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三十一話 賢者と大魔導士

「さあついた、ここが僕の家だよ」

「へえ……なかなかいいとこね」


 ギルドを出て二十分ほど。

 俺たちは街の南東にあるクルタさんの家の前まで来ていた。

 もっとも、用があるのはその隣のマリーンさんの家である。

 クルタさんはすっかり勝手知ったる様子で、彼女の家の呼び鈴を鳴らす。

 俺が付与魔法の試行錯誤をしている間に、クルタさんはマリーンさんと仲良くなったらしい。


「あら、どうしたの? お友達をたくさん連れて」


 すぐにドアを開けて出てきたマリーンさんは、俺たちの顔を見てあらあらと笑った。

 そりゃ、こんなに大人数で押しかけたらそうなるよな。

 先日もいたクルタさんとニノさん、そしてロウガさんはもちろんのこと。

 ライザ姉さんとシエル姉さんが加わって、総勢六人の大所帯である。

 マリーンさんの家はそれなりに広いが、それでも玄関先が少し手狭に思えるほどだ。


「実は、マリーンさんに少しお願いがあってね」

「何かしら? 私にできることであれば、喜んで協力するわ」

「本当に? それは助かるよ」

「もちろん。……ところで、そこのあなた。見覚えあるけれど、どこかで会ったかしら?」


 シエル姉さんの顔を見ながら、不思議そうに小首を傾げた。

 そういえば姉さんの方も、マリーンさんの名前に覚えがあるようだった。

 やっぱり、二人の間で過去に何かあったのだろうか?


「うーん……ちょっとまずいかも」


 俺の方を見ながら、クルタさんが小声でつぶやいた。

 いったい、何がまずいのだろう?

 俺は彼女に近づくと、そっと耳打ちをする。


「……どうかしたんですか?」

「いやさ、二人が知り合いだと厄介だなと思って。マリーンさんは話の分かる人だから、事情を説明すればうまーく配慮してくれると思ったんだよ」

「あー……それで、クルタさんは術比べを押したんですね」


 クルタさんのしようとしていたことを理解して、軽く苦笑する。

 マリーンさんとクルタさんは仲の良いお隣同士。

 俺もマリーンさんとは知らない仲ではない。

 術比べの判定に手心を加えるようにお願いすれば、そうしてくれる可能性は高かった。

 しかし、マリーンさんとシエル姉さんが知り合いとなると話は違ってくる。


「もしかして……ウィンスターの王立魔法学院の卒業生?」

「ええ……まさか、マリーン前学院長?」

「そうよ! 思い出してきたわ、あなたシエルね? 前に一度、見た覚えがあるわ」

「はい! シエルです! 前に会ったというと……学会でしょうか?」

「そうそう! あなたがした質問、今でも覚えているわよ!」


 俺とクルタさんが話している間にも、盛り上がる姉さんたち。

 どうやらこの二人、同じ魔法学院の関係者らしい。

 直接的に教師と教え子の関係にあったわけではないようだが、そこそこ繋がりがあるようだ。

 しかも、魔法使い同士で話が合うのかかなり雰囲気は良い。


「あなたのような人が来るってわかってれば、私も引退を少し先延ばしにしたんだけどねぇ」

「かの大魔導士マリーン先生にそう言ってもらえると、私も光栄です」

「よしなさいな、賢者のあなたの方が立場は上でしょう?」

「そうはいっても、まだまだ知らないことは多いですから」

「ところで……その賢者さんたちが、何の御用かしら? すっかり聞きそびれちゃったけど」


 話に一区切りつけたマリーンさんは、改めて俺たちの方を見た。

 参ったな、この状況だと俺に便宜を図ってほしいなどとは言えないだろう。

 クルタさんは、額に汗を浮かべながら口ごもる。

 するとそれを見かねたシエル姉さんが、自ら話を切り出した。


「私とノアで、術比べをするんです。その審判をお願いしたくて」

「あら、それは面白そうね! 私もあなたの魔法は見てみたいわ。ノアって言うと……」

「俺のことです」


 ゆっくりと手を挙げて、マリーンさんの疑問に答える。

 彼女に対しては、ジークとしか名乗っていなかったからな。

 当然ながら、マリーンさんはおやッと不思議そうな顔をする。


「あなた、前はジークって名乗ったわよね?」

「えーっと、本名はノアなんです。ジークは通称というかなんというか……」

「わかるだろう? 人にはな、無駄に偽名を名乗りたくなる年頃というのがあるのだ」


 唐突に助け船を出したライザ姉さん。

 腕組みをしながら、やけにいい笑顔でうんうんと頷く。

 なんかいきなりよくわからないことを言い出したな。

 そういえば姉さん、一時期やたら長ったらしい名前を名乗ったりしてたけど……。

 俺は別に、そういう変な意図があったわけじゃないぞ?


「あら、そういうこと。ふふふ、わかるわ」

「は、はあ……」


 なんかわからないけれど、納得された!

 けどこれで、シエル姉さんと術比べをするのは避けられないな……。

 今更勝負を取り下げると言ったら、それこそ


「それで、術比べのやり方は? 単純に威力を競い合うだけでは芸がないわねぇ」

「そうですねえ、評価はなるべく総合的にしたいところ……」

「だったら、それぞれに自信がある術を披露して見比べるって形かしら。それなら、ノア君にも勝ち目がありそうだしねえ」


 俺の心を見透かしたように、意味ありげに笑うマリーンさん。

 こうなったら、正々堂々と戦って何が何でも勝つしかない!

 俺は術比べに向けて、決意を新たにするのだった。


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