七話 不定形の怪物
「こっちですね。反応がだいぶ強くなってきましたよ」
測定器で魔力の流れを探りながら、ゆっくりと谷底を進んでいく。
次第に空気が変わってきたのを、肌でも感じることが出来た。
しっとりとしている、とでも言えばいいのだろうか。
空気が粘性を帯びて、さながら薄い水か何かのようだ。
「ん? あれは……何だ?」
前方を指さし、眉間にしわを寄せる姉さん。
見れば、岩壁の一部が赤く光っている。
いったい何だろう?
近づいてみると、赤くて半透明をしたゼリー状の物体が壁に張り付いていた。
それが、淡い光を放っているのだ。
「スライム……ですかね?」
「でも、スライムだったら青か緑じゃないかい?」
「赤いのは私も初めてですね、東方にも滅多にいない種だと思います」
異様な姿をしたスライムに、不思議そうな顔をするクルタさんたち。
俺はすぐに黒剣を引き抜くと、その切っ先で慎重にスライムに触れてみた。
――ニュルンッ!!
波打つようにして、スライムは剣から逃れようとした。
その動きはかなり早かったが、対応できないほどではない。
俺はそのままスライムの一部を切り取ると、聖水の瓶に詰める。
この間、シスターさんから貰った分がまだ余っていたのだ。
「うーん、見たところスライムですけど……強い魔力を感じますね。測定器も反応してます」
「もしかすると、この谷の異変と何か関わりがあるのかもしれんな」
「ええ。研究所の人が来たら、見てもらいましょう」
魔物研究所の人なら、さすがにこいつの正体がわかるだろう。
ひとまずスライムの入った瓶をマジックバッグにしまうと、俺は改めて谷の奥を見やる。
ポツポツとまばらな点のように、赤い光が見えた。
どうやらこいつら、かなり繁殖しているようだ。
「……なんだか気味が悪いねぇ」
「ちょっと嫌な予感がしてきました」
「スライムは、剣だと倒すのが面倒だからな……」
姉さんの眉間にしわが寄る。
スライムは斬っても死なない魔物だから、剣との相性は最悪に近い。
というか、面倒以前に普通の剣士ではまず勝てないだろう。
姉さんの場合、斬れなくても剣圧で消し飛ばしてしまうのだろうけど。
「もっと奥へ行ってみましょう。何かありますよ、これは」
「ああ。だが、気をつけるんだぞ。私も、クルタたちと同じように胸騒ぎがする」
真剣な表情で、皆に注意を促す姉さん。
俺たちはその言葉にうなずくと、ゆっくり慎重に歩を進める。
仄暗い谷底は非常に静かで、俺たち四人の足音だけが響いた。
それがまた不気味で、ぞわぞわとした形容しがたい感情が湧き上がってくる。
こうして歩き続けることしばし。
やがて俺たちの眼の前に――。
「……デカイ!」
「これは、ずいぶんとまた育っちゃったみたいだねぇ……!」
谷の最奥、行き止まりに当たる部分。
そこに恐ろしく巨大なスライムが鎮座していた。
おいおい……何なんだこれは?
二階建ての家ほどもあるそれは、とてもスライムの大きさではなかった。
もっと不気味でおぞましい何かのように見える。
「こいつが、谷の魔力の原因かもしれないですね。凄い魔力を帯びてますよ」
「これはさっさと倒した方がいいかもね」
「俺が焼きましょう。スライムには炎が一番効きますから」
俺は黒剣を構えると、刃に魔力を通した。
そしてスライムのちょうど中心を捉えると、上級炎魔法グラデ・フランムを発動する。
紅の炎が大地から吹き上がり、巨大な火柱がスライムを呑み込んだ。
しかし――なかなか燃えない。
これだけの火力なら、普通のスライムなら十秒も持たないはずなんだけどな。
「……大きいだけあって、なかなか耐久性がありますね」
「一度、撤退したほうがいいかもしれない」
「そうだね。気味が悪いよ」
「なに、図体だけだろう。切り分けてしまえばいいんじゃないか?」
剣に手をかけながら、自信満々に言う姉さん
確かに、細かく切ってしまえば火力不足は解消されそうだ。
俺は彼女の言葉にうなずくと、すぐに場所を譲った。
姉さんはぬらりと剣を抜き放つと、巨大スライムに対して正眼の構えを取る。
「ゆくぞ……はあああぁっ!!」
――神速。
残像によって、剣が分裂して見えるほどの速さで振るわれた。
真空の刃が幾重にも折り重なりながら、スライムに向かって飛んでいく。
たちまち、巨大な粘性の塊が数えきれないほどに分割された。
俺はすかさず、火炎でそれらを焼き払おうとするのだが――。
「ギュイイイイッ!!」
「わっ!? 急に動き出した!?」
「あつっ!!」
小分けされたスライムたちが、一斉にこちらへと飛びかかってきた。
それに触れた途端、肉を焼くような音とともに激痛が走る。
ヤバい、酸だ!!
それもかなり強力だぞ!
服に穴が空いたのを見て、思わず顔が引きつる。
「お前たち、ここは私に任せて逃げろ!」
「で、でも……!」
「良いから早くいけ!」
スライムの嵐を剣で弾きながら、姉さんが言う。
ぐ、ここはそうするより他はないか……!
俺の剣術では、この数のスライムを捌くのはとてもできそうになかった。
かといって、風魔法なんて使ったらスライムが飛び散ってさらにひどいことになりそうだし。
「わかりました! 姉さん、必ず戻ってきてくださいね!」
「私を誰だと思っている! 心配なんてしなくていい!」
「ありがとう! あなたのことは忘れません」
「だから、仰々しい別れの挨拶などいらないぞ!」
姉さんに促され、俺たち三人はひとまずその場から離脱した。
そして、待つことしばし。
無事に殿を果たした姉さんが戻ってきたのだが……。
「……まったく、ひどい目に遭った」
「姉さん、服! 服っ!!」
「へっ? ……あああああっ!!!!」
顔を真っ赤にして、悲鳴を上げる姉さん。
彼女の着ていた軽鎧。
その大部分は溶け落ち、大胆にも下着が露わになってしまっていたのだ――。
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