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第二章最終話 平穏と決意

 シエル姉さんとの勝負から、はや一週間。

 俺たちはラージャでおおよそ平穏な日々を過ごしていた。

 あれだけ抵抗したシエル姉さんが、素直に帰ってくれるかは本当に心配だったけれど……。

 今のところは、特に何も起きてはいない。

 ライザ姉さんが睨みを利かせてくれたことが、よっぽど効いているようだ。

 もっともそのことで、ライザ姉さんが……。


「ジークはしっかり私に感謝するのだぞ。私のおかげで、ラージャにいられるのだからな!」


 冒険者ギルド併設の酒場にて。

 ライザ姉さんと食事をしていると、姉さんはドンッと誇らしげに胸を張った。

 ここ最近は、一緒になるたびにこの調子である。

 もちろん、そのことについて感謝はしているけれど……。

 さすがにそう何度も何度も言われると、うっとうしいというか……。

 俺が苦笑をしていると、代わりにクルタさんがチクリという。


「……そんなに恩着せがましいと、嫌われちゃうんじゃないかなー?」

「なっ!? ジークが私を嫌うことなど、あるわけがない!」

「でも、ジーク君はおうちを飛び出したんだよね?」


 いたずらっぽく笑いながら、俺の方を見るクルタさん。

 げ、そこで話を振ってくるのかよ!

 予期せぬ無茶ぶりに、俺は飲んでいたジュースを吹き出しそうになってしまった。

 恐る恐る姉さんの方を見やれば、すがるような眼でこちらを見ている。


「え、えーっと! 何度も言ってるけど、別に姉さんたちが嫌で家を出たわけじゃないよ! あのまま家にいたら成長できないとか思ったから、出ただけで……」

「うむ、そうだな! 私たちを嫌いになったわけではないよな!」

「あーでも……。あんまり自慢げにされると……ちょっと鬱陶しいかも」

「鬱陶しい!?」


 急に胸元を抑えて、テーブルに倒れ伏すライザ姉さん。

 ちょ、ちょっと大丈夫なのか!?


「姉さん!? ど、どうしたの!?」

「何でもない……心が少し傷ついただけだ」

「傷ついたって、俺、そんなに悪いこと言っちゃった!?」

「……ジークは恐ろしく鈍感ですね。姉の心、弟知らず」


 俺をじとーっと見ながら、つぶやくニノさん。

 そんなこと言われても、そんなにひどかったかな?

 俺が戸惑っていると、不意にクルタさんが距離を詰めてきた。

 彼女は俺の腕を取ると、ぐったりしているライザ姉さんを見ながら笑う。


「じゃあ、ライザが落ち込んでいるうちにジーク君は僕がいただきかな? ふふふ!」

「それは許さんぞ!」

「お、元気になったね」

「ジークを連れていくなら、この私を倒してからにしろ! でなければ認めん!」

「ちょ、ちょっと! こんなところでやめてよ、姉さん!」


 剣の柄に手を掛けたライザ姉さん。

 一方、クルタさんもポケットから短剣を取り出して臨戦態勢だ。

 ああもう、ギルドの酒場で何をやってるんだよ!

 というか二人とも、なんで俺のために戦おうとしてるんだ!?

 困った俺がロウガさんに視線を向けると、彼はニヤッとからかうような笑みを浮かべて言う。


「ははは、うらやましいなぁ。このモテ男が」

「いやいや、そうじゃないですって! 止めるの手伝ってくださいよー!」

「ははは! 若者よ、楽しめ楽しめ!」


 こうして俺たちが、酒場で騒いでいるときのことだった。

 不意に隣のカウンターの奥から、マスターの声が響いてくる。

 マズ、いくら何でも騒ぎすぎたかな?

 俺たちがとっさに顔を見合わせると、マスターの脇からケイナさんが顔を出した。

 そして、眉間に皺を寄せながら深刻そうな表情をして言う。


「実はな、みんなにちょっと相談したいことがあるんよ。こっちに来てくれへん?」

「いったい、何なんです?」


 俺が聞き返すと、クルタさんは困ったように周囲を見渡した。

 

「ここだと言いづらいことなんよ」

「ああ、そういうことだからすまないが執務室まで来てくれ」

「わかりました、すぐ向かいます」


 マスターにまで言われてしまっては仕方がない。

 俺たちは何だか妙な胸騒ぎを感じつつも、マスターの執務室へと向かうのだった。


――〇●〇――


 ジークたちがマスターに呼び出しを受けていた頃。

 家に帰るべく旅を続けていたシエルは、ようやくウィンスター王都へと到着した。

 快速馬車を乗り継ぎ、実に七日間の旅である。

 この間、ずっと野営で過ごしてきたため既にシエルの体は疲労困憊。

 気を抜くとため息が漏れてしまうような状態だ。


「さてと、やっと着いたわね……」


 馬車から降り立ったシエルは汗を拭くと、すぐに通りを歩き始めた。

 そうしてしばらく進むと、やがて道沿いに大きな建物が姿を現す。

 五階建てでちょっとした城ほどもあるその建物は、軒先に白百合の紋章を掲げていた。

 ――フィオーレ商会、王都本部。

 大陸の経済を牛耳るフィオーレ商会の総本山である。

 シエルは勝手知ったる様子で正面の階段を上ると、そのままエントランスに入る。


「おや、これはこれはシエル様。ようこそお越しくださいました」


 シエルの姿を見つけた黒服が、すかさず彼女に声をかけた。

 さすがは大商会の従業員と言ったところか。

 シエルがここを訪れることはあまりないのだが、しっかりと顔を覚えていたようだ。


「姉さんはいる?」

「あいにく、会頭はただいま定例会議に出席中です」

「じゃあ、それが終わったらすぐ家に帰ってくるように伝えて。大至急よ!」

「残念ですが、それは難しいかと。会議が終わった後は商業ギルドの懇親会へご出席、さらにその後は王宮で行われる王子様の生誕祭に――」

「そんなのは全部キャンセルよ! とにかく伝えて、このままだとノアがライザに取られるって!」

「は、はぁ……。かしこまりました」


 シエルの勢いに押されて、たまらず了承してしまう黒服。

 彼に何度も念押しをすると、シエルはそのまま本部を立ち去った。

 そして大通りに出たところで、遥か西方を見やりながら言う。


「ノア……待ってなさいよ! 必ずあんたを連れ戻して見せるんだからね!!」


 決意の籠った叫びが、街角の雑音を貫いて響いたのだった――。


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― 新着の感想 ―
[一言] シエル姉さんがシエーな感じDEATH。 果たして会頭の長女とどのような絡みがあるのか気になります。
[気になる点] さて…次に来るのは誰だ? [一言] 第二章お疲れ様でした
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