第三十一話 決着
「なぜ貴様がここにいる!」
いきなり姿を現したアルカを見て、たちまちメガニカの表情が曇った。
彼はただならぬ眼つきであるかを睨みつけるが、一方のアルカはどこ吹く風。
そのままメガニカの元まで歩み寄ると、懐から何かを取り出す。
それは鈍い光を放つ、黒い手錠であった。
「魔王陛下の命により、身柄を拘束させていただきます」
「何を戯けたことを。私を拘束する権利など、たとえ陛下にもないはずだ!」
骨が何本か折れているのだろうか。
脇腹を庇いながらも、メガニカは強い口調で反発した。
魔界の政治についてはよく知らないが、魔王がメガニカを抑えられるならとっくに抑えているだろう。
それを見過ごしていたということは、そう簡単には手出しできない理由があるに違いない。
しかし、アルカは冷ややかな口調で言う。
「陛下だけではなく、四大貴族の承認も得ています」
「……なに? 馬鹿な、奴らが私を切ったというのか?」
「私はあくまで使いとして来ただけですので、詳細については存じ上げません」
そういうと、アルカは有無を言わさずメガニカに手錠をかけた。
流石のメガニカも、弱り切った現在の状態では抵抗しても無駄だと察したのだろう。
アルカにされるがまま、大人しく手錠を掛けられる。
その瞬間、手錠に刻まれていた魔法陣が淡い緑の光を放った。
「……これでよしと。はぁ、緊張したわ」
大きく伸びをして、先ほどまでとは打って変わって砕けた口調になるアルカ。
一仕事終えて緊張が解けたらしい。
彼女は俺たちの方を見ると、何とも気安い様子で話しかけてくる。
「久しぶり。あんたたち、なかなかご活躍だったみたいね」
「ええ、まあおかげさまで」
「まさか、人間がここまで公爵閣下を追い詰めるとは思わなかったわ。私が来なくても、あなたたちだけで倒してたかもね」
憮然とした表情をしているメガニカを横目で見ながら、アルカはそう言って笑った。
ここですかさず、ライザ姉さんが彼女に尋ねる。
「ここでおまえが来るということは、魔界側の意見がようやくまとまったということか」
「おおよそはね。日和見を決めてた四大貴族の同意が得られたのが大きいわ。これもあんたたちが頑張ったおかげよ」
「ほう?」
予期せぬ言葉に、少し驚くライザ姉さん。
魔族が人間の頑張りを認めるなんて、意外なこともあったものである。
するとアルカは、メガニカの方を見て少し呆れたように言う。
「戦争が始まれば、瞬く間に人間界を制圧して領土を倍増させるってのが公爵閣下の言い分だったんだけどね。現状、これだけ苦戦しているのにそんなこと可能なのかって疑われたみたいで」
「それはそうだな。作戦がうまく行っていれば、とっくに戦争は始まっていただろう」
「なるほど。それで俺たちにあそこまで執着していたってわけですか」
俺の首に懸けられた一千万ゴールドにも及ぶ懸賞金。
ずいぶん奮発したと思っていたが、そういう事情もあったという訳か。
ここへ来て急にあれこれ動き出したのも、魔界での情勢変化を受けてのことかもしれない。
「……早く連れていけ。このような無様な姿、人間に見せていたくはない」
「承知しました、公爵閣下。……それじゃ、またこっちから連絡するから」
そういうと、アルカはメガニカの身体を抱えて空に飛び上がった。
やがてその姿が空の彼方に見えなくなったところで、俺たちはほっと胸をなでおろす。
……今度こそ、今度こそ本当に戦いが終わった。
やがて身体の奥底から湧き上がるような喜びがあった。
今回倒したメガニカは、これまで起きた様々な事件の黒幕だ。
これですべてがうまく行くかは分からないが、間違いなく大きな区切りとなるだろう。
しばらくはラージャの街に平和が戻るに違いない。
「終わったな」
「ええ。これでようやく休めますよ。……あたた!」
「大丈夫ですか? エリクサー、もう一本飲みますか?」
そういうと、懐から追加のエリクサーを取り出すファム姉さん。
いやいや、エリクサーって何本も飲むようなものじゃないから……。
そのぐらい常識なのに、すっかり気が動転してしまっているらしい。
姉さんたちは俺のことになるといつもこうなんだよなぁ。
「追加で飲んだら逆に大変だよ。大丈夫、あとはゆっくり休むから」
「それなら、マッサージはどうでしょう?」
「いいよ、あれ痛いから!」
「そうですか……」
どこかしょんぼりとした顔をするファム姉さん。
するとここで、通りの向こうからアエリア姉さんとエクレシア姉さんがやってくる。
どうやら安全だと判断して、建物から出て来たらしい。
「ノア、大丈夫ですの?」
「平気?」
すかさず距離を詰めてくるアエリア姉さんとエクレシア姉さん。
ここで、エクレシア姉さんがいきなり俺の身体をぎゅっと抱きしめた。
それを見た姉さんたちは、驚いたように目を丸くする。
「なっ! 抜け駆けしおったな!」
「いけませんよ、一人だけ!」
「ちょっとちょっと、何やってるのよ!」
皆で騒がしくしていると、ここで魔力を使い果たしていたはずのシエル姉さんまでもが参戦した。
どうやら、ポーションを貰って少し回復したらしい。
こうして勢ぞろいした五人姉妹は、いきなり俺を巡って言い争いを始める。
「ノアの看病は私がいたします。聖女ですので」
「肩書を前面に押し出すのはずるい」
「私だって回復魔法は使えるわよ」
「ノアと過ごしてきた時間の長い私が見るべきだ」
「脳筋のライザが看病なんてしたら、悪化させてしまいますわ」
「なんだと!」
何とも騒々しい姉さんたち。
その姿を見て、俺は日常が戻ってきたのを改めて感じるのだった。




