47話 つながる人脈
火曜日の午前中、カフェ併設のワークスペースには、深煎りの香りが満ちている。
昨日に引き続き、俺はノートPCを広げ、ネイリスト店の予約システムの仕様を確認していた。
向かいには美月、その隣には新しいクライアント――ネイリストの女性。
美月はこの店舗の総合デザインを任されていて、俺はWebとシステムを担当している。
「じゃあ、来月のオープンに合わせてSNS用のページも同時公開にしましょうか」
美月がタブレットの画面を指しながら言う。
「はい、お願いします。あとは……店内の雰囲気もSNSに映えるようにしたいんです。自然素材で、可動式のテーブルとか作れたらなって」
「可動式か」
俺は手を止め、軽くメモを取る。
「配置を変えることで撮影パターンを増やせるな。……悪くない」
「ですよね」
ネイリストが笑う。
「でも、木工って私の守備範囲じゃないんだよね」
美月が肩をすくめる。
「アオイくん、そういうの知り合いにいない?」
「俺も木工は専門外だな」
と答えたところで、カウンターの奥から低い声が響いた。
「……なら、ノノに頼むといい」
振り返ると、シノさんがカップを拭きながらこちらを見ていた。
「リリカさんの知り合いで木工職人がいるんだ。腕は確かだし、可動式の什器も作れるはずだ」
「ノノさん……ですか?」
美月が首を傾げる。
「ちょうど君らと同世代だよ。器用でな。性格もいい」
「わぁ、それ心強い」
ネイリストが目を輝かせる。
「ぜひ紹介してください」
美月が即座にシノさんに連絡を頼み、その場で午後に来てもらえることになった。
午後三時。
深煎りの香りが少し薄れ、代わりに焼き菓子の甘い匂いが漂っている。
扉が開き、長身の男が入ってきた。
黒いキャップにワークシャツ、手には古びた革の工具バッグ。
歩き方に無駄がない。
たぶん、彼が――
「ノノさんですよね。初めまして、美月です」
美月が立ち上がる。
「どうも。ノノです」
明るい声。表情も柔らかい。
「こっちはアオイ。システム担当です」
「へぇ、プログラマーさんか。なんか……頭良さそう」
軽く笑いながら手を差し出してくる。
握手はしっかりしていて、手のひらには木の粉の匂いが残っていた。
打ち合わせはスムーズだった。
ネイリストが什器のサイズや雰囲気を話し、美月が図面に落とし込み、ノノが提案する。
その途中――
「そういえば、こないだ友達と雑貨屋回ったんだけど」
ノノの口から自然に名前が出た。
……指先が、ほんの少しだけ止まる。
「その子の作る花飾り、什器に合わせたら映えそうだなって」
ノノは続ける。
「お、それいいじゃん」
美月が即座に乗る。
俺は黙って聞いていた。
表情は変えない。
けれど胸の奥に、微かな引っかかりが残る。
(……そういう繋がりか)
初対面の人間に対して抱く感情としては、くだらない類いだ。
でも、人間ってのは理屈じゃなく反応する。
「じゃあ、詳細はまた調整して。今日はこれで」
美月が段取りを決めて打ち合わせは終わった。
ネイリストと美月、ノノが話しながら出口へ向かう。
俺はカップに残ったコーヒーを飲み干し、ふっと低く呟く。
「……かっこいい人だったな」
誰に向けたわけでもない声。
自分でも、少し間を置いてから言ったことに気づく。
ばかだなと思いつつ、そのままPCを閉じた。




