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第三十五話 王都の一幕

 冒険者の聖地として知られるラージャ。

 広く自治を認められているこの街であるが、一応、とある王国に所属している。

 その国の名をラーフォルマ。

 周辺諸国からは、小規模ながらも精強な軍を有する国として知られていた。


「それで、返事はどうだ?」


 ノアたちのもとに書状が届いた数日後。

 ラーフォルマの王宮にて、王が宰相に問いかけた。

 今回の叙爵について、積極的に話を動かしていたのは王だったのである。

 するとたちまち、宰相である小柄な老人は困ったように眉間にしわを寄せる。


「恐れながら、まだのようでございます」

「ずいぶんと遅いな。すぐに飛びついてくると思ったが」


 はてと考え込むように顎髭を撫で始める王。

 彼の価値観に置いて、平民から貴族となることは最高の栄誉であるはずだった。

 そのため、即座に返事をしてこないことが理解できなかったのである。

 一方、王と比べれば比較的庶民の考えが分かる宰相は宥めるように言う。


「貴族の地位には相応の責務が伴います。背負うもののない冒険者の立場から貴族となるには、それなりに覚悟がいるのでしょう」

「……そういうものであるか」

「ええ。ですが、心配なさらずともじきに良い返事が来るでしょう」

「ふむ。まあ、断ることはありえんだろうからな」


 そう言うと、椅子に深く腰をうずめて笑みを浮かべる王。

 すっかり機嫌を良くした様子の彼に、宰相もまた笑いながら言う。


「しかし、これで彼の者が男爵となれば有力な手駒となりますな」

「うむ。加えて、あの者の身内も我が国の影響下に置くことが出来よう」

「あれだけの有力者を一気に抱き込めば、王国も安泰でしょう」

「上手くすれば、ギルドの影響を排してラージャの直接統治もできるかもしれん」


 ラーフォルマ王国にとって、ラージャの完全なる支配は長年の悲願であった。

 冒険者の聖地として知られるこの街は、国に莫大な利益をもたらすはずなのだ。

 ノアを抱き込むことで得られる、彼の姉たちとの深いつながり。

 それを駆使すれば、これを果たすことができるかもしれないという希望があった。


「……そうだ。ポイタス家には確か、美しいと評判の令嬢がいたな」

「ミスルカ嬢のことでしょうか」

「ああ、そのような名前だった。あの娘と新男爵を結びつけるのはどうだ?」

「それは妙案ですな。我が国の有力貴族と縁戚となれば、ますます結びつきも強まるでしょう」

「ははは! ではさっそくそのように取り計らえ」

「仰せのままに」


 深々とお辞儀をすると、すぐさま秘書官を呼びつけて手配にかかる宰相。

 その様子を見ながら、王は満足げにうんうんと頷く。

 彼の脳裏には既に、さらなる繁栄を遂げた王国の姿が鮮明に映し出されていた。

 しかしここで、一人の文官が慌てた様子で広間に入ってくる。


「何事だ? 王の御前で騒々しいぞ」

「……申し訳ございません! ですが、火急速やかに報告すべきことが」

「申してみよ」

「例のジークという冒険者なのですが……。叙爵の話を断って参りました」


 たちまち、場の空気が凍り付いた。

 驚いた王は唖然とした表情をしたままゆっくりと玉座から立ち上がる。


「馬鹿な! 平民が貴族になれるのだぞ! それを断ったというのか!!」

「は、はい……」

「なぜだ、これ以上の栄誉はあるまい!! 理由はなんだ!?」

「貴族の立場は、自身には重すぎるとのことで……」

「ぐぬぬぬ……!!」


 屈辱に顔を歪め、歯ぎしりをする王。

 自身の持つ権威や価値観を、真正面から否定されたような心持であった。

 ――このままにしておくわけにはいかない。

 王は怒りを表すように、手にしていた杖で床を突く。


「ジークと申したか。その者をすぐにこの国から追い出せ!」

「ですが、適当な理由が……」

「そのようなもの、でっち上げてしまえば良い!」

「は、はぁ……」


 王の怒りに圧倒され、まともに意見を言うことすらできない宰相。

 王は取り立てて温厚な人物というわけではなかったが、それなりに分別はわきまえている。

 それがここまで怒りを露わとすることは、相当に珍しかった。

 するとここで、先ほど報告をした文官が身を小さくしながら言う。


「その、ですね……」

「なんだ、まだ続きがあるのか!」

「ジークという者は既に、我が国の領土を出ております」

「他国へ逃れたのか? ならば、すぐにその国とつなぎを取って……」

「いえ、他国でもありません」


 自国でもなければ、他国でもない。

 謎かけのような文官の答えに、王は不機嫌そうに首を傾げた。

 宰相もまた、よくわからない回答にいら立つ。


「どういうことだ? そんな場所なかろう!」

「……魔界と人間界の狭間の無主地です」

「境界の森とその周辺か。だが、そのような場所に長くは住めまい」


 魔界と人間界を隔てる境界の森。

 その周辺は、どこの国の領地にも属さない無主地である。

 しかしながら、凶暴な魔物の闊歩するこの場所には町はおろか村すら存在していない。

 逃げ込んだところで、暮らしていくのは不可能なはずだった。

 だが……。


「それが、森の一部を切り開いて自治都市を作ろうとしているようで」

「…………は?」


 あまりにも予期せぬ行動。

 王は怒るのも忘れて、しばし言葉を失うのだった。


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