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30.一人じゃない

 

 ピンと伸びた背筋に、搔き上げられた長い前髪。

 漆黒の髪に隠れていた、切れ長な銀色の瞳に、形の良い眉。

 筋の通った形の良い鼻に、色素の薄い唇。

 端正な顔立ちとは、このことを言うのだろう。


 そんなオーウェンに対して、以前まで気味悪がっていた女子生徒からは黄色い声が、男子生徒からはざわついた声が上がっている。


「うん。それどころじゃないからさ」

「それって、どういう──」

「あ、貴方様は……!」


 ジェシカの声を遮ったのは、これでもかと目を見開き、全身をぶるぶると震わせたアーサーだった。


「ハーベリー帝国の第二皇子……オーウェン・ハーベリー殿下ではありませんか……! 何故こんなところに!?」

「えっ、オーウェンが帝国の第二皇子?」


 アーサーがオーウェンの素性を叫んだことで、周りの女子生徒たちの声がより甲高いものになった。

 ジェシカはアーサーの言葉が本当か否かなんて分からないけれど、オーウェンが否定しないところを見るに、おそらく本当なのだろう。


 むしろ、オーウェンが第二皇子だと聞いて納得しているくらいだ。


 背筋を伸ばした時の圧倒的な雰囲気に、食事やその他の美しい所作、メイの実家を助けた時の迅速な対応に、パーティーの際ジェシカに二組も美しいドレス類を用意してくれたこと。


 帝国の皇族ならば、幼い頃から魔法の教育も受けているだろうから、彼の魔法に対する知識量や技術に対しても納得がいく。


「メイは知ってたの?」


 いつの間にか抱擁を解き、アーサーたちほど驚いていない様子のメイに、ジェシカは問いかける。


「いいえ! この会場に入る直前に素顔を見た時にどこかで見た顔だなぁとは思いましたが、まさか第二皇子だとは思いませんでした。ただ、オーウェン様のことを何者なのかと怪しんだことはありましたので、納得のほうが強いというか」


 メイがオーウェンの素性について怪しんでいたことには驚いたが、それなら今の彼女の反応は納得だ。

 メイから注目の的になっているオーウェンにジェシカが視線を移せば、彼は困ったように笑った。


「ごめんねジェシカ、騙してて。実は、陛下にこの学園の魔法の指導方法を学ぶために留学したいと進言した時、顔を隠して身分を偽ることを条件にされたんだ。せっかくの学びの場なのに、帝国の第二皇子ってだけで優遇されたり、特別扱いされては俺のためにも帝国のためにもならないからってね」

「な、なるほど……?」


 そういうことなら致し方ない、のだけれど……。


「それなら何故、今明かしたの?」

「ジェシカを守るには、この姿のほうが都合がいいから、かな。それに、かなりの間あの姿でいたわけだし、もう陛下との約束は良いでしょ」


 この場にいるほとんどの者が目や口をあんぐりと開けたり、素早く目を瞬かせたりして驚いている。

 そんな中、オーウェンはジェシカの頭をするりと撫でてから、右手をスッと上げた。


「さて、俺の素性についてはこれくらいにして、本題に移ろうか」


 すると、すぐさま黒の召装に身を包んだ男性がオーウェンの斜め後ろに現れた。


「彼は護衛のクリフ。俺の身の安全を守ることが最優先だけど、時には俺の命令に従って任務をこなす、優秀な部下といったところかな」

「優秀。ということは昇給も……」

「お前、よくこの空気の中でそんなことを言えるね?」

「あはは。冗談ではないですか」


 オーウェンは呆れ顔を見せてから、言葉を続けた。


「クリフには魔法を介して主従契約を施してあってね、彼は俺に対して嘘をつけないことになっている」


 ラプツェたちに向かって話すオーウェンに、ぐわっと噛み付いたのはアーサーだった。


「い、いきなり何の話ですか! いくら皇子でも、今は黙って──」

「黙るのは君だよ、アーサー王子。今俺は、この学園の生徒としてジェシカの無実を晴らそうとしている。邪魔をするな」

「……っ」


 オーウェンにキッと睨み付けられただけで、アーサーは息を呑んで恐れを見せる。


(確かに、顔が整っている人の怒っている顔は怖いもんね)


 ジェシカはそんなことを思いながら、オーウェンの説明に耳を傾けた。


「話を続けよう。実は彼には、入学当初から一つ命令をしてあるんだ。常にジェシカを監視しろ、とね」

「わ、私を? どういうことなの? オーウェン」


 疑問の表情を見せる一方で、ラプツェはギクリと大きく肩を揺らした。


「詳しいことは後で話すよ」


 オーウェンはそう言うと、続いてクリフに問いかけた。


「主従契約に誓って答えろ。ジェシカがフリントン公爵令嬢に対して、嫌がらせをしたり悪口を言ったなど、虐めた事実はあるか?」

「ちょ、待って──」


 サアッと顔を青ざめさせたラプツェが制止しようとしたが、その声はクリフによって遮られた。


「いえ、事実無根です。全ては、ラプツェ公爵令嬢の虚言、もしくは自作自演によるものです」

「「「……!?」」」


 一同の信じられないといった視線がラプツェを射抜く。


 そんな中、発言をしたのは宰相の息子だ。


「お待ち下さい……! その護衛とやらの発言に、きちんとした信憑性はあるのですか!?」 

「……なるほど。つまり、貴殿は帝国の第二皇子である俺が、公衆の面前でこんなにも堂々と嘘を吐いていると言いたいのか?」

「そ、それは……」


 宰相の息子だけでなく、アーサーやラプツェ、その場にいる多くの者が口を噤んだ。

 帝国の第二皇子の発言がどれほど重たいものか、皆感覚的に理解しているのだろう。


「お、お待ちください……!」


 それでも、唯一ラプツェだけが声を荒らげた。

 こんな大勢の場で、自分のこれまでの行動が全て虚言だったと暴かれたのだから、なりふりかまっていられないのだろう。


「第二皇子殿下、護衛の方の発言の信憑性が高いことは分かりました……っ、しかし、本当にジェシカ様の言動を全て把握しているのですか!?」

「どういう意味だ?」

「そちらの護衛の方が、学園内だけではなく、女子寮内のジェシカ様の言動まで把握しているのかと聞いているのですわ!」


 帝国の第二皇子が、自身の婚約者でもない女性──ジェシカの私生活を暴くような指示を護衛に命じるなんて、皇族として恥ずかしくないのかと、ラプツェは言いたいのだろう。


「私は何度もジェシカ様に自室に来るよう命じられ、数々の嫌味や悪口を言われ、心を傷つけられましたのよ……!?」

「なっ、私はそんなことしていません……!」


 この期に及んで罪を認めないラプツェにジェシカが堪らず否定を口にする。


 一方で、ラプツェの質問の意味、そして被害者であるという発言に、攻略対象たちの瞳が希望に満ちた。

 ラプツェの言うとおりだ、俺たちのラプツェが嘘をつくはずはないんだと言いたげな顔だ。


「……やはり、そう言い出すと思ったよ」


 しかし、オーウェンは一切焦る様子は見せず、ジェシカの肩を優しく叩いた。落ち着いてと言われているようで、ジェシカの心の荒波が少しずつ凪いでいく。


「確かに、クリフにも、彼の部下たちにもジェシカの自室内の行動までは見張るよう命じていない。ジェシカに嫌われたくなかったしね。だが、ジェシカは無実だよ」

「何を根拠に、そのようなことを!」

「アーサー王子、キャンキャン吠えないでくれないか。今から、ジェシカが無実であることを証明しよう」


 オーウェンはそう言うと、ジェシカの足元に落ちている土魔法の一部を拾い上げた。

 その瞬間、ジェシカとメイが「あっ」と声を上げた。


「冷静になれば簡単でしょ? ジェシカ」

「うん……。何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……」

「仕方ありませんわ、ジェシカ様。あの状況で冷静でいられるはずがありません」

「二人とも……ありがとう」


 穏やかな笑みを浮かべているオーウェンと慰めの言葉をくれるメイに礼を告げたジェシカは、オーウェンから土魔法の一部を受け取った。

 そして、ジェシカはラプツェと向き合うと、手のひらに乗せた土魔法の痕跡を見せた。


「先程、ラプツェ様は私に魔法で攻撃されたと言いましたよね?」

「え、ええ! そろそろ事実をお認めになったら!?」

「それはこちらのセリフです。──何故なら私は、火、水、風の三属性の魔法は扱えても、土魔法にのみ適性がないからです。そしてラプツェ様、貴女は土魔法の適性がありますよね」

「そ、それは……っ」


 扱える魔法の属性の数は、後天的に増えるものではない。

 更に、魔力を持つ者の適性属性は国で管理されており、偽れない。


「フリントン公爵令嬢、ジェシカと君の適性属性については、国の管理課に確認済みだ。言い逃れなどできない」

「あ……あ……っ」


 ぺたんと尻餅をついたラプツェを、オーウェンは慈悲のかけらもない氷のような瞳で見下ろした。


「自作自演で、ジェシカを陥れるために、魔法で攻撃されたと騙るような愚かな君の言葉を、一体誰が信じられる?」

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