第三十三話 男爵
「……王国から書状が届いた」
国から爵位を授与されるかもしれない。
そうアエリア姉さんに聞かされてから、はや数日。
傷が治った俺たちは、マスターに呼び出されていた。
とうとう正式に、俺たちに授与される褒賞の内容が決まったらしい。
「何がもらえるか楽しみだな」
「ま、ボクたちの分は大したことないだろうけどね」
「それより、どうしてアエリアさんたちもいるんですか?」
この場に同席したアエリア姉さんたちを見て、怪訝な顔をするニノさん。
するとマスターが、軽く咳払いをして事情を説明する。
「俺はこの街の顔役も兼ねているからな。ややこしいが、彼女たちにはギルドのマスターではなくこの街の代表者として呼びかけをしたんだ」
「なるほど、それで冒険者でないアエリアさんたちもいるんだ」
「へえ、マスターってこの街の代表者でもあったんですね」
「おいおい、自分たちの住んでる街のことぐらいもうちょっと把握してくれよ」
呑気な顔で言うニノさんに、マスターは少し呆れた顔をした。
しかしまあ、ニノさんの言うこともわからないでもない。
普通に暮らしていたら、街の代表が誰かとかあんまり関係ないからなぁ。
まして、街というよりはギルドに所属しているという側面が強い冒険者である。
興味が無ければ知らなくて当然かもしれない、俺もついこの間まで知らなかったし。
「……まあ、おしゃべりはそこまでにしてだ。お前たちに与えられる報酬の内容を伝えるぞ」
気安い雰囲気から一変して、威厳のある表情をするマスター。
自然と場の雰囲気が引き締まり、俺たちは背筋をしゃんと伸ばす。
「まずはアエリアさんたちについてだが、王国から騎士勲章が出ることになった。なお、ファムさんについては教会へ王国から寄付をするということになっている」
「なかなか太っ腹じゃありませんの」
「それだけ、王国も魔族の脅威を重大な事案だと判断したってことだな」
「当然と言えば当然の判断ですわね」
「続いて、クルタたちについてだがこちらは鉄血勲章だな」
勲章の名前がピンとこないのか、はてと首を傾げるクルタさんたち。
すかさず、アエリア姉さんが説明をする。
「鉄血勲章というのは、主に戦功のあった武人に与えられる勲章ですわね。序列的には騎士勲章より一つ下にはなりますが、戦いを生業とするものならかなりの栄誉ですわよ」
「へえ……」
「まあ、俺たち冒険者にはあんまり関係ねえなあ」
「わずかですけど、恩給も出ますわよ。年間に数万ゴールドほどですが」
「ほんとか!?」
恩給と聞いて途端に目の色を変えるロウガさん。
いつもいつもぶれないなあ……。
俺たちが彼の豹変ぶりに苦笑していると、マスターが再び咳払いをする。
「で、本題がジークだ。どうも魔族討伐の功績以外にもいろいろと事情がありそうなんだが……」
言いづらいことでもあるのだろうか?
マスターはそう言って、少しもったいぶるように言葉を濁した。
たちまち、アエリア姉さんたちが怪訝な顔をする。
「何かありましたの?」
「まさか、全然評価されてないとか?」
ここで、シエル姉さんがややどすの利いた声で言った。
たちまち、マスターは首をブンブンと横に振る。
「そうじゃない! むしろ逆だ、王国は……ジークを男爵にしたいと言ってきた」
「男爵? 騎士爵か準男爵ではなくて?」
「ああ、俺も確認したんだが間違いないそうだ。流石に領地は下賜されないそうだがな」
「それにしても、まさか男爵とは……」
「……ずいぶん大事なんですね?」
慌てた様子のアエリア姉さんに、俺はすぐさま尋ねた。
すると姉さんは、ゆっくりと深く頷く。
「ええ。男爵となると、一代限りではなく家の継承が認められますわ。一部では男爵以上を正式な貴族と見なす風潮もあるぐらいでして……。まさかここまでとは」
「ノアを囲い込むつもりなんじゃないの? ついでに私たちともつながりを持とうとしているとか」
「あり得るな。だとしたら、この話は少し考えた方がいいかもしれん」
「……あー、それで都で正式に叙爵の式典が行われるそうだ。詳しいことはそっちで聞いてくれ」
面倒ごとに巻き込まれてはごめんだとばかりに、マスターは説明を投げた。
うぅ、わざわざ式典まであるのか……。
そりゃそうだよなあ、男爵だもんなぁ。
「ひとまず、どうすべきか相談しましょう」
「ですね、久々の会議と行きましょうか」
「なら、ボクたちは先に宿に戻ってるよ」
身内の話だと感じたのか、それとなく帰ろうとするクルタさんたち。
しかしここで、アエリア姉さんが彼女たちを呼び止める。
「いえ、あなた方にも関わる話ですわ。なので参加してくださいまし」
「ボクたちにも?」
「ええ。ノアの今後については、仲間であるあなたたちにも関わりますから」
深刻な顔で告げるアエリア姉さん。
これは、下手をすればここから先の話し合い次第で俺の今後の人生が決まるかもしれない。
姉さんたちの険しい表情を見て、俺はそう直感するのだった。




