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月霞市国の物語 ──この出会いも、感情も、最初から仕組まれていたのだとしたら──  作者: 神崎妃光子


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34話 約束

34話 約束


ビガシは地元事務所の近くの喫茶店にいた


窓際の席。

ヒガシ議員は、70代の農家・古川氏と、コーヒーを挟んで向かい合っていた。


「……でさぁ、最近は若いもんが継がねぇし、草刈り機のエンジン音すら聞こえねぇ。

昔は朝5時からもうトラクターの音してたもんだよ」


「ええ、ええ。私も朝起きると田んぼが霧に包まれててね。

あの音で、1日が始まった気がしてたんです」


そう答えながら、ポケットのスマホが小さく震える。


「失礼」


画面には『佐原』の名。東京の私設秘書リリカの母だ。



ヒガシは「少しだけ失礼」と会釈し、店の外へと出た。




喫茶店の外では強い風が吹いていた


ヒガシは電柱の影で通話に出た。


ヒガシ「佐原さん、どうしました?」


「突然すみません。個人的なことなのですが……

娘のリリカが、先生に一度お会いしたいと申し出てきまして」


ヒガシは一瞬目を細めたが、声は変えない。


「……そうですか。彼女が、自分から?」


「ええ。どうやら何かに気づいたようです」


ヒガシは空を見上げながら、穏やかに言った。


「……わかりました。

私の方でもスケジュールを確認して、必ず時間をつくります」


「ありがとうございます。……先生」


通話が切れたあと、しばらく風の音だけが耳に残った。


(とうとう、来たか)




その数分後--


ヒガシは席に戻り、コーヒーのぬるさに軽く眉をひそめた。


「なんだい、急ぎの電話かい?」


「ええ、ちょっと東京の方で。

若い世代の声を聞く機会ができそうでね」


「そりゃあ良かったじゃねぇか。今どき、若いのと真面目に話してくれる政治家なんて珍しいぞ」


ヒガシは少し笑った。


「……真面目に向き合っても、たいてい“本音”はもらえませんけどね。」


午後--


ヒガシ議員 地元事務所では

蝉の声が遠く、窓越しに夏の光が揺れていた。


事務所内は静かだが、電話やプリンターの音がときおり響く。

第1秘書の高木は応接スペースで資料に目を通し、

第2秘書の三谷は、来週の上京スケジュールを整理していた。


そこへ、ヒガシが喫茶店から戻ってきた。


「ただいま。高木さん、三谷さん、少し時間あるか?」


「はい、どうぞ。東京側からも報告がいくつか入っています」


ヒガシはジャケットを脱ぎ、ネクタイを少し緩めながら応接席に腰を下ろした。


三谷「……先ほどの電話、佐原さんからだったんですよね?

例の“娘さん”、リリカさんが面会を希望されていると」


ヒガシは静かに頷いた。


「ああ。彼女が、私に“会いたい”と。

……おそらく、もう“気づいている”」


空気が、わずかに引き締まる。


高木「やはり、“シラサワ”が関与していたようです。

月霞市国で、リリカさんに直接“実験国家の構造”を話した可能性が高いとのことです」


三谷「彼の行動は、本来の“観察者”の範囲を逸脱しています。

明確な規約違反です」


ヒガシは目を細めながらも、どこか諦めに似た表情で言った。


「……あいつは“人間を見すぎる”。

でも、排除するつもりはない。

むしろ今回の件、あの子が動いたのは――彼の言葉が“真実”だったからだろう」


高木「ただし、他の被験者への影響は懸念されます。

特に、“ノノ”との接触も確認されています」


ヒガシ「ノノ……ああ、強制送致組か」


三谷「暁ノ国からの保護措置により、“正式な移住手順を踏んでいない特例ケース”です」


ヒガシ「なら、彼が気づいても不思議はない。

むしろ、最初から“この世界を外から見ている”視点を持っている」

高木「ですが、観察記録には“情緒不安定”とあります。

指導的立場には向かないと……」



沈黙。


ヒガシは、静かに目を閉じ、言葉を継いだ。


ヒガシ「面会は受ける。リリカさんと、私の手で話す。

この国を“生きている当事者”が、ここまで歩いてきたのなら……

その声に向き合うのが、設計者としての務めだ」


高木「了解しました。

東京の斎藤と連携し、来週末で会談の場を準備します」


三谷「面談室の確保と録音許可も手配しておきます。

すべて“記録対象”として扱ってよろしいですね?」


ヒガシ「ああ。

“気づいた被験者”と、“設計者”が対話する。

そのデータは、今後のすべてのモデルに影響する。……間違いなく、節目だ」


部屋の奥に、扇風機の回る音がだけが、静かに流れていた。


応接室で一息ついたヒガシは手帳を閉じ、腕時計をちらりと見た。


「……三谷さん、来週の金曜、東京に行く。

夕方までのスケジュールはこっちで調整して、夜は開けておいてくれ」


「はい、了解しました。

議員会館の会議室、静かな部屋を押さえておきます」


ヒガシ「あとは、佐原さんに“その時間でリリカさんと会う”と伝えておいてくれ。

斎藤にも連携頼む」


三谷「東京チームに連絡まわします。

議員の発言内容も記録対象で?」


ヒガシ「ああ。すべて記録して構わない。

“意図を問われる立場”として、受けて立つよ」


同時刻--


東京事務所では

私設秘書の佐原は、

デスクで書類を整理していた。


電話が鳴る。

発信元は三谷


「佐原です。お疲れ様です、三谷さん」


「お疲れ様です。今、ヒガシが東京日程を確定しまして。来週金曜、夕方。面談時間は約1時間半。場所は議員会館内のB-4会議室です」


母は一瞬、手の動きを止める。


「……わかりました。ありがとうございます」


「ご本人には、佐原さんから直接ご連絡をお願いします。

議員も、“言葉はすべて受け止めるつもりだ”と申しておりました」


「……はい。私の方から伝えます」


通話が切れる。


静かな議員会館の一角に、時計の針の音だけが響く。


(リリカ……)


(いよいよ、あの人と“会う日”が決まった)


スマートフォンを手に取り、メールの画面を開く。

文字を打つ手が、わずかに震える。


来週の金曜日、

夕方にヒガシ先生と会えることになったよ。

会場は議員会館の会議室。

詳しい場所はまた連絡するね。


しばらく送信をためらったが、

やがて、指がメッセージを送り出した。


(この日を、あの子はどう迎えるんだろう)


(私の過去に、たどり着いてしまうかもしれない)


けれど――それでも、もう止められなかった。


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