新章93 もう大丈夫だよ
NO.109もう大丈夫だよ
この光景をどれだけ願っただろうか。
いつか、誰かが救い出してくれることを。
いつか、誰かが憎き元凶を打ち倒してくれることを。
「ほら、このゴミはもうボコボコにしたからもう大丈夫――!? ちょ、そんなに辛かったか!?」
「え?」
ギョッとしたような真宗の反応で、自分が泣いていることに気づく。
ありがちな話だが、いざ自分のこととなるとこんなに気づかないものなのか。
「えっと、これはその……違くて」
感情の収拾がつかない。それもそうだ。先程まで絶望に暮れていたところで、いきなりすぎる。
「なんていうか、ちょっとまだ現実味が……」
とりあえず、真宗が突き出してきたビルの顔をペシペシと手の甲で叩くが、反応はない。
無抵抗なまま、うわごとのように「帰りたい」と呟いている。拠点はここだから、帰るも何も無いだろうに。
「とりあえず、ありがとうございます」
「ほんとお前はませてるというか何というか。もうちょっと喜んでもいいんだぞ?」
そんなことを言われても、まだ実感がないのだから仕方がないだろう。
10年。10年だ。子供にとって大きすぎるこの年月を、ずっと虐げられて過ごしてきた。
誰に頼ることも許されず、したくもない犯罪行為に加担させられて。
それがいきなり終わったというのだから、現実を受け入れるのに時間がかかるのも無理はない。
「本当に終わったんですか?」
「だからそう言ってるだろ」
「何を言っているんだ」とばかりに首を傾げる真宗を前に、ルティスの心にはひとつの疑問が浮かんだ。
これからどう生きていけばいいのだろう?
普通なら孤児院に入るところなのだろうが、過去の経験からどうしても不信感がある。
それに、孤児院というものは基本的に経営がギリギリのところが多い。実際ルティスが以前いたところは、10数名を養うのでやっとだった。
いきなり5人も受け入れてくれるところなどないだろう。それなら、働きに出るしかない。
どうやって? 弟たちはまだ5歳だ。仕事ができるような歳ではない。まともな企業なら、まず雇ってくれないだろう。
かといって、劣悪な環境で働くのなら、ここから抜け出す意味はいったい何だったのだ。
どこにも、安寧の地など存在しない。こんな理不尽はない。一体、自分たちが何をしたというのか。
「おい、本当に大丈夫――」
「教えてください。地獄から抜け出した先に、待っているのがまた別の地獄なら、僕の……僕たちの10年は何だったんですか!!」
気づけば、力なく真宗の胸へと倒れ込んでいた。整理のつかないまま、感情が上下しすぎて体が追いつかなくなったのだろう。
「いや、地獄って。確かに頼り甲斐はないかもしれないけど、そこまで言わなくたっていいじゃんか」
「……は?」
「だから、しっかりしてるお前からすれば、頼りなく映るかも知らないけど、俺だって一応――」
「待ってください! 何の話をしてるんですか?」
「――? お前がうちに来た後の話だろ?」
さも当然かのような態度で話す真宗に、ルティスは唖然とするしかない。
「おい真宗。お前、自分が何言ってるかわかってるのか?」
「何だよ。リズは嫌なのか?」
「そうじゃねぇ。俺だって別にこいつらを引き取ること自体は反対しねぇ。ただな、こいつらに事情があるように、俺らにだって事情がある」
そう諭すリズの声は、ルティスたちに配慮してなのか、いつになく優しげだった。
「別に俺らは裕福でもねぇんだ。それを、セリカに相談もなく勝手な真似できねぇだろ」
「それは……まぁ、その通りではあるんだけどさ。きっとセリカがこの場にいても、同じこと言ってたと思うぞ?」
真宗の反論に、リズが押し黙る。セリカという人物がどのような人物かはわからないが、リズが「確かに」という顔をしていることから、真宗の言う通りなのだろう。
「というか、金銭面ならそこまで心配しなくていい」
「強盗か?」
「何でそうなんだよ。純粋に、セリカの給料が戻るからだよ」
なぜか得意げに語る真宗に、ピンと来ていないリズが首を傾げる。
「ほら、セリカって俺と契約するまでまともに戦えなかっただろ? だからその分、基本給がだいぶ少なくなってたんだよ」
「それが元の、勇者に支払われる相当分に戻るってことか」
「そういうこと。だから、余裕とまでは行かなくても、そこまで心配しすぎる必要はないってことだ」
ドヤ顔で親指を立てる真宗に、呆れ顔でため息をつくリズ。どうやら話はまとまったらしい。
「まぁ、どこまでも人頼りで情けないことこの上ないんだけどな」
「いつものことだろ」
「おい」
リズの発言に頬を膨らませた真宗が、こちらに向かってきて頭を撫でて来る。
「それにさ、助ける側にはそれなりの責任があると思うんだよ」
手つきはとても優しげだった。愛でるように、慈しむように。しかし、自分にはこの感情が何なのかわからない。
「助ける側の都合で、差し伸べた手を中途半端に引っ込めるなら、それはただ傷つけてるのと何も変わらない。だったら、最初から関わらないほうがましだ」
「真宗……」
「って、思えるくらいには俺も成長したのかな?」
「台無しだ全く」
そう悪態をつくリズの顔には、どこか満足げな色が浮かんでいた。
「もちろん、お前らの気持ちが第一だ。どうしてもって言うなら、一時預かりってことで里親を探すことになるだろうな」
先程まで頭をこねくり回していた真宗が視線を合わせて問いかける。
「ルティス……と弟たち、お前らはどうしたい?」
ずるい。と、そう思わざるを得ない。
だって、
「僕は――」
答えなんて、ひとつしかないから。
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To be continued
どもども!毎度お馴染み雅敏一世でございます♪
だんだんと書くことがなくなってくるあとがき、そろそろ納め時ですかねぇ……
まぁ、そのうちぱったりなくなるかもですが、しばらくはこのやかましいあとがきにお付き合いくださいませ。
それでは次回もお楽しみに!また会いましょ〜♪




