十話 賢者シエルの大魔導
ラージャから東へ馬車で一週間ほど。
大陸を流れる大河ロナウのほとりに、ダームの街はある。
古くから河を利用した交易で栄えた場所で、ラージャにも匹敵する規模の都市だ。
この街の入り口にあたる港でシエルは怒っていた。
「まだ船が出せないってどういうことよ?」
大河ロナウに橋はない。
港から出る連絡船によってのみ、両岸の行き来ができる。
しかしその大事な船が、かれこれ三日ほど欠航を続けていた。
「それが、街の近くの水域に魔物が住み着いてしまいまして」
「三日前にも聞いたわ。まだ退治できないわけ?」
「魔物の住処がどうにも絞れんのですよ」
シエルの剣幕にたじろぎながらも、事情を説明する船長。
彼らとて、船が出せないのは死活問題である。
相当の金額を積んで地元の冒険者たちに動いてもらっていたが、結果は芳しくなかった。
敵となる魔物は複数いるが、その動きが非常に早く、後を追って住処にたどり着くのが難しいのだ。
「ただ、あと三日もすれば魔物の専門家という方が来られるそうで。そうなれば、すぐにでも退治は可能だとギルドの方からは言われております」
「三日! そんなに待てないわよ!」
「そうおっしゃられても、私どもの方では何とも」
「むむむ……!!」
できるだけ早く、事件が起きたというラージャに着かねばならないのに。
何という間の悪いことであろうか。
シエルの眉間に深い皴が刻まれ、顔つきがますます険しくなる。
「ライザ姉さんは連絡とれないし、いったいどうなってるのよ……!」
フィオーレ商会を通じて、ラージャにいるというライザと連絡を取ろうとしたシエル。
しかし、先方の支店からは「ライザはラージャにはいない」という報告がきた。
理由については定かではないが、街を出てどこかへ向かったらしいのだ。
「ノアが何かに巻き込まれてるかもしれないって言うのに……! ええい……もどかしいわね!」
ライザが動いたということは、ラージャ周辺で何か異変が起きた可能性が高い。
そして、それにノアが巻き込まれている可能性もまた高かった。
ノアはあれでも、かなり正義感の強い性格である。
身の回りで事件が起きれば、積極的に解決のために動くことだろう。
「ライザ姉さん、あれで抜けてるとこ多いから心配なのよね」
ライザの剣士としての実力に疑う余地はない。
たとえドラゴンが相手であろうと、一刀のもとに斬り伏せるであろう。
しかしその反面…………おつむの方はあまり良くない。
前も、屋敷に泥棒を招き入れようとした前科がある。
――俺だよ俺、アエリアさんの知り合いだよ!
見知らぬ男にこう言われて、あっさり騙されてしまったのだ。
「……思い出したら、やっぱり不安だわ。ねえ、運賃はいくらでも払うわ。それでもダメ? 魔物が出てきたときは私が退治するし」
「そう言われましても。こちらとしても、お客さんに何かあったときに責任が取れませんから」
「自分で無理言っておいて、別に後で文句言ったりしないわよ」
「それでもダメです。お客さんに怪我をさせたとあったら、うちの信用に関わりますから」
街の方針から、連絡船を運行する業者はそれなりに多い。
前に一つの業者が航路を独占し、運賃を不当に釣り上げたことがあるからだ。
そのような経緯から、業者間の競争はなかなかに激しい。
いくら客の要望があったとはいえ、事故を起こしたとあればすぐにライバルに潰されてしまう。
「ねえ、他に乗せてくれる船はないの? 百万ゴールド払ってもいいわ!」
「……それだけ積まれてもねぇ」
「事情があるんだろうが、金の問題じゃあねえんだよな」
必死に訴えるシエルから、そっと目をそらす男たち。
どうやら彼らはシエルのことを、世間知らずのお嬢様とでも思っているようであった。
そのどこか「わかってないな、お嬢ちゃん」とでも言いたげな態度に、シエルはますますいら立つ。
そして――。
「もういいわ! 自力で向こうへ行く!」
「おいおい、どうやって? まさかと泳ぐとかいう気か?」
「橋を架けるわ」
「……は?」
シエルの不可解な言動に、男たちは揃って首を傾げた。
橋などそう簡単に架けられるようなものではない。
まして大河ロナウに橋を架けるともなれば、一大国家事業ともいえる規模になるだろう。
そんな軽い調子で口にするようなことではとてもなかった。
しかしシエルはそんな彼らの視線に構うことなく、港へと歩を進める。
そして目を細めると、遥か対岸との距離を確認した。
「これぐらいなら何とかなるか。流れもそこまで激しくはなさそうだし……」
続いて水面を見やると、満足げにうなずくシエル。
彼女はどこからともなく杖を取り出すと、空中に魔法陣を描き出した。
二重……三重……幾重にも重ねられた魔法陣が、美しくも妖しい光を放つ。
膨大な魔力が集中し、風が吹き荒れた。
やがて杖の先端が強烈な光を放ち始めたところで、シエルが叫ぶ。
「ジョリ・ジーヴル!!」
瞬間、世界が凍った。
対岸がかすんで見えるほどの大河ロナウ。
そのたおやかな流れを、青い氷がさながら閃光のごとく駆け抜ける。
時間にして、およそ数十秒。
河に神々しく輝く巨大な氷の橋が架かった。
そのあまりに非常識な光景に、誰もが目をむいた。
いったいどれほどの魔力を注げば、このような芸当が可能になるのか。
そもそも人間にこのようなことが可能なのか。
思わず、男の一人がシエルに尋ねる。
「あ、アンタは一体……!」
「シエル、賢者シエルよ」
それだけ言うと、シエルは駆け足で橋を渡っていった。
一刻も早くノアを見つけ出さねばならないと強く思いながら。
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