二十六話 賢者と剣聖
「ノアッ!!!!」
声の聞こえた方へと振り返ると、そこにはあろうことか……シエル姉さんがいた。
な、なんでこんなところにいるんだ!?
こちらに向かってるとは聞いてたけど、まさかこんなところで会うとは想定外だ。
だいたい姉さんは、ここへいったい何をしに来たというのか。
瞬時に様々な考えが脳内を駆け巡り、とっさに返事が出来ない。
「あ、えーっと……」
「やっぱりだわ! なんとなくいそうな予感がしたのよ!」
す、するどい!
昔から、シエル姉さんの勘ってよく当たったんだよなぁ……。
特に俺に関することは、百発百中に近かった。
「誰だい、この人は?」
「お知合いですか? かなり親しげですが」
「せやね。誰なん?」
ズズイっと近づいてくるクルタさんとニノさん、そしてケイナさん。
三人の姿を見た姉さんの顔つきが、たちまち険しくなった。
彼女は俺の方を見ると、けげんな顔をして言う。
「ノア、この三人は?」
「俺の仲間です。こっちのケイナさんは少し違いますけど」
「仲間?」
「はい。一緒にパーティを組んでます」
「ということはあんた、今冒険者をやってるってこと?」
姉さんの言葉に、すぐさまうなずきを返す。
すると彼女はクルタさんたちのことを上から下まで、値踏みするように見た。
その容赦のない視線に、三人はますます戸惑う。
「えっと……ほんとに誰だい?」
「俺の姉です。紹介します、シエル姉さんです」
「シエルよ、よろしく」
やけにとげのある態度を見せる姉さん。
おかしいな、普段は外の人に対してここまでの態度は取らないんだけども。
なんだかんだ言って、外面がいいのがうちの姉妹の共通項なのだ。
「ああ、お姉さんだったのか。クルタです、こちらこそよろしく」
「ニノです、よろしくお願いします」
「私はケイナや、よろしゅうな」
一方、三人はどこか納得したような様子で挨拶をした。
特にクルタさんは、先ほどまでの戸惑った様子はどこへやら。
腰に手を当てて、自分をアピールするような雰囲気だ。
妙な雰囲気になってきたというか……見えない火花が飛び散っているような感じさえする。
「……おいおい、今はそれぐらいにしとけよ! あのスライムをどうにかするのが先決だ!」
様子を見ていたロウガさんが、あきれた顔で声をかけてくる。
彼の言う通り、今はよくわからないことでもめてる場合じゃない。
目の前でうごめくこの巨大なスライムをどうにかしなくては!
「それもそうですね。姉さん、俺たちは今このスライムを止めに来たんです! 力を貸してはもらえませんか?」
俺がそういうと、姉さんは改めて山肌に張り付いたスライムを見た。
あまりに巨大で異様な存在感を放つそれに、さしもの姉さんも顔が険しくなる。
「……もちろんよ。それで、こいつはなんなの?」
「グラトニースライムっていう古代のスライムや。強力な酸で何でも溶かして吸収してしまう恐ろしいモンスターやで。このまま放っておいたら、さらに巨大化して手が付けられんようになる!」
「……なるほど。それで弱点とかは?」
「火だよ。ちょうど、竜炎薬を用意したところ」
それを聞いて、ほうと驚いた顔をする姉さん。
賢者である彼女からしても、竜炎薬は珍しいものであるらしい。
「それがあるなら、少しは何とかなりそうね。でもやっぱり……でかすぎるわね。せめて半分にできれば何とかなる見込みあるけど――」
「はああぁっ!!」
シエル姉さんが考え込み始めたところで、再び声が聞こえた。
これは、ライザ姉さんだな……!
気迫のこもった叫びが、谷全体へと響き渡る。
そのあまりの迫力に、皆の肩がビクリと震えた。
すごいな、これが剣聖の本気か。
離れているというのに、オーラのようなものがはっきりと感じられる。
「……あっ! まずい、よけて!!」
「へ?」
「早く!!」
わずかにだが、嫌な予感がした。
とっさにみんなを近くの岩陰へと避難させる。
直後、轟音とともに白い何かが山肌を駆け抜けていった。
な、なんだ今のは!?
まさか…………斬撃か?
吹き抜ける暴風のようなそれに、巨大なスライムがあっという間に真っ二つになる。
「……相変わらずたいしたもんだわ!」
「前よりも、威力が上がってる……?」
「贈り物をもらって、張り切ってるんじゃないかな? それに、あのスライムとは因縁があったし」
山に刻まれた爪痕を見ながら、つぶやくクルタさん。
ああ、なるほど。
それはあるかもしれない。
あのスライムに対して、ライザ姉さんはかなり怒ってたからな……。
その怒りが力に変わったのだろう。
「おーい、大丈夫か?」
「ライザ! あんたね、危ないじゃないの!」
「シエル!? お、お前もう来ていたのか!!」
谷を駆け上がってきたライザ姉さんに、シエル姉さんがすぐさま文句を言った。
途中で俺が皆を避難させなければ、結構危なかったからな。
不満が出るのも当然だろう。
一方、ライザ姉さんは予期せぬ人物の登場に戸惑いを隠せない様子だ。
「だいたい、どうしてノアを見つけたことを報告しなかったのよ!」
「それはだな! いろいろと理由があって……」
「私たちへの報告より優先する理由ってなに? きちんと教えてよ」
「姉さんたち、それぐらいにしてください!」
もめ始めた二人を慌てて引き離す。
ライザ姉さんとシエル姉さんって、いつもこんな風だからなぁ。
仲がいいのか悪いのか。
けど、さすがに今はそれをやられては困る。
「まず、あのスライムを何とかしましょうよ! 真っ二つになった今がチャンスですよ」
「……それもそうだな」
「よし、とりあえずライザ。あれを小分けにしてよ。少しずつ燃やしていきましょ」
「って、おい! もう戻ってるぞ!!」
姉さんたちが話していると、不意に後ろにいたロウガさんが叫んだ。
嘘だろ、もう!?
慌てて振り向くと、そこには再び一つとなっていたスライムがいた。
心なしか……前よりも体積が増しているような気さえする。
「こりゃまずいで。十分に材料があるせいか、斬ったら斬っただけ増える!!」
青い顔をして叫ぶケイナさん。
シエル姉さんが合流して、事態は楽になったかと思いきや……。
かなりの苦戦を強いられそうだ。
【読者の皆様へ】
「面白い・続きが気になる・早く更新して欲しい!」
と思った方は、ぜひぜひ評価・ブックマークをいただけると嬉しいです!
評価欄は広告の下にある「☆☆☆☆☆」です!




