53話 笑顔の仮面
昼下がりの外は、蝉の声とアスファルトの照り返しで息苦しいほどだった。
通りを歩いていた私の視線が、思わず止まる。
アオイが美月と並んで資料を広げ、親しげに会話している。
仕事の打ち合わせ。それだけのはず。
でも、美月が軽く笑ったとき、アオイが少し口元を緩めて応じるのを見て――胸の奥がきゅっと締めつけられた。
昨日のことが蘇る。
夜道で不意に近づかれ、息が触れる距離で囁かれた「キスしていい?」の声。
触れた唇の熱。
胸の鼓動が破裂しそうなほど高鳴った。
あれは夢じゃなかった。
確かに、彼が私を求めた瞬間だったはず。
――なのに、いま目の前にいるアオイは、まるで何事もなかったように笑っている。
昨日の出来事など、彼にとってはただの衝動だったのだろうか。
そう思うと、不信感が胸をかすめ、同時に強い嫉妬が湧き上がる。
(……私のことなんて、特別じゃないの?)
そんな言葉が喉元まで込み上げる。
けれど私は必死に笑顔を作った。
アオイと目が合った瞬間、「お疲れさま」と穏やかに声をかける。
平然とした顔をして。
昨日の熱を思い出して動揺しているなんて、絶対に悟られないように。
アオイもまた、淡々とした表情で返した。
まるで昨夜のことを忘れてしまったかのように。
胸の奥ではざらついた不安が広がっているのに、私はいつもの調子で笑って過ごした。
「何もなかったふり」をすることが、唯一の自分の防衛だった。




