第二十九話 祈り
『私は聖十字教団、第三十四代聖女ファム。いま水晶球を通じて、各地に声を届けています』
大きく響き渡ったファム姉さんの声。
皆がそれに驚いていると、やがて赤い夜空にぼんやりと人型の光が現れた。
次第にその輪郭はハッキリとしてきて、ファム姉さんの姿へと変化していく。
エクレシア姉さんが手を加えたのだろうか。
ドレスこそ普段と少し違っていたが、あれは間違いなくファム姉さんそのものだ。
これは……いったい……!!
戸惑っている俺に、シエル姉さんが言う。
「へえ……まさかもうできてたなんて」
「知ってるんですか?」
「ええ。水晶球から空中に映像を映し出す技術よ。最近開発を始めたばっかりだって言ってたけど、もう完成してたみたいね」
シエル姉さんが説明している間にも、ファム姉さんの話が進む。
やがて彼女の虚像は、空に浮かぶ赤い月を見上げた。
『あれこそが、魔族の力を高める忌まわしき赤い月。この力を削ぐために、皆の祈りが必要なのです!』
勇ましく声を発するシエル姉さん。
たちまち、俺たちの周囲でも勇ましい声が上がった。
聖女であるファム姉さんの人望とエクレシア姉さんの用意した衣装の為せる業だろう。
だがここで、攻撃を跳ね返されて遥か彼方まで飛ばされていたメガニカが戻ってくる。
「……やりおったな」
服は破れ、髪は乱れ、頬は割れ。
さらに全身のあちこちから出血し、白い肌が血で染まっていた。
まさにボロボロと言った惨状だが、致命的なダメージは負っていないらしい。
その眼光は先ほどまでよりも数段鋭く、ただならぬ殺気を発している。
「生意気な。消し去ってやろう」
たちまち掌に魔力の塊を作り、ファム姉さんの虚像へと打ち込むメガニカ。
しかし、元より実体のない像はわずかに揺らぐだけですぐ元に戻ってしまう。
「小癪な!」
続けて魔力を放つメガニカ。
しかし、相変わらず実体のない像には全く通用しない。
やがて攻撃の無意味さを察した彼は、改めて俺たちを見下ろす。
「さっきはやってくれたな。だが、もう攻撃を防ぐことはできまい」
「ははは! うまく像を消せないからって、無かったことにするのダサいわねー」
ここで、シエル姉さんが盛大にメガニカを煽った。
たちまちメガニカの眉がつり上がり、表情が露骨に歪む。
位の高い魔族であるがゆえに、こういった挑発には弱いのかもしれない。
「舐めおって! 我が最大の攻撃で葬り去ってやる!」
「どうせさっきよりしょぼいんでしょう?」
「目に物を見せてやろう!」
そういうと、掌を掲げて再び魔力を蓄積し始めるメガニカ。
おいおい、最悪の結果になったんじゃないか……!?
俺はたまらずシエル姉さんに非難の眼を向けた。
すると彼女は、まあ見てなさいとばかりに腕組みをしながらメガニカを見上げる。
「ははは……! 見よ、この魔力の高まりを」
「まださっきの方が凄かったんじゃない?」
「まだまだ!」
シエル姉さんの挑発に乗り、メガニカはさらに魔力を高めていく。
ライザ姉さんも動けなくなった今、こんなのどうしようもないぞ……!!
不気味に蠢く魔力の塊は、さながら第二の月が空に現れたかのよう。
引力のようなものまで発生し、小石が柱に向かって浮かび上がっていく。
「もう十分だろう。ははははは……ん?」
流れ星にも似た青白い光が、急にラージャの街へ向かって飛んできた。
予期せぬ出来事に、正体を図りかねたのだろう。
メガニカが動きを止めると、光は見る見るうちに数を増していく。
勢いを増した光の落下は、さながら夜空の星が落ちてきているかのようだ。
「来たわ! 祈りが魔力に代わって、飛んできてるのよ!」
「凄い、これが人々の祈りの力……!!」
一つ一つはか細い光でも、束になった時の力は大きい。
集まった魔力の光は、町全体をぼんやりと照らし出すほどであった。
流石、聖十字教団が奥義の一つとして数えるほどの技である。
これだけの魔力が集まれば、あるいは……!!
「はあああああ!! レヴェルス!!」
膨大な魔力が逆巻き、渦となりながら天に昇った。
それと同時に、赤い空が洗い流されるようにして黒へと変わっていく。
煌々と夜空を照らし出していた赤い月。
血に濡れたようだったその色もまた、白く美しさを取り戻す。
そして――。
「うぐおおおおっ!?」
膨張していたメガニカの肉体が、見る見るうちに縮み始めた。
それと同時に、空に浮かぶ魔力の塊が球形からいびつな形へと変形を始める。
そうか、メガニカの力が落ちて制御しきれなくなったんだ!
膨大な魔力が暴走をはじめ、メガニカの身体へと逆流を始める。
「ノア、あいつにとどめを刺すのよ!」
「はい! でも、足場が」
あいにく、俺は天歩を心得ていなかった。
空中でもがくメガニカの元へは、刃を届かせることができない。
すると――。
「これに乗って!」
騎士たちとの戦いから解放されたクルタさんたちが、すぐさま俺の元へと走り寄ってきた。
彼女たちはロウガさんの大盾を、さながら神輿のように抱えている。
そして、盾の表面をポンポンと叩いて俺に乗るように促してきた。
まさか……!!
「や、でもそれは!」
「戸惑ってる場合か!」
有無を言わせず、盾の上に乗せられた俺。
そしてすぐさま、クルタさんたちは腰を曲げて――。
「飛んでけーーーー!!!!」
発射。
俺の身体は勢いよく、メガニカの方へと吹き飛ばされるのだった。




