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十二話 紅の衣

「賢者って……本当か?」


 目を見開き、驚いた顔をするロウガさん。

 クルタさんたちも、彼と同様に驚愕をあらわにする。

 大陸全土に星の数ほどいる魔法使い。

 その中でも選ばれた数名のみが名乗ることが許されるのが、賢者の称号である。

 剣聖と同様に、その名の価値は非常に高い。

 ロウガさんたちが驚くのも、無理はなかった。


「だが、考えてみれば当然かもしれないよ。ライザが身に着ける装備だ、それなりの物じゃなきゃ逆におかしいんじゃないかな」

「ええ、その通りです。そこらの店売りなどをつけていたら、逆に驚きます」

「……防具をお贈りになる方は、そんなに凄い方なので?」


 こちらの様子をうかがいながら、戸惑うオルトさん。

 ああ、そうか。

 姉さんがどんな人かは、オルトさんは知らないもんな。

 ここで剣聖と言うわけにも行かないので、ひとまずは適当にお茶を濁しておく。


「ええ、まあ。かなり凄腕の騎士ですね。あの人ほど強い人を見たことがないぐらいです」

「そうですか。ジーク様がそういうのならば、相当なのでしょうな。しかし……」


 渋い顔をして、店の商品を見渡すオルトさん。

 彼は次々と鎧を手にしては、ああでもないこうでもないと頭をひねる。


「賢者様の付与を受けたものに匹敵するような装備は、うちの店にはないですな」

「やっぱり……。予算を増やしても厳しいですか?」

「そのクラスになると、お金があっても厳しいですね。商品自体がごく限られていますから」

「防具自体の質で付与の弱さを補おうとした場合、それこそドラゴンの素材が必要になりますよ」


 やはりそうなってしまうか。

 まあ、賢者クラスの付与魔法が掛けられた装備なんて一般に出回るもんじゃないしなぁ。

 それこそ国が宝物庫に入れておくような代物である。

 ライザ姉さんが持っていたのも、剣聖だからと言うよりは身内だからと言う方が大きい。

 

「……そういえば。ジークの持っているマジックバッグって、自分で作ったものなんだよな?」

「ええ。そうですよ」

「と言うことは、お前もそれなりには付与魔法が使えるってことか」


 ロウガさんの言わんとすることを察して、俺は顔をしかめた。

 俺が魔法を付与すれば、多少なりとも良くなるといいと言いたのだろう。

 けど俺の使える付与魔法なんて、シエル姉さんに言わせれば「初歩の初歩」らしいからなぁ……。

 そんな俺が手を加えると、かえって悪化してしまうのではなかろうか。


「俺なんかがやって大丈夫ですかね?」

「マジックバッグを作れる時点で、十分な腕だろ」

「ううーん……」

「いいのではないでしょうか。手作りのプレゼントと言うことで」


 ニノさんの言葉に、ポンと手を打つ。

 ああ、なるほど。

 そういうふうに考えればありかもしれないな……。

 実用性はもちろんだけれど、気持ちが伝わることが一番大事だし。

 それで姉さんがしっかりと機嫌を直してくれればいいのだ。


「むぅ……いいなぁ!」

「え?」


 納得した俺を見て、何故だか不満げな顔をするクルタさん。

 あれ、やっぱり変……なのかな?

 俺が戸惑っていると、ロウガさんがハハハと豪快に笑う。


「モテ男はつらいなぁ! 機会があれば、クルタにも作ってやれよ」

「……ええ、それはもちろんいいですけど。仲間ですし」


 もしこれで付与魔法のコツを掴んだら、みんなの装備にも使いたいところだ。

 一緒に冒険する以上、みんなの装備の質は俺にだって無関係ではないし。

 情けは人の為ならずと言うわけではないが、やがて自分に返ってくることである。

 しかしクルタさんは少し違った捉え方をしたのか……ものすごくいい笑顔をした。


「やった! すっごくうれしいよ! ロウガの提案もたまには役に立つじゃないか」

「たまにはは余計だ、たまにはは!」

「……ふむ、そうですねぇ。ご自分で付与をなさるということならば、おすすめの鎧がありますよ」

「おお、見せてください!」

「しばらくお待ちを」


 そう言うと、オルトさんは店の奥へと引っ込んでいった。

 普段は人に見せるようなものではないのだろうか?

 俺たちが黙ってその場で待っていると、彼はやがて大きな宝箱のようなものを抱えてくる。

 こりゃまた、ずいぶんと年季の入った箱だな……!

 金の装飾が施されたそれは、非常に立派なものであった。

 しかし、金具に錆が浮いていてうっすらと埃をかぶっている。

 いったい何年放置していたら、こんな状態になってしまうのだろう?


「失礼だが……中身は大丈夫なのか?」

「ええ、もちろん! それについては保証しますよ」


 とんでもないとばかりに首を横に振るオルトさん。

 彼はそのまま、ゆっくりと宝箱の蓋を開けた。

 すると中から現れたのは……赤を基調とした衣であった。

 ビロードのような質感をしていて、手に取ると水を固めたような感じがする。


「何ですか、これは?」

「とある蜘蛛の糸を編んで作ったと言われる衣です。このままだと非常に柔らかいのですが、魔力を通すことで極めて強靭となります。試してみてください」

「ええ」


 言われるがままに、衣に魔力を通してみる。

 すると先ほどまで液体であるかのように滑らかだった布地が、鋼のような質感となった。

 予想をはるかに上回る強度に、俺は驚いて舌を巻く。


「これ、触ってみてくださいよ!」

「うわぁ……カッチコチだ! 凄いね!」

「これなら刃物も通さないでしょう。素晴らしい素材です」

「むしろ、よくこんなものありましたね……。いいんですか、俺たちに売ってしまって?」


 この衣は、恐らく相当の歴史や由来があるものではなかろうか。

 そんなものを気軽に売り買いしていいのか、ちょっと判断に困ってしまう。

 いや、俺たちとしてはもちろんありがたいのだけど……。

 そもそも売り物かどうかすら怪しい雰囲気だし。


「構いませんよ。その衣は、もともと掛けられていた付与魔法が長年の間に切れてしまっておりまして。今のままだと使い物になりませんから」

「だとしても、しかるべき魔法使いの方が魔法を掛け直せばいいですよね?」

「まあ、お金がかかることですから。それに私も、あなたに期待してるんですよ」


 そう言うと、オルトさんは俺を値踏みするような目で見てきた。

 これはもしかして、試されているのかな?

 そういうことならば、その期待にぜひとも応えなくては。

 

「わかりました。じゃあ、これを譲ってください!」


 こうして俺たちは、付与魔法の素体となる防具を手に入れたのであった――。


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― 新着の感想 ―
察しろと言われ、察したつもりが全然察せて無いこと多々ある自分の経験上、何が欲しいかはっきり伝えて下さる方はとてもありがたいです(笑)
[良い点] ありがちな姉ざまぁとかではなく、仲は良好なのが読んでて安心しますし面白いです! [気になる点] クルタが今後メインヒロイン的立場にあるとちょっとストレスかな、と感じました。 いくら恋敵的ハ…
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