表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/301

第十二話 境界の森

「あれが境界の森……なんだか、ずいぶんと禍々しい気配を感じますね」


 ランドドラゴンを走らせること三時間ほど。

 俺たちはいよいよ、境界の森の目の前までやってきた。

 まだ日も高いというのに、森の向こうには仄暗い空が広がっている。

 魔界は陽光の差さない土地だと聞いたことがあるが、その影響がこちらにまで及んでいるらしい。


「嫌な風だな、微かにだが瘴気を孕んでいる」

「ええ。だが安心してくれ、こんなこともあろうかと聖石を用意してもらっている」


 そう言うと、ウェインさんは懐から白く輝く小さな結晶を取り出した。

 瘴気避けとして、よく用いられる聖石である。

 かなり貴重な物で、効果範囲も限られているのだけれど……。

 驚いたことに、ウェインさんはそれを掌から溢れるほどに持ち込んでいた。

 ギルドの伝手を使って、大量に確保していたようだ。


「おお……。すごいですね」

「これだけあれば、魔界の瘴気にも対抗できるだろう」

「でも、そんなにもったいないですよ! 高かったですよね?」


 俺がそう尋ねると、ウェインさんは「そうだな」と顎を擦った。

 そして、何故だか得意げな顔をして答える。


「百万ゴールドほどはかかったかな」

「ひゃ、百万! やっぱりもったいないですって!」

「パーティの安全のためには仕方ないだろう。なーに、そのぐらい私がその気になれば――」

「聖石の代わりに、俺がサンクテェールを使いますよ。そっちの方が効果も高いですし」

「な、なに!? キミはそんな魔法まで使えるのかい?」


 やけに大げさな仕草で驚くウェインさん。

 聖騎士ならば、別にそう珍しい魔法でもないだろうに。

 そもそも、ウェインさん自身は使えないのだろうか?

 俺が疑問に思っていると、やがて彼は気を取り直すように咳払いをする。


「……まあ、そういうことなら素直に世話になろう。私ももちろん使えるが、魔力を温存しておきたかったのでね」

「なるほど、そうだったんですね!」

「たったそれだけのために、聖石をこれほど大量に用意したのか?」


 むむむっと怪訝な顔をするライザ姉さん。

 するとウェインさんは、一瞬困ったような顔をしつつもすぐに切り返す。


「なにせ、我々が行くのは魔界ですよ。いつどこで何が起きたっておかしくはない。力はできるだけ温存しておかねば、いざという時に困る!」

「そ、その通りです! ウェイン様の言う通り!」

「ライザさんは、魔法を使わないのでわからないだけですわ!」


 ウェインさんをフォローするように、彼の仲間たちが口々に声を上げた。

 しかし、こうも一斉に行動されるとかえって胡散臭さが増してしまう。

 彼はやっぱり、サンクテェールを使えないんじゃないか?

 姉さんもそう思ったのか、眉間の皺が一層深くなった。


「……いやだな、そんなに怖い顔をしないでくれ。さ、ジーク君頼むよ」

「は、はい!」


 ウェインさんに促され、俺はすぐにサンクテェールを掛けた。

 白い光が生じて、聖域が周囲に漂う瘴気を押し出す。


「ふぅ、ちょっとすっきりしましたね」

「これなら、この森も快適に切り抜けられそうだな。さすがだな、ジーク!」

「いや、そんな褒められるほどのことはしてないよ!」


 姉さんに褒められて、俺は何とも照れ臭い気分になった。

 ラージャに来てからというもの、ライザ姉さんの態度は確実に柔らかくなっている。

 特にここ数日、ウェインさんと行動をするようになってからは妙に褒められることが多かった。

 理由はよくわからないのだけれど……。

 まあ、ちょっと変な感じだけど機嫌がいい分には害はないので良しとするか。

 一方で、ウェインさんの方は怒りを誤魔化すように笑顔を引き攣らせていた。


「……まあ、これで瘴気は凌げるとしてもです。襲い掛かってくる魔物までは防げませんからね。もし何か来た時は、私が仕留めましょう!」


 そう言うと、ウェインさんは自信ありげな表情で剣の柄を擦った。

 Sランク冒険者だけあって、その姿はとても様になっているのだが……。

 言った相手が剣聖の姉さんでは、あまり締まらなかった。

 

「わかった、頼りにしておくとしよう」

「ええ、大いに頼ってください。ついでに言っておくと、注意すべきなのは魔物だけではありませんよ」

「ほう?」

「何でも、境界の森の木の中には人を食べてしまう食人樹もあるのだとか」


 へえ、そんなのがいるのか……。

 さすがは魔界へと通じる森、植物まで人を襲ってくるとはシャレにならないな。

 この話には、さすがの姉さんも少し険しい顔をした。

 いくら何でも、森中の木々を切り倒しながら進むわけにもいかないしな。


「それは厄介だな。見分け方などはあるのか?」

「簡単です。奴らは火を怖がるそうですから、近づければ一発です」


 腰のマジックバッグを漁ると、ウェインさんは松明を取り出した。

 そしてそれを俺と姉さんに手渡すと、パチンッと指を弾いて自身のそれに火を点ける。

 ボウッと空気の揺れる音がして、たちまちほのかな熱気が伝わってきた。

 すると……何やら急に森がざわめき始める。


「なんだろう? 風?」

「いや、そんなの吹いてないぞ……」

「やだ……怖い……!」


 急に騒がしくなる森に、動揺する一同。

 それに呼応するようにランドドラゴンが首をもたげた。

 そして、何かを威嚇するように低い唸りを上げる。

 間違いない、モンスターが俺たちに近づいてきているんだ。

 それも、ドラゴンが警戒するほどの何かが!


「うわ、森の木が!」

「噂をすれば影というが……。さっそく当たりを引いたようだな」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! この数は……!」


 次々と動き出す森の木々。

 その様はまるで、緑の津波のようだった……!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ