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ヘタレ魔王の英雄烈伝!  作者: 雅敏一世
新章第二幕 灼熱大陸編
118/124

新章96 『強欲』たる所以




NO.112『強欲』たる所以


 緊急事態、そう発覚してからのヒュートは早かった。


「俺が囮になる。兄貴たちは、ガキども連れて馬車で脱出してくれ!」


 何をしたのか問いただそうとするよりも早く、全員に指示を出してビルに向き直る。


「囮ってどうするんだよ! 第一、ここから出たらそっちの方が的になるだろ――」

「兄貴。頼んだ」


 端的。だが、言葉に込められた意思は決して軽くない。目を見ればわかる。その真意は「信じてくれ」ではなく、「信じている」だった。

 ここまで信頼されたら、こっちも信じるしかない。


「おら、早くいくぞ真宗!」


「おう!」


 リズも同じように汲み取ったらしく、すでに両脇へと2人抱え込んでいる。

 かく言う俺も、さっさと2人抱きかかえ、これで準備はできた。


「悪い、ルティス。2人ずつが限界だから、自力で着いてきてくれるか?」


「え? は、はい!」


 ルティスの返事と同時に走り出す。正直、帰り道はうろ覚えだけど、先に飛び出したってことはリズが覚えててくれてるんだろ。


♦︎♦︎♦︎


「行ったか」


 ビルの首根っこを掴み、組み伏せているヒュートがボソリと小さく呟く。


「やっと好き放題できるな。あんまり残酷なとこ見せると、教育上良くねぇし」


 ずいっと、顔を近づけたヒュートが勇者とはお前ない凶悪な笑みを見せる。


「あの魔獣ども、お前の仕業だろ? なぁ、どうやったのか教えてくれよ。そうすれば、命は保証する」


「はっ! 舐めんなよ。もう組合員もほぼ居ないが、これでもゾラークの支部長なんだ……がぁっ!」


「国語のお勉強が足りないな。俺は、()()()()()()()生かしておいてやるって言ったんだぜ?」


 だんだんと首を掴む手に力を込めていき、頭蓋骨と床が擦れてミシミシと乾いた音が鳴る。


「素直に聞いておいた方が、身のためだと思うんだがなぁ。まっ、そんなに生き急ぐなら止めやしないけどよ」


 床が軋むほどの力で押さえつけられ、ビルの顔がピンク色に染め上がっていく。


 気絶されると面倒なため、少しづつ焦りが見え始めたヒュートに気づいてか、それとも気づかずか、とうとうビルが口を開く。


「わがっだ。がら、でぇはなじでぐれ」


 それを聞いたヒュートは、ゆっくりと力を抜いた後に手を離し、代わりにビルの両腕を押さえる。

 手を離されたビルは、打ち上げられた魚のようにパクパクと必死で空気を求めて口を動かす。


「げほっ、お前の睨んでる通り、魔獣を引き寄せてるのは俺のスキルだ。これで満足か?」


「んー、もうちょい詳細が欲しいかな。具体的には解除方法とか。無理なら発動方法でもいいけど」


「解除は無理だ残念だったな。だが、発動方法なら教えてやってもいい」


 先ほどの必死さは何処へやら、余裕を取り戻した途端に勿体振り出したことに腹が立ったヒュートが無言のまま腕の力を強める。


「いってぇな! ちくしょう……はぁ、匂いだ。触れて匂いを付けた相手に生き物を引きつけんだよ。発動対象はこっちで選択できるから今はアイツらの所にしか集まらない。残念だったな、囮作戦は意味ねぇぞ」


 先ほどのヒュートに負けず劣らず凶悪な笑みを浮かべるビルに苛立つも、平静を保ち微笑む。


「そうかそうか。で? 匂いの強さで効果が変わったりとかは?」


「あぁ、するぜ。けどよ、さっきから言ってる通り――」

「おーけい。だいぶ分かってきた。もう十分だ――『強欲』」


 この状況で尚も煽ろうとするビルを遮り、ヒュートが掴んでいた腕から手を離して、ビルの額に手を当てる。


「あー、クソ。兄貴たちのをこっちで解除はできないのか」


 アホ面で口をポカンと開け、呆然とするビルをよそに、ヒュートは頭を掻きむしる。


「ちっ、しょうがねぇ。こっちに引き寄せて迎え撃つしかないな」


 そう言いながら背負っていた剣を引き抜き、無造作に自身の腕へと突き立てる。

 鼻をつくような血の匂いが広がり、あっという間に狭い小屋を満たす。


「お、おい! 何してんだ!」


 流石に動揺を隠せないビルが叫ぶも、ヒュートは動じない。

 そして、腕から流れる血をそのままに、窓を開け放つヒュートが振り返る。


「安心しろ。お前は死なせない。きっちり生き残って、これまでの罪を償ってもらう」


♦︎♦︎♦︎


「良かったんですか? あの人置き去りにしちゃって」


 心配そうな顔で後ろを振り向きながらルティスが聞いてくる。


「んー、まぁ心配と言えば心配だけど、頼まれちゃったからな。それに、こういう時は現場慣れしてるやつの指示に従った方がいいだろ」


 正直な話、これに尽きる。信じる信じない以前に、そもそも踏んでいる場数が違う。ヒュートが最善だと判断したなら、何かしろ俺らには想像もつかない理由があるんだろう。


 「なるほど」と納得した顔のルティスを尻目にひた走る。

 幸い大した距離じゃないから、ルティスが着いて来れなくなることも無いはずだ。


「……って、おぉい! バテるの早ぇよ!」


「だ、だって……」


 膝に手をつき、肩で息をするルティスに一瞬「お約束かよ」と言いかけたが、こいつのこれまでを思えばある意味当然なのかも知らない。


 いや違うか。いくらなんでも、1分持たずにダウンは体力なさすぎだろ。

 しかも、全力疾走ならともかくジョギングくらいの速度だ。


「しょうがねぇなぁ! 乗れ! 早く!」


「面目ない」


 息を切らすルティスに背を向けてしゃがみ込むと、ヘロヘロと力なく捕まってくる。

 ほっそいなぁ、くそ。


「おい、どうした?」


 ルティスを背負って立ち上がり、走り出そうとした矢先、少し離れた位置で心配そうにこちらを振り返っているリズが見えた。


「大丈夫。ルティスの体力がクソ雑魚だっただけだ」


「そうか。この奥魔物が彷徨いてるみたいだから気をつけて行くぞ」


「おう! 任せた」


 我ながら他力本願が過ぎるけど、今回ばかりは両手塞がってる上に背中にも1人背負ってるからしょうがないと思いたい。


「おい、お前も戦えよ」


「背負われておいてなんですが、もうちょっと言い方どうにかなりませんかね」


 双方ツッコミが飛んでくるが、非常時だしスルーだ。

 そんなやりとりをしているうちに、目の前を(たむろ)していた狼たちがそそくさと移動し始めた。


「あれ? あいつらどっか行ったぞ?」


「本当ですね。けどあっちって小屋の方では?」


「そういえばそうだったな。ヒュートのやつ無事だといいけど」


 と、心配してはみたものの、実際はヒュートがなんとかしてくれたんだろう。思えば囮作戦の発案者もあいつだし、何かしら考えがあったんだろうな。


「なぁリズ、これって多分ヒュートのおかげだよな?」


 こちらには目もくれない狼たちを横目に、一応気をつけながら小走りで進む途中、ふと気になったことをリズに聞いてみる。


「だろうな。狼どももあからさまに小屋に目掛けて走って行ったし」


「何したか分かるか?」


「しらね」


 バッサリだなおい。俺が知らないだけでリズなら『強欲』の権能を知ってるかと思ったんだけどな。そういうわけでもないらしい。


 そういえば、『強欲』の能力って想像つかないな。いや、正直他の勇者も別に想像しやすいわけじゃあないんだけども。


 比較的分かりやすい『暴食』とかと違ってなんか抽象的だし。


「おい! 見えてきたぞ!」


 前を走っていたリズが振り返って叫んだことで、ようやく乗ってきた馬車がすぐそこだと気づけた。


「まぁ何はともあれ、こっちはひと段落。だな」


「まだ油断はすんなよ。馬車だって絶対安全ってわけじゃねぇんだ」


 ルティスたちを客席に詰め込み、俺はラティスたちの方へ、リズは見張りも兼ねて御者台へと乗り込む。


 ヒュートのことは心配だけど、正直勇者で対処できない状況を俺がどうにかできる気がしない。


 心配してもしょうがないことで無駄に心配するくらいなら、俺は任されたことをキッチリやろう。


「まぁ何はともあれ、こっちはひと段落。だな」


…………………………………………………………………

To be continued

どもども!毎度お馴染み雅敏一世です!いやぁ、毎度遅くなって申し訳ない。終わる終わる詐欺の救出任務編、やっとひと段落ということで、ついに次回完結(予定)!投稿ペースの低下も相まって1年もやってるこの章ですが、とうとう次のステージへの進めそうです。

ということで皆さま、また会いましょ〜♪

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