新章72晴れのち血の雨
NO.88晴れのち血の雨
「やぁ、久しぶり。オルフェン。あっ、『金星』って読んだ方がよかったかな?」
「ぁん? どっかで会ったか?」
やけに親しげな問いかけに、混乱を隠しきれないままの『金星』――オルフェンが応じる。
砂埃の中からゆっくりと立ち上がる体には、目立った外傷はなく、多少ふらつきながらも余裕のある表情を崩さない。
「ひどいなぁ……ほら、3年前に会ったじゃないか」
3年前。その単語を耳にした瞬間、オルフェンの表情が一変し、困惑から納得へと染め上がっていく。
「ぁんだよ。領土統合戦争の関係者か」
「そっ、一応これでもギルドマスターだからね……ねぇ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「よくね――」
「メギドはどこにいる?」
有無を言わさず放たれたひと言。そこに含まれた『メギド』という単語を聞いた瞬間、オルフェンの様子が急変する。
驚愕しているような、怯えているような……少なくとも、先程までの落ち着き払った態度は見る影もない。
「し、知らねぇよ」
「そんな訳ないでしょ。まぁいいや。どうせダメ元で聞いただけだし……っととと」
不意打ちで殴りかかってきたオルフェンを、クロスが難なくかわし、お返しとばかりに肘打ちをかます。
顔の中心に肘打ちを喰らったオルフェンは、そのまま後方へと吹き飛び、壁へと逆戻りしてしまう。
「ざっけんなぁ! あの方を……メギド様を知ってる奴は殺さねぇと、俺が殺されるんだよおぉ!!」
声を裏返るほど張り上げながら、再びオルフェンがクロスへと迫る。
しかし、渾身の力を込めた一撃でさえも、クロスにダメージを与える事はなく避けられ続け、結果として虚しく床を叩くのみとなってしまう。
「避けんなよぉ!! 頼むから!」
「やーだね。そもそも、殺されろって言われて『はいどーぞ』ってなる訳ないでしょ」
一撃の威力重視から、手数へと重点を変えたオルフェンだったが、それでもクロスには届かず、ただ空を切るばかり。
どころか、すれ違うごとに殴りつけられ、劣勢となる一方だ。
一手。振り翳した光の斧がクロスの腕に軽々と弾かれ、お返しとばかりに放たれた回し蹴りが側頭部を直撃する。
二手。今度は背後から斬りかかろうとするも、首の動きだけで避けられ、裏拳が鼻筋を強打する。
三手。多少ふらつきつつ再び迫るが、もはや避ける動作もなく膝蹴りが炸裂し、顎を砕く。
「ねぇ、そろそろ諦めたら?」
『圧倒的』そうとしか言い表しようのない実力差が、2人の間には横たわっている。
実際、オルフェンの方はすでに満身創痍なのに対して、クロスは未だ息ひとつ上がっていない。
「できるわけねぇだろぉ!」
絶叫と共に、オルフェンは距離を取り、何やら手を前にして構える。それを止めるでもなく見守るのは、時間かかっているからか、やけに不満げなクロスだ。
「止めなくていいのかよ。後悔することになんぜ?」
「どーそご自由に。どうせ効かないし」
耳をほじりながら言い放たれた煽りに、オルフェンは顔を真っ赤にするも、決して先ほどまでのように激昂する事はない。
着々と準備をしていき、数秒後に呪文を唱え終わり、構えた手のひらに拳大の光の珠が出来上がる。
「へー、筋肉ってそういう仕組みなんだ。魔力を筋肉に変換する感じ?」
クロスの言う通り、魔法を構築している最中から、だんだんオルフェンの体は萎んでいき、魔法が完成する頃には元の体型に戻っていた。
「その薄ら笑いをいつまで浮かべてられっかな?」
「あっははは! 君が死ぬまでに決まってるでしょ」
「へっ! 言ってろよ!!」
構えたままのオルフェンがグッと両腕に力を入れると、光の珠がより強く発光し、立っている辺りの地面が溶ける程の強い熱すら持ち始める。
「おー、確かに。大分気合い入れて作ったもんだねぇ。けと、まだまだなってない」
言葉ほど感心した様子もないクロスが、10数メートルほどある距離をゆっくりと縮めながら、諭すように語り始める。
「冥土の土産に教えてあげよう……ぷっ、これ言った初めてだな。魔法で大切なのはイメージってのは、周知の事実だと思うけど、じゃあなんでイメージなんだと思う?」
『はいどーぞ』と言わんばかりにクロスが手のひらを向けるが、肝心のオルフェンは一切応えるそぶりがない。
その様子に嘆息しつつも、止まることなく続ける。
「魔法の優劣を決める要因は主に3つ。ひとつ目魔法の階級。ふたつ目は込める魔力の量。で、3つ目が練度。イメージってのは、この3つ目に直結するんだよ」
魔法に集中し切っているオルフェンは、決して返事をする事はないが、クロスの方はお構いなしだ。
「覚えたての頃なんかは、魔法を構築するだけで手一杯だから、精度なんて気にしてる余裕はない。けど、慣れて来ればその分脳のリソースを魔法の能力向上に割ける」
一方的に言葉を叩きつけていたクロスだったが、そこまで言い終わったタイミングで立ち止まり、左手をオルフェンに向けてかざす。
「僕はその辺結構自信があってね。身をもって知ってもらうのが一番早いと思うし、勝負といこうじゃないか」
かざしたクロスの左手に、小さな魔力の珠が生成されていく。その大きさは、オルフェンのものとは比べ物にならないほど小さく、素人目で見ても格段に劣っているのがわかる。
しかし、放つ輝きは劣っておらず、見劣りする大きさとは対照に圧倒的な質量を秘めていた。
「今使おうとしてるの、結構大技でしょ? 僕は初級魔法で迎え撃つから、どっちが勝つか勝負しようよ!」
「頭おかしいのかてめぇ」
「ひっどいなぁ、ハンデだよハーンーデー! そうじゃなきゃ勝負にならないじゃん」
あまりにも舐め切った態度に、オルフェンが盛大に舌打ちするも、クロスの方は調子を崩さず煽り顔で小さく笑ったのみだ。
「後悔させてやんよ! 『煌天エクスティンクション・レイ』」
「いいねぇ! そういうの嫌いじゃないよ! ……『ファイアボール』」
オルフェンが放った魔法は、数ある魔法の中でも最上位に位置する『禁忌級』――中でも対人制圧力に長けている代物だ。
解き放たれた極太の光線は、クロス目掛けて一直線に進んでいく。その射線上の地面は、あまりの温度に耐えきれず、液状化した上で沸騰までしている。
対して、クロスの放った火球は、大きさこそあくまで拳大なものの、オルフェンのものと同等かそれ以上の破壊力と熱量を持って、辺り一体を蹂躙していく。
そして、ふたつが交差した瞬間、凄まじい衝撃と共に光線の方が弾け飛び、未だ勢いの衰えない火球のみが、オルフェンへと突き進んでいく。
眩い閃光と共に、オルフェンの立っていた場所が一瞬で蒸発する。
呆気なく戦いは終結したかに思われたが――
「あれ? 外れた?」
クロスがそう感じたのは、一切手応えがなかったからだ。
直撃していれば、悲鳴なり、爆発音なり、とにかく何かしらの音がするはずだが、全くと言っていいほど何も聞こえない。
それどころか、少し経った今になって、やっと壁に衝突したことで生じた爆発音がクロスの耳に届いた。
そして、爆発音に乗じて床が蒸発したことで発生した湯気の中から影がひとつ。
それも、逃げるような形で左側に向けて走り出す。
「まさかっ!!」
「へぁっはっはは! ざまぁねぇなぁ!! さっきのガキどもだけでも殺してやらぁ!」
風のように駆け抜け、出口に手をかけるオルフェン。それを見届けるしかないかと思われたが――
「はーい。捕まえた」
「なぁっ――ッ!」
勢いよく扉を開けた瞬間、目の前にいたのは先程まで動く気配のなかったクロスであり、オルフェンは伸ばされる手に反応できずそのまま顔面を掴まれる。
「僕の命より大切なものに手を出したんだ。覚悟はできてるよね?」
ニコッと、いつもと同じ調子で笑いかけられ、オルフェンが感じたのは恐怖だった。
底なしの恐怖心だけが植え付けられ、抵抗することも声を出すことさえも許されず、クロスの手の中で震える他ない。
「まて――」
「待たないよ。『血の雨』」
最期に絞り出したひと言さえも遮られ、『ボシュン』という間の抜けた音と共にオルフェンの身体が蒸発する。
そして、何もない空間からかつてオルフェンだった赤色の液体が降り注ぎ、クロスの体を紅く染め上げていく。
「終わったよ。真宗くん」
最後に小さく放たれた言葉は、雨音にかき消され、クロス自身でさえも声の震えに気づくことはなかった。
そして、この時を持って長くも短い『東共奪還作戦』は本当の意味で幕を下ろした。
………………………………………………………………
Go to the next state!!
どもども!久々の2日連続投稿でございます!雅敏一世です♪
祝!新章第一幕完結!ひゅーひゅー!!
まぁ、わかります。なんか中途半端なのは認めますよ。でもですね〜、こっからは次章にしたいのですよ作者心としては!
ということで次章、『灼熱大陸編』乞うご期待ください!
ではでは、また会いましょ〜♪




