第十八話 霧の先にいる者
「おい、どうするんだ!?」
ひどく焦った顔で、こちらに質問を投げてくるウェインさん。
俺も十中八九、あの猿たちは音を頼りにして動いていると思っていた。
そうでないと分かった今、とっさにうまい策が思いつかない。
「もう一度逃げるぞ! ウェイン、ドラゴンを出せ!」
「待った! もう囲まれちゃってますよ!」
「ならばどうする? さすがに、私もお前たちをそう何度も守り切れんぞ!」
そう言うと、苦虫を嚙み潰したような顔をする姉さん。
俺やウェインさんだけならまだしも、こちらには戦えない女性と図体のでかいドラゴンがいる。
それを投げ槍の嵐から守り続けるのは、さすがの姉さんも厳しいようだった。
「ここはいったん、俺が風で防ぎます! その間に対策を考えましょう!」
そう言うと俺は、再び黒剣に魔力を集めて呪文を詠唱した。
吹き抜ける風が渦を巻き、俺たちの周囲をすっぽりと包み込む。
こうして展開された風圧の壁は、見事に猿たちの放つ投げ槍を弾き返した。
へし折れた投げ槍が、風によってどこへともなく吹き飛ぶ。
それを見たウェインさんは、心底感心したように目を見開いた。
「なんだ、これがあれば無敵じゃないか! どうして早く出さなかったんだ!」
「風で身を守ったところで、動けなくてはじり貧ですよ。当面はこれで凌ぐにしても、すぐに打開策を考えないと……」
「この調子だと、魔力はどの程度持ちそうだ?」
「サンクテェールも同時に発動しているから……。あと二時間か三時間ですかね」
「ううむ、あまり良くないな……」
ウェインさんが聖石を持ち込んでいるため、俺が魔力を使い切っても最悪の事態にはならないだろう。
しかしながら、ここは境界の森である。
できることならば、魔力を使い切るようなことは避けたいところだ。
いつ何時、強敵が現れて魔法が必要になるかわからないのだから。
「とにかく、奴らが何に反応しているのか割り出さないと」
「音でないとするならば……魔力か? 奴らも魔力探知をしているとか」
「それはあり得ますね。だったら、いい方法がありますよ」
俺はそう言うと、マジックバッグの中からいくつかの魔石を取り出した。
そして、それを火打石のようにぶつけ合う。
――バァンッ!!
眼に見えない衝撃波が迸り、視界が一瞬ちらついた。
魔石の衝突によって、周囲の魔力が大きく乱れたのである。
魔力でこちらの動きを察知しているならば、これでほぼわからなくなったはずだ。
「んぐ、何か頭がくらくらとするな……」
「魔力酔いですね。しっかりしてくださいよ、これから結界を解いて様子を見ますから」
「わかった、頼む」
姉さんが剣の柄に手を掛けたところで、俺は結界を解除した。
たちまち風の音が収まり、周囲に静寂が戻ってくる。
さあ、来るのか来ないのか!
にわかに緊張が高まり、額に汗が浮いた。
そして――。
「ウホオオオンッ!!」
「おいおい、来るぞ!!」
「魔力探知じゃないのか!!」
ここが攻め時だと判断したのだろうか。
猿たちは一斉に槍や石を投げつけてきた。
その狙いは先ほどまでと同様に研ぎ澄まされていて、俺たちの頭を打ち抜かんとしている。
くそッ、これは予想外だったな……!
攻撃の嵐を凌ごうと剣を振るうが、やがて防ぎきれずに一発貰ってしまう。
「ぐっ!!」
「大丈夫か!?」
「平気、大したことないよ!」
投石が胸に当たってしまったが、鎧を着ていたおかげで大事には至らなかった。
けれどこのままでは、誰かが斃れるのも時間の問題である。
早いところ結界を張りなおして、体勢を立て直さなくては……!
「ライザさん! 少しの間、俺の分まで引き受けられる?」
「私を誰だと思っている。ちょっと剣を貸せ」
そう言うと、姉さんは俺の黒剣をスッと持って行ってしまった。
手数の少なさを二刀流で補うつもりらしい。
そんなことできるのか……と思ったのも束の間。
あの重い黒剣を、片手だけで目にもとまらぬ速さで振るって見せる。
もう片方の剣と合わせると、まさしく斬撃の嵐と形容するのがふさわしい状態だった。
「さすが、よくあの重量を……!」
「これを重いと感じているようでは、まだまだ修行が足りんぞ」
「そんなこと言えるの、姉さんぐらいじゃないかなぁ……」
「それより、早く結界を張れ!」
いけないいけない!
滅多に見られない二刀流だったので、ついつい見入ってしまった。
俺は呪文を詠唱すると、再びドラゴンの周囲に風の結界を展開する。
媒体となる黒剣がないため、先ほどよりも少しだけ時間がかかってしまった。
「……どうにか持ったな。怪我はないか?」
「ええ、何とか。軽い打撲ぐらいかな」
「こっちも無事だ。しかし、振出しに戻ってしまったね」
顔をしかめるウェインさん。
音でもない魔力でもないとなると、猿たちはいったいどうやってこちらを探っているのか。
どうにも想像がつかなかった。
一方で猿の方も、風の防壁で身を守る俺たちを攻めあぐねているようであった。
攻撃の嵐が収まり、ホウホウと囁き合うような声が聞こえる。
「……ん?」
しばらくして、急に猿たちが騒ぎ始めた。
木々が揺らぎ、ざわざわと葉擦れの音がする
やがて俺たちを取り囲んでいた猿は恐慌状態に陥り、奇声を上げ始めた。
「ウホホッ!! ウホーーッ!!」
音だけでわかるほど、凄まじい勢いで撤退していく猿たち。
理由はさっぱりわからないが、ひとまずはこれで助かったと思ったのも束の間。
猿たちと入れ替わるようにして、巨大な何者かが姿を現す。
「へ、へび!?」
「なんてデカさだ……!!」
霧の向こうから現れた影は細く長く、さながら森を覆いつくすようであった。
蛇だ。
それも、ドラゴンをも丸呑みにしてしまうほどの大蛇が姿を現した――。




