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ヘタレ魔王の英雄烈伝!  作者: 雅敏一世
新章第二幕 灼熱大陸編
119/124

新章97 どん底からの帰還




NO.113どん底からの帰還


         大罪系スキル『強欲』


 その権能はシンプルだ。触れた相手のスキルを奪う。『強欲』の発動中、相手はスキルを使えない。ただそれだけの能力。

 しかしながらその凶悪さは語るまでもない。


 5分という制限こそあるものの、自身の強化と相手の弱体化を同時に行うことができる。


「奪った時にスキルの使い方まで分かれば、こんな回りくどいことしなくて良かったんだけどな」


「おい待て! 俺を生かしてくれるって言ったよな? 殺されねぇんだよな?」


「うるせぇな。そう言ったろ」


 真宗たちの方にかけられた『動物魅了(アニマルキングダム)』の効果を消すことはできなかった。

 現在は、ヒュート自身にその効果を最大値でかけることにより相殺している。


 それはつまり、この森中の獣がヒュートを目掛けて来るということ。


「ただの迷子探しかと思ってたが、久しぶりにヘビィな仕事だなぁ。おい」


 面倒くさそうに口にするヒュートが、腕から血を撒き散らしながら準備運動を始める。

 

「ギャオォォォ――!!」


 けたたましい雄叫びと同時に、正面の壁が崩壊した。雪崩れ込んでくる狼達が一瞬にして肉塊へと変わる。


 「流麗」そうとしか形容し得ない、美しい剣技にビルすらも見惚れていた。そして、舞を踊るような剣術を可能としているのがヒュートが手にする剣だ。


 龍骨の様相を呈したその剣は、引き抜いた瞬間こそ見た目以外に特徴の無い片刃の剣だった。


 しかしその実態は、ヒュートが柄の部分にあるロックをはずすと関節に当たる部分が分離、糸状の物に繋がれた鞭のような姿へと変貌を遂げる蛇腹刀であった。


「おい、本当に大丈夫なんだろうな!?」


「いい加減しつけぇぞ! いくら束になろうと所詮ただの犬っころだ。つーか、お前のせいでこうなったんだろ」


 本人が口にする通り、四方八方か襲い来る狼に対して、最小限の力で的確に首を()ね続けている。

 その力加減と斬撃の方向は絶妙であり、刎ねた首がうまく外に出るよう調整している。


 結果として、ヒュートとビルの周りには狼たちの首どころか血の一滴たりともかかっていない。


「ただの犬……とはいえ、こんだけ多いと流石に鬱陶しいな」


 その言葉を皮切りに、ヒュートのギアがひとつ上がる。しかし、小屋を取り囲むように散らばっている屍を飛び越える狼の群れも止まることはない。


 状況は悪化してこそいないものの、好転しているわけでもない。加えて、生態系への影響を考えても、このまま向かってくるのを片っ端から殺していくわけにもいかない。


 あと3分もすれば『強欲』の効果が切れ、このラッシュも収まるのだが、もうすでに100匹は切り捨てている。これ以上は取り返しがつかなくなってしまう。


「しゃーねぇ。やるか」


 何かを思いついたヒュートは、剣を振るう手を止め、(おもむろ)に地面へとその刀身を突き立てる。


「“六芒:千影玄樹”」


 詠唱と同時に地面から伸び出した木の根が、今なお襲い掛かろうとする狼達に絡まり、その場へ固定する鎖となる。


 それを見たヒュートは、満足そうに微笑むと、足元に転がっているビルを担ぎ上げて走り出す。


「おい、どうするつもりだ!」


「このまま兄貴たちと合流するんだよ! 道中の奴らを全員コマ結びにしながらな!」


 肩の上で喚き立てるビルを他所に、やけにハイテンションな『勇者』が森を駆ける。

 その速度は凄まじく、このままいけばすぐ馬車に追いつく。


 ただ、この方法で突破するにはどうしても懸念点がひとつ残――


「お前、こんなところで何やってんの?」


 ヒュートが走った跡には、先程宣言した通り無数の根の塊が蠢いている。

 その中に、どう見ても狼に見えないものがひとつ。


「たすげで」


 今にも泣きそうな声で助けを呼ぶのは、およそ助けを必要としているとは思えないトンチキな格好で根っこに絡まるモルドだ。

 仕方なく片手に携えた愛刀で根から切り出してやると、モルドはその場に両膝をつき両肩で息をする。


「た、助かった」


「あー、解放されてすぐにわりぃんだけど動けるか? 今結構無理してるから早めに馬車まで行きてぇんだ」


「べ、別に大丈夫だが、何かあるのか?」


「あぁ、ちょっとな」


 ヒュートの懸念的、それは狼たちを拘束しているこの魔術にある。

 一般的な運用であれば、『勇者』としての莫大な魔力量も相まって大した問題にはならない。


 では、襲いかかってくる狼たちを片っ端から拘束していく使い方が、その「一般的な運用」に当てはまるかと問われれば、答えはNoだ。


 かと言って、死に物狂いで噛み殺しに来る相手を、魔力なしで無力化するのはあまり現実的ではない。

 いくら場数を踏んでいるヒュートと言えど、少しでも気を抜けば無事では済まなくなってしまう。


 さらには、連絡が遮断されたこの環境だ。数日もすれば助けが来るだろうが、この量の魔獣が跋扈する森で怪我でもしたとなれば、助けが来る頃にはただのオヤツと成り下がることになる。


 そんなわけで、この賭けに打って出ることが最適であるとヒュートは導き出した。

 最悪魔力が切れそうになったらまた最初のように切り刻めばいいのだが、そうなればクロスから大目玉だ。それは避けたいヒュートなのであった。


「で? 結局お前はなんであんな所にいたんだ? 姿が見えなかったから、てっきり兄貴たちと先に行ったと思ってたのに」


「俺もそのつもりで着いて行ったんだけどよ。速攻ではぐれてな。それからずっと狼共に可愛がられてた所をお前が助けてくれたってわけよ」


 あまりにも間抜けな返答に、一瞬本当にこいつをギルドに引き入れてもいいものかと考えたが、約束してしまったものは仕方がない。


 それに、助けられたのも事実だ。仕事となればキチンとこなしてくれる……はず。

 そう言い聞かせるヒュートの視界が不意に晴れ、見慣れた馬車が眼前に映る。


「良かった。まだそんなに遠くまで行ってなかったみたいだな」


 そして、ちょうどタイミングよく『強欲』の効果が切れた。あとは、真宗たちにかけられたスキルを、ビルに解かせるだけ。


「おーい! ヒュート!!」


 悠然と進む馬車から、見慣れた顔がひょっこりと現れる。

 ほのかな安堵感と共に、走る速度を上げて馬車の荷台に飛び乗る。


 定員の関係上、ヒュートとモルドが乗る分だけで限界のため、ビルは荷台にくくりつけておかなければならない。


「おっと、その前に。兄貴たちにかけたスキルを解け。でなけりゃこのまま引きずっていくぞ」


 多少の脅しをこめて言うと、もはや口を開く余裕もないビルが、コクコクと首を縦に振る。

 本当に解除されたか確認する術はないが、この期に及んでまだ抵抗する気力もないだろう。


 テキパキと荷台にビルを縛りつけ、ヒュート自身は先に中へと入ったモルドを追いかけ、座席へと向かう。


 それがそのまま合図となり、ようやくこの長くて短い救出任務が終わったのであった。


…………………………………………………………………

To be continued

どもども!!毎度お久しぶりです!雅敏一世でございますよ〜♪

さて、終わる終わる詐欺だった救出任務編ですが、とうとうこれにて完結でございます。いやぁ、忙しい時期と重なったとはいえ1年以上かかるとは……時の流れとは残酷なものですね。次回からは、褒章授与式、改め建国祭編です!お楽しみに!

ではでは、また会いましょ〜♪

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