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第十七話 音

「ちぃっ!! この霧の中では、さすがにやりにくいな!」


 投げ槍を剣で叩き落としながら、顔をしかめる姉さん。

 この程度の攻撃、いつもの彼女ならば苦も無く対処するだろう。

 だがここは見通しが効かない深い森の中。

 しかも、周囲には乳白色の霧が立ち込めている。

 ドラゴンの背がかろうじて見渡せる程度の視界では、さすがの姉さんも動きづらいようだった。

 

「きゃっ!!」

「ウェイン様~~!!」


 切払われた投げ槍が、ウェインさんの仲間の女性たちへと飛んだ。

 思わぬ危機に、彼女たちはたちまち声をあげて騒ぎ出す。

 ああ、もう!!

 ウェインさんのせいでしっちゃかめっちゃかだよ!

 俺は思わず頭を抱えながらも、恐慌状態に陥る女性たちをなだめる。


「大丈夫、ちゃんと攻撃が来ない様に守りますから! とにかく落ち着いて!!」

「そんなこと言われても、安心できませんわ!!」

「そ、そうですわよ! もし万が一のことがあったら、どうしてくださるの!?」

「だったら、どうしてお前たちはこんなところまでついて来たのだ! 危険は承知の上だろう!」


 騒ぎ立てる女性たちを、姉さんが一喝した。

 その圧倒的な迫力に気圧され、たちまち場が鎮まる。

 

「過酷な旅にこのような者たちを連れてくるとは。ウェイン殿、いったい何を考えているのだ?」

「それは……彼女たちは、私のサポート要員で……」

「具体的に、どんなサポートを受けているのだ?」

「え、えっとですね……」


 しどろもどろになってしまい、まともな返答ができないウェインさん。

 その弱り切った表情は、とてもSランク冒険者のものとは思えなかった。

 ううーん……これはちょっとなぁ……!!

 あまりに情けない姿をさらすウェインさんに、俺は何とも言えない気分になった。

 しかし、今はそれよりもこの難局を乗り切ることが先決だ。

 俺は頬をパシパシと叩くと、気を取り直す。


「とりあえず、このままじゃまずいですよ! 一気に突っ切りましょう!」

「そうだな、ひとまず話はあとにしよう」

「よし、任せてくれ!」


 そう言うと、ウェインさんはランドドラゴンの肩を叩いた。

 ドラゴンは大きく頭をもたげると、ぐんぐんと歩調を速めていく。

 さすがは下級と言えども竜族、本気を出すとかなりの速度が出るようだ。

 霧の中であるため正確にはわからないが、そこらの馬よりもよほど速いかもしれない。


「ははは! これがランドドラゴンの本気だ!!」

「どうだ? やつら、追いかけてきてるか?」

「うーん、姿が見えませんけど……。ちょっと、静かにしてもらえますか?」

「わかった、皆も協力してくれ」


 ウェインさんに促され、彼の仲間の女性たちも声を潜めた。

 たちまち、ドラゴンの足音や木々のざわめく音が大きく聞こえる。

 俺はさらに風魔法を使うと、周囲の微かな音をかき集めた。


「追ってきてますね。後ろから声がします、結構な群れですよ」

「振り切れそうか?」

「厳しいかな……。敵の動きが早い」


 木々の間に垂れ下がる蔦。

 それを利用して、振り子のように森を高速で移動しているらしい。

 ビュンビュンと風を切る音が、微かにだが聞こえた。

 この分だと、数分も経たないうちにこちらに追いついてくるだろう。


「やはり迎え撃つしかないか?」

「敵の位置が正確に分かれば、何とかなるんでしょうけど……ん?」


 ここでふと、俺は気づいた。

 そもそも、あの猿たちはどうやってこっちの居場所を掴んでいるんだ?

 狙いの付け方からして、かなり正確に把握しているようであるが……。

 いま俺がしているのと同じように、音で探っているのだろうか?


「ウェインさん、ドラゴンを止めてもらえますか!」

「バカな。こんなところで止めたら、それこそ猿どもに囲まれるぞ!」

「考えがあるんです! お願いします!」

「どうなってもしらんからな!」


 ウェインさんは半ば自棄になりながらも、俺の提案を受け入れてくれた。

 彼がポンポンと頭を叩くと、ランドドラゴンは唸りを上げてその巨体を制止させる。

 前足がわずかに浮き上がり、ふわりとした感覚が背中の上の俺たちを襲った。


「おっとと……。それで、どうするつもりなんだ?」

「まず、奴らがどうやってこちらの居場所を探っているのか調べましょう。そりゃっ!!」


 俺は黒剣を抜くと、剣身に風を纏わせた。

 そうして出来上がった小型の竜巻のようなものを、斬撃にのせて飛ばす。

 たちまち暴風が吹き荒れ、付近の音がすべてかき消されてしまう。


「あとは、これでどうなるか……!!」


 音を頼りに俺たちを探っているのなら、これで居場所がわからなくなってしまったはずだ。

 さて、猿どもはどう出てくるかな?

 俺たちは息を殺し、向こうの反応を待った。

 するとしばらくして――四方八方から、投げ槍が飛んでくる。

 その狙いは、先ほどまでと変わらず正確無比。

 直線を描く軌道は、俺たちの頭を貫かんとしていた。

 ギリギリでそれに気づいた俺たちは、剣でどうにか弾き飛ばす。


「ちぃッ! 音じゃない!!」


 魔法の暴風が吹き荒れ、叫び声すらかき消される状況である。

 物音からこちらの居場所を察知することなど、いかに魔物と言えども困難だろう。

 となれば、何かしら別の方法でこちらを探っているに違いない。


「それさえわかれば、あいつらをうまく操れるのだけど……!!」


 俺の嘆きに合わせて、猿たちの声が響き渡る。

 勝負の決着がつくのは、まだもう少し先のことになりそうであった。


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