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二十八話 限界を超えろ!

「さあて、まずは私の出番ね。みんな距離を取って!」

「わかった!」


 攻撃をやめて、スライムの前から退くライザ姉さん。

 俺たちもまたシエル姉さんに促され、すぐに後ろへと下がった。

 風の守りを失った姉さんの背が、たちまち雨に打たれた。

 彼女はそれに顔をしかめつつも、振り向きざまにニッと不敵な笑みを浮かべる。

 ――確実に成功させる。

 その表情からは、姉さんの自信と余裕がはっきりと伺えた。


「天涯より来たりし冬涸れの使者。極光織りなす氷壁の主よ。我が元に集い――」


 声高く、朗々と紡ぎあげられる言の葉。

 ほぼすべての魔法を無詠唱で使える姉さんが詠唱するのは、まぎれもなく本気の証であった。

 濃密な氷の魔力が、冷ややかな風となって吹き抜ける。

 

「すごいね……! これが賢者の魔力か……!」

「ジークもすごいですが、これはそれ以上でしょうか……!」

「うぅ、寒さが骨身に染みるわぁ」


 感嘆した様子のクルタさんたち。

 話しているうちにも周囲の気温は下がり続け、雨が雪へと変わりだした。

 息もすっかり白くなり、極寒の世界が顕現する。

 高まり続ける魔力はやがて青いオーラとなり、姉さんの背中から吹き上がった。


「ピギィイイイ!!」


 高まる魔力に危険を感じたのであろうか。

 グラトニースライムは、巨大な津波のようになって姉さんの方へと押し寄せる。


「まずいな……!」

「待って、大丈夫!」


 とっさに出ていこうとしたライザ姉さんを、俺は慌てて止めた。

 もしここで出ていかれては、シエル姉さんの魔法が無駄になってしまう。

 俺は彼女の手を握ると、その場に何とか押しとどめた。

 仮にも賢者と呼ばれるシエル姉さんが、これぐらいでやられるはずはない。

 きっとすぐに――。


「グラン・ジョリ・ジーヴル!!!!」


 冷気が爆発した。

 強大な氷の魔力が、白い奔流となって周囲に広がる。

 その冷たさに、俺たち五人はたまらず体を寄せあった。

 直後、スライムの巨大な体が見る見るうちに凍り付いていく。

 外側から内側へ。

 シエル姉さんの完璧な制御によって、魔力の渦は綺麗な円を象った。

 スライムはそれから逃れようと懸命に動き回り、大きなプリンのような形状となる。

 まさしく、ケイナさんの言った通りであった。


「今よ!! ライザ!」

「よし!」


 吹き荒れる冷気の中、ライザ姉さんは剣を高く掲げた。

 空気が張り詰めて、緊張感が満ちる。

 やがてそれを打ち破るように、剣が振り下ろされ――。

 

「はあああぁっ!!!!」


 魂に響くような咆哮。

 それと同時に、ズンッと大地に響くような一歩が踏み出される。

 姉さんの手にしていた剣が、一瞬消えたように見えた。

 神速の領域に達した剣を、捉えることができなかったのだ。


 遅れて、ゴウッと暴風のような音。

 冷気を巻き込み白く染まった空気の刃が、氷像と化したスライムへと殺到する。

 ――爆散。

 ガラスが砕け散るかのような轟音。

 スライムはあっけなく砕け散り、透明な欠片となって崩れ去る。

 

「今だ! やれ、ノア!!」

「はいっ!」


 できる、俺にはできる……!

 竜炎薬を投げつけると、即座に魔力を高めていく。

 限界を超えろ、ここでやらなければいつやるんだ。

 自分で自分を鼓舞しながら、魔力を絞り出す。

 全身の血が沸き立ち、腹の底が熱くなってきた。

 高ぶる炎の魔力が、物理的な熱へと変換されているのだ。


「蒼天に登りし紅鏡。森羅万象を照らすもの。我が元に集い――」


 一言一句、丁寧に。

 俺は粛々と呪文を詠い上げると、練り上げた魔力を掌へと集中させた。

 太陽を思わせる赤々とした魔力の球が、燃え始める。

 あとはこいつを、あの砕けたスライムにぶつけてやれば――!

 こうして俺が狙いを定め、構えを取った瞬間だった。


「うわっ!?」

「なんだ!? 急に雷が!」

「危ない!」


 にわかに雷鳴が轟き、稲妻が俺のすぐ横にある岩を穿った。

 大人の背丈ほどもある大岩が、粉々に粉砕されてしまう。

 続けざまにもう一発雷が落ち、そちらはクルタさんたちの方へと向かった。

 とっさにロウガさんが大盾を構えるが、弾き飛ばされてしまう。


「ロウガさん!」

「構うな! ……大丈夫、これぐらい平気だ!」


 震える足で、懸命に立ち上がるロウガさん。

 本人は平気だと言っているが、ダメージは深刻そうだ。

 まずいな、このままだと雷で全滅するぞ……!


 魔法を中断し、みんなを守るべきか。

 それともグラトニースライム討伐を優先するべきか。

 俺はとっさに迷い、判断に窮した。

 呪文の詠唱が止まり、高められた魔力の流れが停滞する。


「止めるんじゃない! 私が防ぐわ!」

「シエル姉さん……! でも……!」

「余裕よ! それよりノアは、自分の魔法に集中なさい!」


 そういうと、シエル姉さんは掌から巨大な水の盾を広げた。

 氷の魔力でグラトニースライムの巨体を冷却しつつ、水の魔力で雷を防ぐ。

 いくら賢者とはいえ、これだけの魔法の同時行使は苦しいだろう。

 シエル姉さんの眉間に、深いしわが刻まれる。

 いつも余裕たっぷりな姉さんの顔に、大粒の汗が浮いていた。


「わかった、姉さん。やるよ……!!」


 何としてでも、グラトニースライムを討つ!

 一刻も早く倒して、シエル姉さんを助けなくては!

 そう思った瞬間、何かが千切れたような気がした。

 俺の魔力を縛っていた枷のようなものが、ぽんと外れたような感覚だ。


「どっらああああっ!! グラン・ヴォルガン!!」


 炎の球が飛び、炸裂する。

 巨大な火柱が天に上り、黒雲を貫いた。

 強烈な熱気が水の盾を軽々と越えて、こちらに伝わってくる。

 さながら大地が裂けて、この世に地獄が現れたような景色だ。

 この勢いならば、ドラゴンですら焼けてしまうのではないだろうか。

 猛火の中で氷はたちまち解け、音を立てて蒸発していく。


 こうして数分後。

 魔法が消失し、赤熱した山肌には――。


「ふぅ、ふぅ……! なくなった……!!」


 スライムの存在した痕跡は、何も残されてはいなかった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 見落としだったら申し訳ありませんが、パーティメンバーに賢者だと明かしてなかったような? 巨大なスライムを凍らせる作戦に皆が納得している所とか流石賢者だ!みたいなことを言ってるのが違和感…
[良い点] 魔法の威力がとても分かりやすく、面白いです! [一言] さて…お姉ちゃん説得タイムかな?
[良い点] いいリズムですね。 筆(キーボード?)が楽しく弾んでる感じです。 [気になる点] 「魔法が焼失し」 たぶん 「魔法が消失し」 もしくは 「森が焼失し」 でしょうか。
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