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第九話 ウェインのたくらみ

「エンペラーか、ううむ……」

「十中八九、魔族の仕業と見て間違いないね」


 俺たちの報告を受けたマスターとケイナさんは、それぞれに渋い顔をした。

 やはり、今回の件も魔族関連と見て間違いなさそうである。

 マスターは腕組みをしてしばし考え込むと、やがて意を決するように告げる。


「よし。予定よりも早いが、明日出発してくれないか?」

「魔界にですか?」

「ああ、エンペラーを討伐した直後に申し訳ないのだが……」


 そりゃまた、ずいぶんと急な要請である。

 ウェインさんからは、出発まであと三日はあると聞かされていたのに。

 それだけ状況が切羽詰まっているということなのだろう。

 俺と姉さんは突然のことに戸惑いつつも、マスターの要請を聞き入れた。

 しかし、ウェインさんは不服だったのかすぐさま反論する。


「ちょっと待ってください! 魔界に行くとなれば、我々もそれなりに準備が必要です!」

「それについては、ギルドの方で手配をしよう。必要なものがあれば何でも言ってくれ」

「物資もそうですが、我々も休息をとらなくては……なぁ?」


 そう言うと、ウェインさんは同意を求めるように俺たちの方を見た。

 確かに、エンペラーの討伐で魔力を消費して少し疲れてはいるけれど……。

 一晩ゆっくりと休めば、十分回復する範囲だ。

 こんな状況なのだし、出発は少しでも早い方がいいだろう。

 姉さんとアイコンタクトをすると、彼女も首を縦に振って同意する。


「俺たちは構いませんよ」

「ああ、ことは一刻を争うだろう。急いだほうがいい」

「ぐ……! わ、わかりました。明日、出発しましょう」


 エンペラーを討伐した俺が良いといった手前、引き延ばしにはできないと判断したのだろう。

 ウェインさんは不満を隠そうともしない態度ながらも、しぶしぶ明日の出発を了承した。

 彼はマスターに深々と頭を下げると、改めて俺たちを見やる。


「では今日のところは解散だ。明日までゆっくり休んでおくといい」

「ええ、帰ったらすぐに寝ますよ」

「くれぐれも遅刻なんてするんじゃないぞ、じゃあな」


 不機嫌さを隠そうともせずにそう言うと、ウェインさんは足早に部屋を後にした。

 何だろう、よっぽど休みたかったのだろうか?

 疲労がたまっているのならば、素直にそう言えばいいだろうに。

 俺と姉さんは互いに顔を見合わせ、首を傾げる。


「何だろうな?」

「さあ。とにかく、俺たちも早く休みましょう。明日から大変ですよ」

「そうだな。マスター、武器の調整をお願いできるか?」

「任せてくれ。徹夜で作業させよう」

「なら俺も、防具の整備をお願いします」


 こうして武具をギルドに預けた俺と姉さんは、そのまま宿と家に戻って休むのであった。


 ――〇●〇――


 その日の夜遅く。

 ジークたちはもう眠りについた頃、ウェインは一人で酒を煽っていた。

 もともと宵っ張りの彼は、早めに就寝しようとしても眠れなかったのだ。

 その眉間には深い皺が寄り、彼の機嫌の悪さが見て取れる。


「ああ、くそ! あの新人め……!」


 酒でぼやけたウェインの脳裏に浮かぶのは、ジークのことばかりであった。

 ウェインがSランクに昇格し、聖騎士となってはや数年。

 これほどまでにコケにされたのは、久しぶりのことであった。

 いや、ひょっとすると生涯で初めてのことかもしれない。

 幼い頃より神童と呼ばれたウェインは、敗北などしらずに生きてきたのだ。

 それに加えて――。


「あそこで粘ってくれれば、しばらくギルドの金で好きなだけ騒げただろうに」


 緊急の呼び出しと言うことで、魔界に出発するまでの滞在費はギルド側が持つことになっていた。

 ホテル代はもちろんのこと、食事代や小遣いに至るまで全てである。

 Sランク冒険者だからこそ許された、ある意味で特権ともいうべき待遇だ。

 ウェインはこの権利をフル活用して、街一番のホテルに泊まって毎晩のように大騒ぎしていたのだが。

 それも、ジークが素直にマスターの命令に従ったため今日で打ち切りである。


「やり返さなければ、どうにも腹の虫がおさまらんな……」


 いっそ任務の最中に、事故に見せかけて何かしてやろうかとも考えたのだが。

 さすがのウェインにも、冒険者としての矜持というものがある。

 それに、万が一にもギルドにバレればいくらSランクと言えどもライセンスは剥奪されるだろう。

 そうなれば、苦労して手に入れた聖騎士の称号も失ってしまうに違いない。

 それだけは何としてでも避けなければならなかった。


「そうだ。あの女を奪ってしまえば……」


 ジークとともに現れたライザという女。

 パーティの仲間のようだが、ジークとはずいぶんと仲が良さそうであった。

 おおよそ、年の離れた幼馴染と言ったところであろうか。

 もしそんな女を、横からウェインがかっさらってしまったならば……。

 ジークの悔しがる顔が目に浮かぶようであった。

 幸い、ウェインは顔がいい上に地位も金もある。

 ちょっと微笑んでやれば、どんな女でもすぐに落ちることだろう。


「ふはは……! 悪くない、悪くないぞ!!」


 先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。

 ジークのうろたえる様を想像して、ウェインはすっかりご機嫌になった。

 彼はワインのボトルを開けると、前祝だとでも言わんばかりにグラスを傾ける。

 そして指をパチンっと弾くと、仲間の女たちを部屋に招き入れた。


「生意気な新人め、この私が目にもの見せてくれよう! ははははは……!」

「ウェイン様ったら、すっかりご機嫌なんだから」


 女たちを抱き寄せながら、再び高笑いをするウェイン。

 この判断のせいで、このあとさらなる災難に見舞われることとなるのだが……。

 そんなこと知る由もない彼は、呑気に笑い続けるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] まかり間違って口説き落とせたとしても(そんなストーリーはあり得ないとは思いますが)「姉さんをよろしくお願いします」で終わってしまうという
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