第二十四話 高位魔族
「どうしたんだい? 急に、青い顔をして」
ウェインさんがひどく呑気な顔で話しかけてきた。
俺はトクンと息を呑むと、できるだけ平静に告げる。
「すごく大きな魔力があります。魔石とかじゃなくて、間違いなく生き物です」
「魔物か魔族と言うことか?」
「ええ、恐らくは魔族だと思います」
俺がそう告げると、にわかに皆の表情が険しくなった。
ウェインさんも打って変わって青ざめた顔をすると、微かに震えた声で尋ねてくる。
「大きいって言うと、どのくらい?」
「この感じは……シエル姉さんぐらいですかね?」
「シエル姉さん?」
「あ、違います違います! ヒュドラよりちょっと大きいぐらいです」
「ヒュドラ!?」
素っ頓狂な声を出すウェインさん。
それに合わせるように、仲間の女性たちがブルブルと震え始めた。
ヒュドラと言えば、魔物の中でも最上位に近い存在。
国の一つや二つ、消し去ってしまうようなものである。
怯えるのも当然で、俺も実際に見た時には死を覚悟したからなぁ……。
「ヒュドラより少し大きい、か。何とかなりそうだが、油断はできないな」
「な、何とかなるのですか……?」
「当然だろう? ウェイン殿もSランクならば、どうにかなるのではないか?」
さも当たり前のような口調で、聞き返す姉さん。
するとウェインさんは、冷や汗を搔きながらもその言葉に頷いた。
確か、冒険者のランクと魔物のランクは必ずしも対応しないって聞いたことあるけど……。
さすがに、魔界行きの依頼を任されるだけあって優秀なようだ。
「そ、そうですね! 私はSランク冒険者にして聖騎士! ヒュドラだろうが、倒して見せますよ!」
そう言って胸を張ると、ずんずん歩き始めたウェインさん。
今までの怯えた様子はどこへやら、その姿は驚くほどの自信と気迫に満ち溢れていた。
これが、Sランク冒険者の本気か……!!
ヒュドラ並みの強敵が待ち受けているというのに、その歩みは先ほどまでよりずっと早い。
「なかなか良い覚悟ではないか。ジークも大丈夫か?」
「はい。俺も、あの時から少しは成長したつもりですから」
以前の俺は、ヒュドラを相手に時間稼ぎをすることしかできなかった。
しかし、冒険者としての生活やシエル姉さんとの戦いを経て俺も少しは成長できたはずだ。
いまなら勝てるとはいかないまでも、少しはまともにやり合える……と思いたい。
それに俺たちは、魔族と戦いに行くわけではないのだ。
うまく話がつけば、何事もなく門を通してもらえる可能性だってある。
「よし、行くぞ! ウェインに続け!」
「はい!!」
こうして歩き続けること、小一時間ほど。
俺たちの目の前に、天を衝くほどの巨大な門が姿を現した。
周囲の壁よりもさらに背が高く、距離感がおかしくなってしまうようだ。
近づけば近づくほどに、自分が蟻にでもなってしまったのではないかという錯覚を覚える。
「つくづく、魔族というのは大きなものが好きなようだな」
「ですね。城がまるっと通り抜け出来そうなぐらいだ」
「そ、それより魔族は? 姿が見えないが、ひょっとしていないのか?」
門の前に立つと、その場で思い思いに感想を述べる俺たち。
一方で、ウェインさんは戦いを前に気が逸っているのだろう。
周囲を見回して、門番の魔族がいないかをしきりと探っていた。
あれだけ巨大な魔力を発しているのだから、てっきり体の大きい魔族かと思っていたのだが……。
それらしき姿は、どこにも見当たらない。
ウェインさんが言う通り、どこかに去ってしまったのだろうか?
だが、その割にはちゃんと魔力は感じられるんだよな。
「妙ですね。魔力はあるのに姿は見えない」
「ここは魔界にもほど近い土地だ。魔力探知も、狂ってしまっているのではないか?」
「それはないと思いますけど……」
「とにかく、門は見つかったんだ。さっさと通り抜けてしまおう、戦わないならそれに越したことはない」
そそくさと、足早に門を通り抜けてしまおうとするウェインさん。
彼は巨大な扉の前に立つと、力いっぱいそれを押し始めた。
しかし、恐ろしく巨大な門だけあってビクともしない。
やがてウェインさんの顔が真っ赤に充血するが、一寸たりとも門は動かなかった。
「クソ、なんて重さだ! おい、みんなも手伝ってくれ!」
「はい! すぐ行きます!」
「やれやれ、仕方ないな」
こうして俺たちが、ウェインさんの元に歩み寄ろうとした時であった。
不意に上から、女性のものと思しき声が振ってきた。
「あんた、バカじゃないのー?」
慌てて振り向けば、巨大な門の上に人影が見えた。
いや、正確に言えば……魔族の影だ。
身体は人間の少女のようであるが、その背中には黒い三対の翼が生えている。
「この門を人力で開こうなんて、ちょっと頭足りてなくない?」
「何者だ!!」
「人間はマナーがなってないなー。まず、自分から名乗ろうよ」
そう言うと、魔族の女は音もなく俺たちの前に降り立った。
スカートの裾がはらりと揺れて、微かに甘い匂いが漂う。
一見して、ドレスを着た可愛らしい少女にしか見えないが……直感するものがあった。
この女、とんでもなく強い。
姉さんたちと相通じるようなものがあると。
とっさに魔力探知を掛ければ、シエル姉さんにも匹敵するほどの反応があった。
「……あいつだな」
「ええ、間違いないよ」
姉さんもすぐに、この魔族の強さに気付いたようであった。
魔法を扱わない姉さんであるが、流石に強者の気配には敏感なようだ。
だが一方、ウェインさんはその見た目に惑わされて――。
「なんだ、ずいぶんと可愛らしいレディがお出迎えだね?」
何とも軽い調子で、魔族の方に歩み寄っていくのだった。




