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月霞市国の物語 ──この出会いも、感情も、最初から仕組まれていたのだとしたら──  作者: 神崎妃光子


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41話 必然の中の偶然

議員の言葉が静かに降りた。


「――君と九条 くじょうあおい

 この二人のマッチングスコアは、全体の中で群を抜いて高かった」


その言葉に、リリカの中で一枚の紙がふいに浮かんだ。


あの日、図書館の奥で見つけた――


もう何も感じたくなかった。

でも、目を閉じた先に浮かんだのは、

誰かの笑顔でも、未来でもなく、

ただ、紅茶の香りだった。


(……あれは、まさか)


リリカは迷いながらも、思わず口を開いた。


「……議員、ひとつだけ、聞いてもいいですか?」


「どうぞ」


「図書館の……あの、紅茶の香りって書かれたメモ。

 あれって……アオイさんが書いたものなんですか?」


議員は一瞬だけ目を細め、そして静かに頷いた。


「……ああ。

 彼がこの国に来て間もない頃、誰とも話そうとしなかった時期に、ぽつりと書き残したものだ」


「……やっぱり」


リリカの胸の奥に、言葉では説明できない何かが溢れそうになった。


けれど次の瞬間、議員は少しだけ口元に笑みを浮かべ、こう付け加えた。


「でも――そこまで仕込んだわけじゃないよ」


「え?」


「君があのメモを見つけたのは、ほんとうに偶然だ。

 配置や導線は意識しているが、あの棚が特別に選ばれたわけじゃない。

 我々も、そのメモがそこにあることすら知らなかった」


静かな声だった。


けれど、その言葉は確かにリリカの中に染み込んでいく。


「我々ができるのは、“出会いの場”を整えることまでだ。

 その先で何が起きるか――それは君たち次第なんだよ」


リリカは少しだけ視線を落とし、そして小さく頷いた。


(……本当に、偶然だったんだ)


でも、だからこそ、心が動いた。


だからこそ、信じたくなった。


(あの人と出会ってしまったのは……誰かに決められたんじゃなくて、

 私が、自分で――見つけてしまったんだ)


その気づきが、リリカの胸に小さな灯を灯していた。


リリカは少し俯いてから、ふと顔を上げた。


「……あそこに住んでる人たちは……

 みんな、私たちと同じような人たちなんですか?」


その“私たち”という言葉には、傷を抱えた者としての自覚と、

それでも今を生きようとするリリカの静かな覚悟が込められていた。


ヒガシ議員は、その問いに、即答はしなかった。


応接室に差し込む光が、机の縁を白く照らしている。


やがて議員は、ゆっくりと頷いた。


「……ああ。ほとんどが、そうだ。

 人生のどこかで、決定的に“立ち止まってしまった”人たちばかりだ」


「……そうなんですね……」


「仕事を失った者もいれば、愛する者を亡くした者、

 世の中の価値観についていけなくなった者、

 そして……“自分を信じられなくなった者”もいる」


リリカは、小さく息をのんだ。


議員はさらに続ける。


「ただ、月霞市国の最大の特徴は――

 “人を傷つけた者”ではなく、“人を傷つけまいとして壊れた者”を集めている点だ」


その言葉に、ノノがわずかに顔を動かした。


「この国には、“優しすぎた”がゆえに壊れた人間たちが多くいる。

 ――私はそこに、再生の芽を見たいと思っている」


リリカはそのとき、自分がなぜ“あの街”に惹かれたのかを初めて少しだけ理解した気がした。


静かで、穏やかで、誰も踏み込んでこない場所。

でも、誰かがそっと気づいてくれる場所。


(……私だけじゃなかったんだ)


それはほんの一滴の救いであり、

けれど同時に、消えかけていた痛みをまた浮かび上がらせる灯でもあった。


ヒガシ議員は、そんな彼女の表情を静かに見守っていた。


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