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22話 木くずと、観察者の瞳
あの夜から数日が経った。
リリカは、いつものように木曜日に図書館へ行き、
アオイはカフェの定位置で深煎りのコーヒーを飲んでいる――。
けれどその裏側で、ノノは一人、工房の奥で手を止めていた。
木を削る感触が、ここ数日、少しだけ違っていた。
心のどこかに、また「痛み」が戻ってきていた。
(タクミのことを、俺はやっぱり忘れてなんかいない)
あの夜のシラサワの言葉――
「見られてるからこそ、生きていてほしいと思ってる奴もいる」
それは皮肉でも、同情でもなかった。
ただの「事実」だった。
(なら……俺にできることは、なんだ)
ノノは、工房の隅に置かれた古いスケッチブックを開いた。
そこには、かつてタクミが描いた、ぎこちない木製チェアのラフ画が挟まっていた。
「……作ってやるよ。今さらだけどな」
そう呟くと、ノノは手袋を引き直し、木材にノミを入れた。
刃が木に食い込む音が、工房に静かに響いた。
それはまるで、ノノが過去と向き合うための、
小さな“儀式”のようだった。




