第二十五話 激闘、始まる
「なんだ、ずいぶんと可愛らしいレディがお出迎えだね?」
魔族に歩み寄ったウェインさんは、ニカッと白い歯を見せて笑った。
お、おいおい!?
もしかしてウェインさん、あの魔族の強さに全く気付いていないのか!?
あまりにも予想外過ぎる行動に、俺と姉さんは揃って目を丸くした。
仮に魔力を感じられないとしても、動きの隙の無さや迸る殺気で気づかないのか!?
「私はSランク冒険者にして、聖騎士のウェイン。今宵は人界からの使いとして参りました」
そう言うと、ウェインさんは懐から細長い筒を取り出した。
厳重に封印が施されたこれこそが、俺たちが魔界に届けることを命じられた品である。
形状からして、中には恐らく親書か何かが入っているのだろうが……。
詳しいことはギルドから預かった当人のウェインさんですら知らされていなかった。
一介の冒険者が知るには、内容が重すぎるのだろう。
「使いねえ……」
筒を一瞥したものの、どうにも信用していない様子の魔族。
人界と魔界のやり取りが途絶えて、はや数百年。
ある意味では当然の反応だった。
こうして境界の森の深奥まで人間が来ること自体が、久しぶりに違いない。
「ほかに、何か身分を証明するものは?」
「これでどうでしょう? 見てください、これこそが幻の――」
懐に手を入れると、何やらもったいぶるように溜を作るウェインさん。
いったい何を取り出すつもりなのだろう?
俺と姉さんは、どことなく嫌な予感がした。
そして数秒後、それは見事に的中する。
「プラチナギルドカード!!」
さながら相手に叩きつけるがごとく、ギルドカードを見せつけたウェインさん。
……行動としては、さほど間違ってはいない。
身分証明のためにギルドカードを見せることは、人界ではごくごくありふれたことだ。
しかし、残念ながら相手は魔族である。
ギルドカードを見せつけられたところで、反応できるはずもない。
「何だい、それは?」
「……このプラチナギルドカードを知らないというのですか?」
「うん」
あっけらかんとした態度で答える魔族。
そりゃ当然だ、流石の冒険者ギルドと言えども魔界に支部があるはずもない。
しかし、ウェインさんはこの魔族の返答がどうにも気に入らなかったらしい。
その眉間にピクピクと血管が浮かび上がり、身体が小刻みに震えだす。
「どいつもこいつも……! この私を、Sランクであるこの私を……!!」
「ウェ、ウェインさん!? 落ち着いて!!」
「そうだ、別に誰も貴殿のことを……」
「うるさいうるさーーーーい!!!!」
いきなり大声を出すウェインさん。
ドラゴンの咆哮さながらの大音響に、俺たちはたまらず耳を塞ぐ。
やがてユラユラとこちらを見る彼の眼は、理性の糸がふっつりと切れてしまったかのよう。
どうやら、旅の間に相当なストレスをため込んでいたらしい。
そしてそれが、今ここで爆発してしまったようだ。
「もういい! 今ここで、私の力を見せてやろう!」
「……あんた、私と勝負する気なの?」
「ああ。君を倒して、ここを通らせてもらおうじゃないか」
げげ、勝負を挑んじゃったよこの人!
まずいな、この魔族とは出来るだけ穏便に済ませたかったのだけど……!
俺と姉さんが慌てて魔族の方を見ると、彼女はちろりと舌なめずりをした。
その肉食獣を思わせるような眼差しは、既に戦闘態勢に入っていることを伺わせた。
「ふーん、いいよ。私も戦うの嫌いじゃないし」
「話が早くて助かる。さあ、かかってきたまえ。最初の一撃は君に譲ろう」
「ま、待てウェイン殿! そんなことしてる場合じゃない!」
「そうですよ! 相手に先に殴らせるなんて!」
俺たちは慌ててウェインさんを止めようとするが、もはや聞く耳など持っていないようだった。
こうなったらもう、多少強引でも実力行使して辞めさせるしかないか……?
俺と姉さんが互いに顔を見合わせた、その瞬間。
魔族の少女は一気に前傾姿勢を取り、一歩前に踏み込んだ。
――爆発。
地面が爆ぜ、少女の身体が音に迫るような速さで飛び出した。
その圧倒的な速度に、ウェインさんはついていくことができない。
「あべばっ!?」
異様な呻きと共に、ウェインさんの身体が吹っ飛んだ。
そのまま近くの木に叩きつけられた彼は、崩れるように地面に倒れ込む。
俺たちが慌てて駆け寄ると、ウェインさんはゆっくりとではあるが顔を上げた。
かろうじてではあるが、息はあるようだ。
攻撃を耐えたというよりは、恐らく生かされたのだろう。
俺は急いで上級ポーションを取り出すと、ウェインさんの口に突っ込む。
「けほっ!! けほけほ!」
強引にポーションを飲まされ、むせるウェインさん。
しかし、その顔色は先ほどまでよりもずっと良くなっていた。
流石は上級ポーション、値が張るだけあってすごい即効性だ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とか……」
改めて、魔族の少女の方を見やるウェインさん。
彼は顔つきを険しくすると、重みのある声で告げる。
「あいつ、相当強いぞ……。見た目に惑わされて、油断するな!」
いや、油断したのはウェインさんだけだよ!!
俺と姉さんは、普通に警戒してたから!!
さっきからそういう雰囲気、一杯出してるのに!!
まったく空気の読めないウェインさんに、俺たちは揃って頭を抱えた。
この旅、もしかして俺と姉さんだけで来た方がよっぽどスムーズだったんじゃ……。
そんなことを思っていると、魔族の少女が呆れたように声を掛けてくる。
「ねー、そろそろこっちの相手もしてほしいんだけどー」
「ダメですよ! ウェインさんはもう、戦える状態じゃありません!」
「そいつはもういいよ。だから、君たちが出て来てくれない? 特にそっちのおねーさん?」
そう言うと、ライザ姉さんに向かって笑いかける魔族の少女。
口調こそからかっているようだが、その目は真剣そのもの。
姉さんの強さを察しているらしく、侮るような気配は一切なかった。
「……良かろう。いずれにしても、もはや戦わねば通してはくれぬのだろう?」
「もちろん。戦って力を確かめさせてもらわないと」
魔族の少女はスカートの裾を持ち上げると、貴族よろしく優雅な礼をした。
その身から放たれる魔力が、にわかに圧力を増す。
ぞわりと肌が泡立つような風が吹き、身体がしんと冷えた。
「私は魔王軍第二師団団長、流星のアルカ。よろしく」
「これは、なかなかの大物だな。私もきっちり名乗らなければ、失礼に当たるか」
目元を愉しげに歪め、不敵な笑みを浮かべる姉さん。
彼女はふうっと大きく息を吸うと、やがて意を決したように告げる。
「私は第二十三代剣聖のライザだ」
静かに、だが凛々しく力強い声が森に響いた。
剣聖と魔族の戦いが、今始まる――!!




