエストだった。繁華街は休日の賑わいをみせていた。
「ねえ、これ可愛い」
綾乃が手に取ったのは、淡いピンクの小物入れ。アオイが「似合うな」と言うと、彼女は少し照れながら笑った。その笑顔に胸が熱くなる。
買い物を終え、二人は公園に立ち寄った。まだ肌寒い風が吹いていたが、ベンチに座り、温かいココアを分け合った。
「春になったら、桜見に行きたいね」
「いいな。毎日でも行こうか」
そんな他愛もない会話に、綾乃は楽しそうに頷いた。
その後、公園の外れにある小さな神社に足を運んだ。参道には人影もなく、静けさが満ちている。冬の空気が澄んでいて、吐く息が白く漂った。
綾乃が石段に腰を下ろし、アオイも隣に座った。少しの沈黙。二人の距離は、手を伸ばせば触れ合えるほど近い。
アオイは心臓の鼓動が早まるのを感じていた。
「綾乃……」
呼びかけると、彼女が顔を上げる。大きな瞳が、まっすぐにアオイを映していた。
勇気を振り絞って、アオイはそっと手を取った。綾乃の指先がわずかに震えたが、拒む気配はなかった。
夕陽が差し込み、彼女の頬を淡く照らす。その美しさに、言葉は消えた。
アオイはゆっくりと顔を近づけた。綾乃も目を閉じる。
――唇が重なる。
最初のキスよりも長く、確かな温もりを感じた。
胸の奥に熱が広がり、頭が真っ白になる。綾乃の柔らかな髪が頬に触れ、かすかな甘い香りが鼻をくすぐった。
時間が止まったように思えた。
やがて唇を離すと、綾乃は頬を赤く染め、恥ずかしそうに俯いた。
「……アオイ君って、意外と大胆なんだね」
その小さな声に、アオイは思わず笑った。
「ごめん。でも、すごく大事に思ってるんだ」
綾乃は顔を上げ、少し照れた笑顔で頷いた。
その日から、二人の距離は確かに変わった。教室で交わす視線にも、放課後の会話にも、以前より深い絆が感じられた。
アオイは思った。
(絶対に、この子を守る。ずっと一緒にいるんだ)
しかし、その誓いが後に果たせないものとなることを、このときの彼はまだ知らなかった。




