二十七話 氷と炎
「げっ! なんか飛ばしてきた!」
スライムの方から、水の礫のようなものが飛んでくる。
それは風の膜を簡単に通り抜けると、服をかすめていった。
――シュワリ。
白い煙が立ち、服に小さな穴が開く。
まずい、酸だ!
「みんな、俺の後ろへ来い!」
大盾を掲げ、皆の前に進み出たロウガさん。
滑らかに磨かれた盾の表面が、散弾のごとく降り注ぐ酸を弾く。
Aランクのロウガさんが愛用してるだけあって、なかなかの業物なのだろう。
盾はどうにか酸に耐えているが、少しずつ煙が上がり始める。
「くっ! ジーク、風で防げねえのか!?」
「無理だ! 逆に酸が飛び散って危ない!」
風魔法の出力を上げることは簡単だ。
けれど、そうすると飛び散った酸が霧のようになって飛ぶ恐れがある。
そんなものを吸い込みでもしたら、一瞬で肺が焼けてしまうだろう。
「私が防ごう! せっかくこの服をもらったんだしな!」
「ライザ姉さん……!」
「その間に、ジークとシエルは対抗策を考えてくれ! いいな?」
「はい! 何とかして見せます!」
「……仕方ないわね、しっかり頼んだわよ」
渋い顔をしつつも、シエル姉さんは防衛を任せた。
ライザ姉さんはひらりと俺たちの前へ飛び出すと、猛烈な勢いで手を動かす。
連続する数百もの斬撃。
洗練された動きに無駄はなく、刀が無数に分裂したかのようにすら見える。
ビュウウッと嵐のような風切音がした。
しかし、それでも限界があるにはあった。
飛び散った酸が、わずかにだがライザ姉さんの衣へと付着する。
するとその瞬間、白い氷花が咲いた。
衣に仕込んだ付与魔法が、その効力を見事に発揮したのだ。
氷花はたちまち弾け、ハラリと小さな欠片が降り注ぐ。
戦いのさなかにあって、それは非現実なほど美しい光景であった。
「へえ……あの服の魔法、ノアが付与したの?」
「ええ。自信作です!」
「悪くないじゃない。酸を凍らせて無効化とは考えたわね……」
顎に手を押し当て、何事か考え始めるシエル姉さん。
いま姉さん……俺のこと褒めたよな?
あのシエル姉さんが俺のことを褒めるなんて、いったい何年ぶりだろうか。
少なくとも、ここ三年ほどは記憶にない。
「な、なによその顔は」
「いや、俺のことを褒めるなんて珍しいなと思って」
「別に褒めてないわよ! ただ、事実を言っただけ! ……それよりノア、あんた多少は腕を上げたようね?」
不意にシエル姉さんの眼が細まり、鋭いまなざしでこちらを見てくる。
その真剣なまなざしに対して、俺はただゆっくりと首を縦に振った。
あの付与魔法を完成させる過程で、いくつもの学びがあった。
家にいた頃と比べて、魔法の腕はそれなりに上がっている……はずだ。
「ええ、まあ……少しは」
「じゃあ、炎の超級魔法は使える?」
「どういうこと?」
「私が氷の超級魔法を使って、あのスライムを凍らせる。で、それをライザが粉砕してノアが炎の超級魔法で焼くのよ」
なるほど、いったん凍らせた後ならばスライムも身動きが取れないだろう。
そこを木っ端微塵にして超級魔法で焼き尽くせば……勝算は十分にありそうだな。
クルタさんたちもそう思ったのか、感心したようにうなずく。
「さすが、ジークのお姉さん! いい作戦だね!」
「私も、それならうまくいく気がするわ。むしろ、こいつを何とかするにはそれしかないやろな」
腕組みをしながら、うなずくケイナさん。
彼女は俺たちの方へと近づいてくると、軽くアドバイスをしてくれる。
「グラトニースライムに知能はほとんどない。せやから、攻撃されたら単純に反対方向へ逃げるはずや。氷魔法を使うときに外側から内側に向かって凍らせていけば、うまく一か所にスライムを集められるはずやで!」
そう言って、ケイナさんは円を狭めるようなジェスチャーをした。
さすが、魔物研究所の研究員なだけのことはある。
状況にあった良いアドバイスだった。
あとは……。
「俺が超級魔法を使うだけ、ですか」
「そういえば、ジークは使えないって言ってましたね」
「ええ。シエル姉さんからも、あんたは無理だってさんざん……」
そこまで言ったところで、俺はそっとシエル姉さんの顔色を窺った。
姉さんが俺に対して、魔法の才能がないとか超級は使えないとか言ってきたのは事実である。
それをいまさら、どういうのだろう?
俺が様子を見守っていると、姉さんは顔を赤くして口をもごもごとさせ始める。
「それは…………昔のことだから……」
「昔と言っても、二か月ぐらい前ですよ?」
「だ、男子三日会わざれば刮目してみよとか言うでしょ? 二か月も会わなかったら、二十年ぐらい会わなかったのと一緒よ! それぐらい寂しかったんだから!! まさかあれで本当に家を出ていくとは思ってなくて、強く言い過ぎたなって後悔もして……」
急に、態度が崩れ始めるシエル姉さん。
その目からぽたりと涙が零れ落ちた。
あの憎まれ口ばかりのシエル姉さんが……こんなことになるなんて。
俺は姉さんにそっと手を伸ばすと、優しく肩を撫でた。
しかし姉さんはその手をすぐに払いのけると、涙を拭き、力強い口調で言う。
「私が保証するわ。今のノアなら大丈夫、やって!」
「…………はい、わかりました」
姉さんの言葉に、ややためらいながらも答える俺。
こうして、作戦が始まった――!
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